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「通常の」とは違う?「量・反応関係」メタ・アナリシス

「食事摂取基準(最新版は「日本人の食事摂取基準2025年版(案)」;文献1)」は、信頼できる食情報の宝庫であり、健康維持のための食事の摂り方のガイドラインである、とお伝えしたところです。

このガイドラインを作るために、専門家の先生方がたくさんの研究論文を収集し、それを読み込んで議論した結果、「このくらい食べるとよい」という基準値が策定されます。そのときに、複数の研究結果を統合して結果を導く研究手法である「メタ・アナリシス」の結果は、ひとつの研究ではなく様々な研究の結果を踏まえて解釈されているという特徴から、基準値を作るときの根拠として適しているんです(複数の研究結果を統合した結果は信頼度が高いという考え方は、以前こちらでも紹介しました)。

そのメタ・アナリシスに関して、食事摂取基準2025年版(案)の本文中には以下のような記述があります。

食事摂取基準のように、「定性的な文章」ではなく、「量」の算定を目的とするガイドラインにおいては、通常のメタ・アナリシスよりも量・反応関係メタ・アナリシス(dose-response meta-analysis)から得られる情報の利用価値が高い。

日本人の食事摂取基準2025年版(案)P. 8

食事摂取基準を作るのに、メタ・アナリシスは参考になる研究のはずなのですが、それ以上に「量・反応関係メタ・アナリシス」のほうが使える、と説明されているんですよね。この部分を読んだ方から「ここで挙げられている『量・反応関係メタ・アナリシス』ってなんですか?通常のメタ・アナリシスとどこが違うのでしょうか?」とおたずねいただいたことがあります。

今回はこのおたずねにお答えしていきます。「通常の」メタ・アナリシスと、さてどういうふうに違うのでしょうか。



●「通常の」メタ・アナリシスとは

まず、ここで言っている「通常の」メタ・アナリシスがどういうものか、確認しましょう。これは、論文レビューを行って収集した複数の研究のそれぞれの結果を、数量的にひとつに統合して、まとめた結果を示すような研究手法のことです(文献2)。

たとえば、栄養素Xと生活習慣病Yの関連を検討した研究をレビューして、10報が収集されたとします。その結果、病気Yの発症リスクが、研究Aは栄養素Xの摂取量の少ない群に比べて、摂取量の多い群で0.1低い、研究Bは0.5低い、研究Cは違いがない…というふうに、それぞれの研究で結果は異なります。これらの結果を並べてその傾向を述べるのが、論文レビューとしての結論です。これではひとまず論文レビューは完了します。けれども、さらにその10報の研究結果を、統計学的な手法を使って統合して「これら10報の研究から、栄養素Xの摂取量が少ない群に比べて、摂取量の多い群では、疾患Yの発症が0.3低い」というふうに、10報の研究をまとめてひとつの数値で結果を示す手法が「通常の」メタ・アナリシスです。

●どうやって示す?メタ・アナリシスの結果

通常のメタ・アナリシスを実施すると、研究では図1のような結果の図で示されることがよくあります(文献3)。

図1. メタ・アナリシスの結果を示した図(フォレストプロット)の例(文献3)

これは、フォレストプロット(Forest plot)と呼ばれる、通常行われるメタ・アナリシスの結果の図です。この研究では、食事中のマグネシウムの摂取量と糖尿病の発症率の関連を検討しています。Aの図では、対象者をマグネシウム摂取量の少ない群と多い群の2群にわけて、少ない群に比べて多い群で糖尿病の発症率がどの程度なのかを調べています。図の左を見ると、上から「Hata, 2013」とか「Hodge, 2004」などと並んでいます。これがひとつひとつの研究の結果です。論文の著者の名前と論文の公表年で、それぞれの研究を区別して示しています。22報の研究があることがわかります。Hata, 2013の右側には、線と四角などで示した結果や数値が書かれています。これらがこの論文で示されている結果です。今回は詳しい結果の見方は省略しますが、摂取の少ない群の発症率を1としたときの摂取の多い群のリスクが数値で示してあり、1より低い値なら摂取量の多い群の発症率が低い、ということを示しています。

この個々の研究結果を示したものの一番下に「Overall」とありますよね。これが22報の研究結果を統合したメタ・アナリシスで得られた結論です。図の中では白抜きのひし形◇で示されています。数値としては0.74なので、この22報の研究論文の結果から、マグネシウムの摂取量が少ない群の糖尿病発症リスクを1としたとき、多い群では糖尿病の発症リスクは0.74になる、つまり下がる、と結論が得られているわけです。

●摂取量にも注目するなら

さて、図1のAだと、マグネシウムの摂取量が多いほうが糖尿病を予防しそうだ、ということが見えてきますが、摂取量がどのくらいでそうなるのか、ということが見えてきません。そこでもう少し摂取量の情報を含めて結果を出すと、Bの示し方になります。

Bでは、マグネシウムの摂取量が1日あたり100 mg増えると、糖尿病の発症リスクがどのように変化するか、の結果を示しています。22報の研究結果を統合したメタ・アナリシスの結論は、1日に100 mg増えると、増える前に比べてリスクが0.81に下がる、となっています。単に「少ない」「多い」というよりは、どのくらい食べ増やすと効果がどのくらい出るのか、ということが見えてくるので、Aの結論よりは具体的に見えます。

ただし、実際の摂取量が「いくら」であれば、糖尿病の予防効果があるのか、という結論は、こういったフォレストプロットで書かれたような「通常のメタ・アナリシス」では見えてこないんですね。

●「通常ではない」メタ・アナリシスはこれだ!

そこで「摂取量がいくらであれば、糖尿病の予防効果があるのか」に答えるために実施するメタ・アナリシスが「量・反応関係メタ・アナリシス」になります。図2のような図で結果が示されます(文献3)。

図2. 量・反応関係メタ・アナリシスの結果を示した図の例(文献3)

横軸はマグネシウムの摂取量です。右にいくほど摂取量が多くなります。そして縦軸は糖尿病の発症リスクです。マグネシウムの摂取量がゼロの時のリスクを1として、相対値で書かれています。グラフの線が3本ありますが、中央の線が複数の研究を統合した結論として示された結果です。こうして示されていると、摂取量が増えると発症リスクが低くなる様子がわかりますね。ただ、この場合は前回解説したような「閾値」というものがみえていませんので、糖尿病発症予防のためのマグネシウムの摂取量を示すのは、この量・反応関係メタ・アナリシスからはなかなか難しそうです。とはいえ、単に「多く」というよりは、300 mg/日くらい摂取すると、摂取量がゼロの人に比べてリスクが0.8くらいまで下がる、と言えますし、元の摂取量が100 mg/日の人と300 mg/日の人では、同じように100 mg/日摂取量を増やすとしても効果が違いそうなところも見えてきます。情報量が増えてくるんですね。

●まとめ

食事摂取基準の策定に、複数の研究結果を統合して結論を導いた「メタ・アナリシス」は有用です。けれども「通常の」メタ・アナリシスではガイドラインや基準値を作るためには不足する情報もあります。そんなときに「量・反応関係メタ・アナリシス」は役立つ研究なのです。

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【参考文献】
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版案. 2024.
2. 佐々木敏. わかりやすいEBNと栄養疫学. 同文書院. 2005.
3. Fang X, et al. BMC Med 2016; 14: 210.


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