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【思考】「信じる者は救われる」について

#大切にしている教え

というお題に基づき考えてみると、私には最初にこの言葉が浮かんできました。


「信じる者は救われる」


「・・・。」

働き方で #大切にしている教え  というよりか生き方で #大切にしている教え  みたいになりますが。

しかし、そもそも私は無教養な人間で、今まで特定の宗教について深く学んだ経験があるわけではありません。

ということで、最近すっかりハマってしまったChatGPT氏にもこの言葉について質問してみました。

ChatGPT

ココ!

この黄色ライン部分の考えが私もそうだと思います。
主観的な信念に基づく言葉」の部分がこの言葉の真の意味するところではないか?と私は勝手に思っています。

そもそも、「信じる者は救われる」の「救われる」の部分です。
救われたい!」と何らか追い込まれた人でなければ、この言葉に縋ったりしないのではないでしょうか。
例えば、

  • 病気を抱えている

  • 大切な家族が病気だ

  • 貧困だ

  • だれにも愛されない

  • 何をやってもうまくいかない

  • どうしようもなく不幸ばかりだ

などなど?
こんな感じで「救われたい」と必死に思っている事柄がある人の心の琴線に触れる言葉ですよね。

私がこの言葉の意味を勝手に自分なりに解釈したのは、

稲盛和夫さん

の本を読んだことがきっかけです。
#大切にしている教え

↑ この『考え方』という本だったと思います。

特に京セラに思い入れがあるとか、以前から経営哲学にシンパシーを感じていたとかはなく、出張先の知らない駅で売っていて、乗り換え待ちで暇があったので、なんとなく手に取って買ってみました。

この本の中で具体的にどう書いてあったのか今はもう手元にないので、正直、、忘れてしまった・・・のですが・・・。

この本の中で「信じる者は救われる」的な言葉(※実際のこの本に出てきた言葉は別の言い回しだったかも)は、
信じた末にご褒美的に救済が得られる、という意味ではなくて、
その信じたいのっぴきならない願い事(今自分の置かれている避けられない環境とか、本人のどうしようもないことだとしても)について
でもいつか絶対に良くなる、うまくいくと自分が強く信じ込む(思い込む)こと。
まずこれが大事。
そしてその信念に向けて、今この瞬間を前向きにできる建設的な努力・行動をして、ちゃんと生きていく。

その過程それ自体がすでに救いである

という内容でした(ニュアンス)。

この本を読んで初めて、昔から言葉だけ知っていた「信じる者は救われる」の意味がスッと自分の中に入った気がします。

「信じる者は(すでに)救われ(てい)る」

昔々、最初にこの言葉を思いついた人も元々そういう意味で言ったんじゃないかなぁと妄想してみたり。

誰しも先の未来に不安や恐怖が少しはあると思います。
でもそれを常に思い悩んだり、不安に思っているその時間は自分の人生の中で幸せな時間でしょうか?

その恐怖の考えにいつまでも自分の人生を囚われていては、少しでも楽しい気持ちになれたかもしれない時間さえも不安や恐怖で塗りつぶされてしまいます。もったいないです。

絶望的な状況でも、それでも、とりあえず一旦

「絶対に良くなる、うまくいく」と自分が強く信じて

(そこに根拠はいりません)、今・今・今の瞬間をなるべく前向きに、できる行動はして、楽しく生きている。
これ自体がすでに救いである、という考えです(私解釈)。

本当に本当の最後の神判までは、たとえそれが結果として思い込みで終わったとしても、「絶対に良くなる、うまくいく」と思い込んだほうがその間の人生ハッピーなマインドで生きられる。
って感じです。

それでもし最終失敗に終わるとしても、結局絶望するとしても、その最後の瞬間ギリ手前くらいまでは「絶対うまくいく」と思い込んだほうが人生の中で「うまくいくんだ!」と思い込みでハッピーなマインドで生きられる時間が長くてお得ということです。
だから、

「信じる者は救われる」

は、

「主観的な信念に基づく言葉」

だと思ったのです。

主観的な信念=客観的状況がどうであっても、自分の心は「絶対に良くなる、うまくいく」と思い込んだほうがギリギリまでハッピーなマインドでいられる。

もちろんその為にできる建設的な努力・行動はして、前向きに生きる。

その過程がすでにずっと不幸な気持ちでいるよりも救われている、ということではないか?

もちろん他人(家族を含む)に迷惑をかけないのは大前提ですが。
信じ込んで何かに強迫的に入れ込むというのは、すでに
不安・恐怖 > 自分を信じる
って感じです。

長くなりましたし、働き方というよりは生き方における
#大切にしている教え
な感じですが。

あとたぶん稲盛和夫さんの本の言葉はもっと別の言い回しだったかもしれません。でも意味としては同じような感じで捉えたと思っています。

これが私流に曲解釈した各宗教の昔からある教え → 稲盛和夫さんからの
#大切にしている教え
です。



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