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小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Episode 1)

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目次


積み上げるのは難しい。
倒すのは簡単だ。
粉砕するのだって、きっと。



Episode 1:彼女のトラウマ。


天凱てんがい君ね、あと1週間くらい休むとちょっと内申点的に危ないんだわ。内申点。大事だろう? そりゃ君、もう中学3年生なんだし、まさか君みたいな頭の良い子は中学出てすぐ働くとかではなく、高校に進学するのだろうからさ。……ああ、いや、別に進路を強制しようとしたのではなくてね。それは確率論的な話だしな。むしろ私がこれから話をしようとしているのは、その素行の悪さに対する矯正なのだよ。君が進学しようが働こうがどちらにしたって必要なことだ。で、話を戻すけども、君は進路がどうあれ素行の良い生徒でなくてはいけない訳でね。だのに最近、学校に来ないことが多くなったじゃないか。聞けば入院ということみたいだし。そりゃ生徒の健康が大切だから先生は君のことが心配な訳だけど、同時に素行についても気になる訳だよ。何でも、病気がちだから入院しているのではなくて、怪我をして入院していると聞いたものでね。その怪我も、喧嘩が原因という噂もある。ナイフで刺されたりしているとも聞く。一体誰と何故そんな喧嘩をしているのか聞いてみたいし、中学1年2年の頃はこんな事無かったのに、一体どうしてそんなことになったのかも聞いてみたいもんだよ。いや……責め立てたい訳じゃないんだよ。君はそんな事する人じゃないと思っていたから、心配で仕方ないのさ。人は見かけにも見た目にもよらないとは聞くけど、それにしたってナイフだ。喧嘩にナイフ。君が死んでしまわないか不安だし、君が何と戦っているのか寧ろ恐ろしくて堪らないのだけれど、だからこそ聞かねばならない。生徒指導の教師として。或いは君の人生の先輩として。君の進路の為にも将来の為にも重要なことなんだ。場合によっては警察にお世話になって貰う可能性だってある。そういうのを判断する為に話を聞きたいんだ――おい、聞いているか天凱てんがい?」
 終業式2日前だというのに、自分――本名死城影汰・・・・は、進路指導の男性教諭舎人とねり遣使けんしの言葉を殆ど全て聞き流していた。
 しかし目をつけられては厄介だ。そう思い、最低限の対応を取ることにする。
「はい、聞いてます……でも、話すと、あの時のこと、思い出してしまって……」
 目線を下に、声の調子も下へ。それだけで大概の大人は閉口する。
 トラウマを甦らせてまで子供の口を割らせたい大人など、この"優しい"日本国には殆ど居ない。実際、予想通り遣使先生は困り果てた顔をした。生徒指導室に置かれた竹刀コンプラ違反の権化も、出番なく立て掛けられたままだ。
 念の為、自分は追い討ちをかけるように加えて言う。
「そ、それに、警察には話してますし……後はそっちで、動くと思うんです……」
 実際、警察――刑部おさかべ刑事には大体の事を話している。その上であの事件は、犯人逮捕を遂げ、残る犯人も捜索中ということで実際動いていた。嘘はついていない。
 そもそも論を述べるのであれば、この生徒指導の一介の先生如きが自分に対して何をすることができるというのだろう。幽霊屋敷に行って狂った男にナイフで腹を刺され入院したらお門違いの恨みを遺族の男にぶつけられて危うく殺されかけ、挙句サーカスに遊びに行ったらビスタ――ライオンに喰い殺されそうになったと言って、遣使先生がどう反応するのかは見てみたい。細かく話せば長くなるから切り出したくもないけれど。というかそもそも話すのが面倒臭い。記事にでも纏めてリンクにして飛ばせれば楽だし、話も早いけど、残念ながら現実は創作ではない――そんなに甘いものじゃない。
 それにどちらかと言えば、「そういう人達に襲われた時にどう対処すれば良かったのか教えて下さい」と人生の先輩・・・・・としてアドバイスの1つでも貰いたいものだ。さっき自身でも豪語していたしな。
 まあ、残念ながらそれは望めないだろうけど。なぜなら、自分の巻き込まれている事態は、精々が人間関係の衝突しかない3年B組レベルどころではないからだ。
 住む世界が違う。二重の意味で。
「け、警察とは」
 遣使先生はたじろぐ。普通なら子供の戯言と流す所だが、そこで踏み止まるのが長所である。昔ながらの生徒指導教諭と現代的な教師とのハイブリッドといった印象を改めて受ける。
「そんなに、酷い事をされたのか? ……ああ、いや、言わなくて良い。きっとそうなんだろう。その顔を見れば分かる」
 お前に何が分かる。自分は心の中でだけせせら笑った。
「しかし、どうするか。内申点はなあ……出席記録が1つの評価ポイントである以上、こればかりは捏造する訳にもいかないし……情状酌量という形にしたいが、その為にも証拠が要るんだ。ここだけの話、こう言うのに煩い先生もいてな――」
「なら」
 そう言って、自分は上衣を脱いで半裸になった。あの『最低先生』――天荒てあら良辞りょうじに治療してもらってはいるものの、傷痕だけはどうしても残ってしまう。腹にあるナイフの刺し傷の内1つと、ビスタにやられた肩の爪痕とを指差した。
 そう、わざわざ指差した・・・・・・・・
 そうしなければならない程、自分の体は傷に塗れている。
「ここと、ここです。どうですか。……何なら証拠に写真を撮っても――」
「充分だ!」
 遣使先生は顔を青くし手で制する。まあ、ここまで言えば職員会議でどうにか通る事だろう。むしろ問題児として挙げられる可能性も無きにしもあらずだが、そうやって捉えられて遠ざけられる方が都合が良い。

