D.D.G. -Hope to Live, Want to Kill- (Sequence 9.)
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Sequence 9:"D"ragged "D"own by "G"irl.
戦いの火蓋が切って落とされた。
その瞬間、元下層の住人――現上層の手先が全員、駆け出す。
「壮観だなァ!」
報炉は笑う。実に愉快そうに、実に爽快に。
「なァ! そう思わねェか! 烏合の衆共!」
「テメェッ!!」
淡落が再び怒号を浴びせる。だが報炉にとってはどこ吹く風だ。
「俺様に怒ってる場合かよ? そら、奴らと戦わねェとココで死ぬぜ? お前らの元仲間によってなァ!」
楽しい。
実に愉しい。
別に下層の奴らなんて死んでようが生きてようがどっちでも良いからこそ、こうやって娯楽の餌食になり、娯楽の糧となる様は、実に愉快極まりない。
報炉の笑みから、その意図が滲み出ていた。
それでも、烏合の衆にはその悪意に構う余裕がない――そんなこと、淡落には分かっていた。
元仲間達を殺さねば、今の仲間達が殺される。
今大事にせねばならないのは何かなど、選ぶまでもない。
「……向かって来る奴らを――」
甘えは捨てろ。
甘えは捨てろ。
甘えは、捨てろ。
「――殺せ!」
淡落はそう命じた。烏合の衆の面々は頷き、各々武器を持って立ち向かう。
その命令を聞き、ぎゃはは、と下卑た笑いを上げながら、報炉も向かい来る群れへと駆けて行く。
だが、報炉はその群れを1人とて殺すことはない。のらりくらりと攻撃を躱し、開いた関門へと一直線に駆け――
「警告、どこへ行くつもりだ」
声を聞いたその瞬間、報炉は前へと駆ける足を、地面を踏み込んで急停止。
その眼前を一閃、刃が通り過ぎた。密裏甘が舌打ちをしながら、振った刀を構え直す。
「っぶねェな! 失明する所だったぜ」
「当然至極。それを狙ったまで」
「そういうのはなァ――警告じゃなくて最後通牒って言うんだよォ!」
「学習。タメになった」
そして死ね。
密裏は容赦も躊躇もなく、左手首の断面から伸びるレーザー砲を向ける。報炉が瞬時に判断して横に飛ぶように避けた途端、レーザーが発射。
後ろで混戦を極めている烏合の衆の1人の頭を消し飛ばす。
だが報炉は全く振り返らない。飛び避けて着地するとすぐに態勢を立て直し、再度関門へと駆け出す。
「不可」
瞬間、密裏の背中で何かが駆動する音が鳴る。それから1秒も経たず、小型ミサイルが数発発射された。
報炉はまたしても足を止めさせられ、ミサイルを後退しながら避けつつ距離をとった。最早ここまで来れば仕切り直し――そう判断して態勢を立て直すこととした。
「ビックリ人間ショーでもしてんのかァ!? 金は払わねェぞ!」
「結構。『ショー』の代価は命で支払って貰う」
「ハッ――なら、全力で踏み倒すまでだなァ!」
報炉が舌を出して挑発する。密裏はチッと舌打ちをした。
「屑め」
「今更かァ!?」
報炉はぎゃははと嗤いながら、ポケットから記憶端子を取り出す。
「今度はこっちの番だ」
そしてそれを、首の接続口に差し込んだ。
「精々楽しめよ――俺様のビックリ人間ショーをなァ!」
【Memory Bus, certified. Code:"Super Scientist"】
そう言って報炉は手を翳し。
手も触れずに、密裏の体を吹き飛ばした。まるで、念動力を使うかの如く。
***
目の前で、仲間の頭がレーザーによって消し飛んだ。
何かの悪い冗談だ、と淡落は歯噛みする。
だが最早今、仲間の命を弔う暇もない。
この戦場において為すべきことは、足を止めることではない。ただ足を止めずに戦って、生き延びることだ。
武器を持てなくなった者から――闘う意思を失くした者から、死んでいく。
だからこそ、死に物狂いで、意思を保ち続けねばならない。
――そんなことを思いながら、淡落は元仲間の首を圧し折った。折れた音が、心にずしりと響く感覚がする。それでも、意思を折ることは許されない。
