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彼女がメーターを振り切ると。

私がきのこの刺繍をほどこした『ファッションセンターしまむら』のパーカーを着て、娘がソファーでくつろいでいる。

少し離れたダイニングテーブルからそれを眺めているのだけれど、彼女からの刺繍のオーダーは確かポルチーニ茸だったはずで、しかしパーカーの真ん中にあるそれは、どう見ても椎茸にしか見えず、「ポルチーニっぽくないよね。」と聞いてみたら、「そう?でも可愛いよ。」と返答がきた。

家族って優しいな、と思ったものの、よくよく考えたら「そんなことないよ、ポルチーニに見えるよ。」とは言わなかったので、たぶん彼女もそれをもはやポルチーニだとは思っていない。


娘はソファーに長々と横たわり、さっきから真剣にスマホを睨んでいる。

何をしているのかしら、と思っていたら、突然「ウォーーっ!!」と、雄叫びを上げた。

「なに?!」とびっくりしつつ聞くと、「もう、、、だめだ、、もうほんとにやばい。」と、主語と述語を一切省いた答えがきた。

だから一体どうしたんですか、ともう一度尋ねたら、娘はスマホの画面をこちらに向けた。

そこにはマクドナルドのアプリの、あるクーポンが表示されていた。

『3人用セット ¥1800』 と書かれている。

「これ食べたいの?あ、今日はパパもお休みだからいいかもね。」と言うと、「・・・違う。」と彼女は首を振る。

「私が一人で食べたくなったの。この酒池肉林セットを。」と言った。

ちょっと待て。

ハンバーガーと飲み物が3つづつ、ポテトが2つ、ナゲットまでついているんだよ。絶対に食べ切れるわけないでしょう。

そう嗜めると、「それでもいい。食い散らかしてみたいんだー!」とまた雄叫びを上げた。

普段は米粒ひとつ食べ残さない彼女が、そんなことを言うのはおかしい。何かあったの?と聞くと「仕事のストレスが溜まりすぎた。」とドンヨリとした眼差しで答えた。

そう言えば最近、業務体制の変更があったとかで残業続きだった。いつもヘトヘトに疲れて帰って来て、夕食を食べながらウトウトする、という幼な子のような様子も見受けられた。

壊れかけている。


母として我が子の危険を察知したので、早速ご要望に答えてマクドナルドへお供することにした。

行く道すがら、「3人用セットはやめてね。」と念押しすると、「じゃあサイドメニューとデザートを、ここからここまで、とか言って全部頼んでみたい。」などと訳のわからないことを口走り始めた。

「マックフルーリーだけでも今は3種類もあるから、やめておいた方がいいんじゃないかなぁ。」と牽制しておく。

マクドナルドに着いて平静さを取り戻した彼女は、嬉しそうにいつものダブルチーズバーガーセットを頼んだ。ポテトと飲み物をLサイズにするだけで気が済んだようだった。

いい陽気だったので軽く散歩をしてから帰ると、少しだけリフレッシュされたようで、朝より顔色も機嫌も良くなっている。

リビングで寛いでいると、ピンポーン、とドアチャイムがなった。

出ると宅急便屋さんだった。娘宛の荷物が2つ届いた。

あなたにお届けものですよ、と娘に渡すと、それほど興味もなさそうに受け取り、「何頼んだっけ。」と言いながら箱を開ける。中身をチラッとみて「あ、こんなの頼んだっけな。」と自室へ持っていった。

夕食の後、またしてもピンポーンと来訪があった。今度は先ほどとは違う宅急便屋さんだった。

また2つの包みを渡された。これも全て娘宛であった。

「また何かきたよ。」と手渡すと、先ほどと同じ反応を示し、チラッと確認しただけで箱を閉じて自室に持っていった。

夜、アイロンがけの終わったものを娘の部屋に持っていくと、机の上に今日届いた4つの箱がそのまま並んでいる。

どうしてこのまま放っておくの?と聞くと、彼女は悲しい目をして答えた。「なんでこれを注文したのか自分でも分からなくて。その時は発作的に欲しいと思ったはずなんだけど、やっぱり要らなかったなって思っちゃって。」

「もうこんなことしないように、戒めのためにここに飾っているのです。」と言う。

あれほど貯金に勤しんで普段はケチ道を歩んでいるくせに、ストレスが溜まりすぎると、時々こういう発作を起こす。

そこそこの散財をすると我に返って反省会を始め、戒めのためにさらに厳しくケチケチし始める。この流れを何ターン繰り返しただろう。

「じゃあ、とりあえずこれで落ち着いたんだね。」と聞くと、娘は「嫌な予感がして今確認したのだけど、たぶん明日また荷物が届きます。」と言う。

え、いくつ注文したの?と聞くと、さらに彼女は暗い目になって「・・・3個。」と答えた。

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