 そう。
 自分の本当の・・・名前さえ知らない方が良いレベルで、『死城』には関わらない方が良い。嘗て全人類を呪おうとした『汚辱The Contamination』を起こした一家には。
 ……と、人の良い事を言いながらも、その実、カナ以外の人間と必要以上の関わりを避けたいから、というのが本心だけど。

 そんなこんなで生徒指導教諭とのやり取りが終わり、雑談もせずに礼をしてから生徒指導室を出る。少し廊下を歩いて、角を曲がり、階段を上って自分の教室のある階まで来たところで、漸く溜息を吐いた。
 疲れたから、というのもあるが、それ以上に頭を悩ませる問題がある。
 別に受験や内申の話ではない。それについては学力的にも問題は無いだろうし、内申もあの先生が何とかしてくれるだろう。
 問題というのは、自分を付け狙う者の存在だ。
 ここ最近、死城の呪いに掛けられた者、或いはその近親者に命を狙われて来た。この前のサーカスで言えば糸使いの糸弦しげんみさおは何処かへと消えてしまったという話だし、助けてくれた警察官――鎌川かまがわ鐡牢てつろうに至っては警察官に扮装していて正体が掴めない。彼もいずれはクラッカーの友人野間のま夢果ゆめかによって正体を暴かれることだろうが、その正体もロクなものじゃないだろう。
 例えば、『ヤツの正体は、死城を殺すことを呼び掛けたあのメッセージに応じ、その集団に参加している者だ』と言われても、まあそうだろうと思う位には。
 まったく、こんな刺激は不要だ。自分は、ただ日々を平々凡々に、平穏に暮らせれば良いだけなのに。だからこそ、『死城』という名前を夢果に戸籍上からも消してもらって、新しい苗字『天凱』を得ているというのに。
 世界は残酷だ、という言葉で纏めるのは簡単だ。だが世界を残酷にしたのは、自分以外全滅した一族浪党なのだから、複雑なものだ――。

「あ……えーた!」

 自分を呼ぶ声。可愛らしくぶんぶんと手を振るカナの姿を視認したので、自分も振り返してやると、笑顔を咲かせてぱたぱたと走って来る。
 廊下を走るな、という言葉もすっかり久しくなったな、と思う。今や廊下で走ることより、スマートフォンの画面に指を走らせることの方が注意の対象になる。
「結構長かったね〜」
「まあ、遣使先生だしな」
 そう言うとカナは、「あ〜……」と妙に納得した声を漏らす。それだけ彼は、叱責と共に教訓をくどくど口説くので有名なのだ。
「にしても」とカナは話題を変える。「そろそろ夏休みだね!」
「まあ沢山宿題が出るけどな」
「現実を見せるなあっ!」
 楽しいこと考えようよ! とカナが言う。楽しいこと。そうだな――今は学生らしく、楽しいことを考えようじゃないか。
 来るべき敵のことばかり考え過ぎて、現実主義っぽくなっているらしい。反省。子供らしく、もう少し夢見がちでいようじゃないか。
「私はこの夏休み、沢山やりたいことがあるんだからねっ! だって、中学生最後の夏休みだし」
「まあ、そうだな」
 それよりカナは、受験に向けて勉強した方が良いのでは――という言葉が喉から出かかる。危ない。
「何がしたい? 遊園地に行くとかか?」
「良いね、遊園地! あ、でも、幽霊屋敷だけは勘弁ね……」
 ……相当、あの一件がトラウマなんだろう。カナ自身が殺されかけた上に、自分も失血で死にそうになったのだから、当然と言えば当然だが。

 ――トラウマ。
 ある出来事をきっかけに、特定対象に極度の恐怖を感じる心的動き。
 カナには既に2つのトラウマがある――刃物と炎・・・・。カナの過去を思えば仕方のない事だと思う。どちらも、自分が死ぬかもしれないという以上・・の恐怖を味わったのだから。
 親を喪い。
 友人を喪いかけたのだから。
 カナに、これ以上トラウマを作らせる訳にはいかない。であればこそ尚更、『死城』の呪いに巻き込む訳にはいかない。
 大体、自分は決意したのだ。カナを守る為なら自分が死なない程度に、そして相手を殺さない程度に、危険なことをすると。それも、カナの知らない所で。知れた所で行えば――血みどろの戦いに触れさせれば、またカナは新たなトラウマを作ってしまうから。

 例えば、この前のサーカスで、自分を殺しかけた時の様に。

 自分を手にかけようとしたあの日から、カナは自分の見えない所で明確に落ち沈む様になった。今ここで会った時ですら、笑顔を咲かせて手を振る直前、一瞬だけ、表情に影が宿ったのを見逃してはいない。
 とは言え友人・夢果の助言もあってか、自分の前ではこんな風に明るく振る舞ってくれる。が、実の所は酷い目に遭わせたことに引け目や負い目を感じているに違いない。
 自分としては全く気にしていないのだが、やはり張本人であるカナからすればそうもいかないのだろう――。

「……えーた?」
「ん、ああ。ごめん。遊園地の話だよな。ジェットコースターは乗れたんだっけか?」
「……うーん、分かんない。乗ったことないから」
 でも、とカナは笑顔をこちらに向けてくる。
「えーたと一緒なら、きっと大丈夫!」
 ……ここまで信頼してくれているのは、中々に嬉しいことだ。尚のこと、この笑顔を守ってやらなきゃならない。
 だって、カナのことが好きだから。どうしようもなく、好きだから。




***

 ――そんな風に思っていたのを、唐突に思い出す。
 血に塗れた学校を、カナの手を引いて走り去りながら。


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