烏合の衆の長として。
この戦場における、戦いの象徴として。
死ぬことは、決して許されない。
「っ、おおおおおおおおっ!!」
首の折れた死骸の足首を掴む。そのまま死骸をぶん回し、襲い掛かってきた元仲間の頭に直撃。更に首を折って死骸を増やす。
その背後に、更に元仲間が襲い掛かって来る――レーザー剣を、心臓目掛けて突き立てる為に。
淡落に、避ける時間は無い。
だが、彼には『死』という言葉が過らない。
――突如、襲い掛かる元仲間の腕が、切断される。そのせいで、レーザー剣は地面に落ち、淡落の元には届かない。
元仲間は、呻きながらも辺りを見回す。腕を切断した者を殺す為に。
だが、どこにも腕を切断した人物が見当たらない。
不思議に思った次の瞬間、突如視界が傾いた。世界が全て横向きになり、真っ逆さまになり、また横向きになって、正位置に戻る――その次の瞬間には、徐々に視界が真っ暗になっていった。
元仲間は――首を落とされた元仲間は、何が起きているか分からぬまま、瞼と共にその生涯を閉じる。
その光景を見ながら、淡落はぼそりと呟いた。
「……助かったぜ、瞑離」
地面に落ちたレーザー剣を拾う。1度、2度振るってみる。まるで現実味のない武器だが、その効果は、既に元仲間が実証していた。
辺り一面、既にレーザー剣によって殺された仲間が数人、転がっている。胸を貫かれたり、首を切断されたり、胴体を真っ二つにされたり。死に方は様々であったが、レーザー剣の威力を示すにはあまりに十分すぎる証拠だ。
「……っ」
目の前に、レーザー剣を両手に持つ元仲間が現れる。その姿を見て淡落は即座に、レーザー剣の柄を両手で握りしめ、構えをとる。
「……やっぱ、いるよな」
甘えは捨てろ。
淡落は、自らに言い聞かせる。
「結局、お前も実験に連れてかれたんだからよ。久引」
嘗て、その言葉を言い聞かせ続けてくれた、元仲間・久引を前にして。
久引は淡落を見つめる。だがその両目は死者同然に濁り、淡落の姿をはっきりと映さない。
故に久引は、諸手の剣をそれぞれ振るい、走り出す――敵と認識した淡落を、斬り殺す為に。
「本当、嫌になるぜ――本当に!」
吐き捨てて、淡落も駆け、剣を振るう。
久引は右手の剣でそれを受けた。間髪入れず、左手の剣を振るい、淡落の体を真っ二つにせんと襲い掛かる。
淡落は直様右手の剣を弾き、左手の剣に対応。バチッ、と爆ぜる音が戦場に響く。久引はそのまま剣を振い、今度は淡落を体ごと弾き飛ばす。淡落は地面を踏み込んで止まり、すぐに体勢を立て直す。
刹那、久引が駆ける。一気に距離を詰め、今度は突きの攻撃。
「クソッ!」
淡落は再び後ろに飛び退き、地面に着地。
着地と同時――野生じみた勘で頭を下げる。その頭上を、レーザー光線が通り過ぎた。密裏の発射した光線が、間一髪で頭領の頭を捉え損ねたのだ。
「……っぶねえ」
ヤバいな、と淡落は状況を冷静に捉える。
恐らく、さっきの突き攻撃は意図的――意図的に、レーザー光線で頭を焼き切る為に、久引は突き攻撃を放ち、淡落を後退させた。淡落はそう分析する。
人によっては偶然と捉えるに違いないことも、淡落には全く偶然に思えなかった。
必然だったと思わせるだけの力が久引にあることを、淡落は知っている。
「上層の手に落ちたってのに――随分と元気そうじゃねえか。あ?」
「……」
久引は答えない。
言葉を交わす気は無い――そう宣言するかの様に、レーザー剣を振るう。
淡落の頬に、汗が伝った。
(俺に――コイツを殺せるのか?)
淡落は自問する。その問は、『殺せはするが、感情的な問題で本当に殺せるのか』ではなく、本気で『殺すことが技量的に可能か不可能か』を尋ねるものだった。
(……いや、それでも)
淡落は、レーザー剣の柄を強く握る。
それでも、やらねばならない。
(殺したくはないが――殺せるかも分からないが、それでも俺は、コイツを殺してやらなきゃならない!)
今度は、淡落が駆ける。久引は、淡落が来るのを、不気味に静かに待ち受ける。
***
「――呆気ねェモンだよなァ」
レーザー光線を放った密裏は、狼狽していた。
レーザー光線は、報炉の顔にほぼゼロ距離で撃ち込んだ筈だったが、意味不明な力によってレーザーの軌道を捻じ曲げられ、淡落の横を掠めて消えた。
その光景を目にしながら、レーザー砲のある左腕を、報炉に掴まれる。
「コレが今の上層の実力かよ。いやァ、泣けるねェ――あまりにも弱すぎて」
嘲笑い過ぎて涙が止まらねェよ。
そう言った次の瞬間、密裏の左腕がぐにゃりと捻じ折られた。まるでスプーン曲げの奇術の様に。但しここには原理も仕掛けもありはしない――正真正銘の超能力だった。
記憶端子『Super Scientist』。進み過ぎた技術は、超能力さえも端子の中に閉じ込めることに成功していた。
兎も角これで、密裏はレーザー光線を放つことができなくなった。
「しっかし、涙ぐましい努力だよなァ」
報炉は全く涙を流す様子さえ見せぬまま、今度は右腕を掴む。
「俺様を倒す為、頑張って武器を詰め込んだんだろ? だから剣も、レーザー砲も、爆弾もミサイルもその他諸々も、マジシャンみたいに沢山出て来る訳だ。だけどな、1つ教えといてやるよ」
子供でも分かる理屈を。
そう付け加えてから、報炉はただ一言だけ教授した。
「荷物を持ち過ぎたら、小回りが効かなくなるモンだぜ」
そして、密裏の右腕も破壊。人体からは鳴り得ない、金属のひしゃげる音が響いた。その音に顔を顰めながらも、報炉は続けて右脚と左脚に取り掛かることとする。
「……理解。次回以降気を付けよう」
四肢を捥がれている最中だと言うのに、極めて冷静な口調で密裏は返す。その言葉に、報炉は特大の溜息をついた。
「……お前、ホントつまんねェよな。悲鳴の1つも上げないワケ?」
「当然。別に他者を喜ばせようとしてない故」
「ビックリ人間の癖によォ」
「勝手に期待されても困る」
会話の中で息するように、報炉は右脚を折り取った。次は左脚。
「まー、良いけどよ。それより――」
赤い髪を振り乱しながら、報炉は左脚を掴む。
「お前、最後に言い残すことはあるか?」
「……皆無。ただの戦闘機械に言うこと無し」
「……ホント、つまんねーわ、お前」
左脚を折り取った。これで密裏は四肢を全て捥がれたこととなる。
「そういうの、元々なのか? それともあのクソ科学者によるものか?」
「前者。人体実験は、自己の人格には一切影響を及ぼしていない」
その回答から、報炉はそこそこに過酷な密裏の過去を察するが、別段興味は無かった。
弔いも偲びもするつもりのない報炉には、故人のことを深く知って覚えておく謂れはないからだ。
報炉は、折り取った密裏の右手から、左手剣を手にする。そして密裏の腹を踏みつけ、レーザー剣の切先を心臓部へ向けた。
「ま、良いか――じゃあな、雑魚のリーダーさんよ」
普通なら命乞いの1つでもするだろう。
そう思っていた報炉だったが。
「――その言葉」
密裏の表情は、それでも冷静そのものだった。
「次会うまで覚えておく。ではその時まで精々息災で、元死刑囚」
報炉は心の臓腑にレーザー剣を突き立てた。その瞬間密裏は血を吐き、呆気なく絶命した。報炉はそれでもなおレーザー剣を体へと押し込み、地面さえも貫通させ、それから手を離した。無銘の墓標の様に、レーザー剣は直立する。
「……『つまんない』は撤回するぜ、密裏甘」
報炉は、微笑を湛えながら吐き捨てた。
「気持ち悪ィよ、お前」
それから報炉は踵を返し、ぽっかりと開いた関門へと向かう。
後ろでは、烏合の衆が密裏の部下達と闘っているのが聞こえる。だが、彼らを助けるつもりは、初めから毛頭ない。
上層をぶち殺す為の人々。客観的に見れば報炉の強大な味方ではあったが、報炉の主観は、彼らを邪魔だと捉えた。
上層の連中は、自らの手で遍く殺す。そう考えている彼にとって、殺す対象が減ってしまうのは避けたかった。
だからこそ、過濾=ライアに変化していた時にわざわざ助けを呼び、あの大群を呼び寄せたのだ。結果的にやって来たのは、上層で顔見知りだった密裏甘と、その取り巻きである元下層の連中。
――もし、密裏の連れて来た連中も上層出身であれば、報炉は喜び勇んで加勢していたであろう。
だが、報炉は向かわない。別に下層の奴らなんて死んでようが生きてようがどっちでも良い彼にとっては、奴らを殺すことで得にならないからだ。
だからこそ、見捨てる。見捨てて、さっさと中層に向かい、上層まで辿り着く。そうして、このクソみたいな世界を作り上げている元締め諸共全員を殺す。
報炉を生み出し、そして捨てたこの世界をぶち壊す為に。
「さァてと!」
報炉はとても楽しそうに告げる。ここを通れば中層。上層へと通ずる第一歩だ。
楽しみでない筈がない。
「ぶち殺しに行くか――上層共をよォ」
精々ついて来いよ、マトイちゃん。
体の貸主にそう告げながら、報炉は一歩踏み出そうとした。
だが。
報炉の足は、全く動きもしなかった。
「……あ?」
報炉は、本気で困惑する。
彼にとって、この事態はあり得なかったからだ。
喉から手が出る程に手を伸ばしたかった中層へ帰れるというのに、ここで足踏みする理由がどこにあるというのか。
――報炉の考えは、あまりにも一直線。故に彼の行動原理は、きちんと筋道を立てて説明できる。
だが、それ故にこそ。
寄り道をしてしまう様々な事情を、捨象してしまう。
《――行かせない》
報炉の頭の中に、声が反響する。
《このまま、行かせる訳ないじゃない、この屑野郎!》
それは間違いなく、報炉と共存ならぬ並存するこの体の所有者――絡生の声であった。
To be continued?
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