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食事摂取基準の策定に「使えない論文」があるの?

信頼できる食情報に触れるなら、インターネットで食情報を検索するよりも、食事摂取基準(最新版は「日本人の食事摂取基準2025年版(案)」;文献1)を学び、深く知るほうがよいのではないかな、と思っています。食事摂取基準とは何か、そしてそう思う理由は、前回のnoteで解説しました。

せっかくなので、食事摂取基準の話題をもうしばらく続けてみたいと思います。今回のnoteで紹介したいのは、その策定に使われる「科学的根拠エビデンス研究論文)」のことです。

私は食事摂取基準2020年版の策定の準備がされていた時期に、その作業を身近に見ることができました。実際には産休をいただき、十分にお手伝いできていないのですが、それでも食事摂取基準がどうやって作られているのか、様々な状況を見て感じることはできたと思っています。その中で、食事摂取基準を作るときに「使える論文」と「使えない論文」というものがある、ということを知ったのです。



●まずは論文レビューを実施

まず食事摂取基準の作られ方を再度確認しますが、策定委員やワーキンググループを構成する専門家の先生方が、最新の研究論文の結果に基づいて議論して、内容を決定していきます。そのためには、その議論の材料になる研究論文を収集しておくことが重要な作業になるわけです。この論文収集は、一部の研究論文ではだめで、世界中で行われている論文を収集しておく必要があるんですよね。その後、それを読み込み、結果を統合して全体像を把握する、という一連の作業が続きます。それを「論文レビュー」と言います。以前こちらのnoteで、論文レビュー作業の様子や、なぜ複数の論文の結果が必要なのか、紹介していました。


●ここで使う!エビデンステーブル

たくさんの論文を収集して、それぞれの論文にどんなことが書いてあり、それらにどんな傾向があって、まとめて解釈をするとどんな全体像を描けるのか…。それを知りたいなら、エビデンステーブルが役に立ちます。エビデンステーブルとはどういうものか、そしてどうやって作っていくのかは以前のnoteで紹介しました。

ちなみに、食事摂取基準に限らず、エビデンステーブルにまとめる場合、その前に自分の整理のために、各論文に番号をつけて整理しておくとよいですよ。こちらで紹介しています。

食事摂取基準の策定でも、多くの先生方はこういった自分なりの整理法で論文を読み進め、エビデンステーブルを作成しておられると思います。なにしろ数が多いですから。

●使える研究論文と使えない研究論文がある?

さて、参考になりそうな研究論文を収集したとしても、その中で食事摂取基準の基準値策定に使える論文って、その一部なんです。たとえば、こんな研究結果(図1)が得られたとします。

図1. ある栄養素Xの摂取量と生活習慣病Yのリスクの関連(閾値なし)

この図1はイメージ図です。横軸は栄養素Xの摂取量を表しています。一番左のD1は摂取量の最も少ない集団、そして右になるほど摂取量の多い集団となります。縦軸は生活習慣病Yのリスクを表しています。D1の集団の病気のリスクを1としていて、上にいくほどリスクが高くなります。中の青いグラフは右上がりのグラフになっていますよね。たくさん食べるとリスクが高まり、少なく食べるとリスクは低いということです。

それでは、この研究結果に基づいて「病気Yのリスクが最も低いときの栄養素Xの摂取量を基準値として決めよう」としても難しいんです。この場合、結果が直線的なので、食べなければ食べないほどリスクは下がると示されています。実際にはD1よりも少ない摂取の場合はどのような結果が得られるのか、この研究結果からは見えてこないわけです。となると、どこまで摂取量を下げればリスクが最も下がるのか、わかりません。この論文だけで基準値を作ることは難しいのです。

一方でもし、この研究結果が図2のようであれば「使える論文」となります。

図2. ある栄養素Xの摂取量と生活習慣病Yのリスクの関連(閾値あり)

図2だと、D4の摂取量が多い集団から左の摂取量の少ない集団に向けてグラフをたどってみると、だいたいD2の集団で病気のリスクがD1と同じくらいになり、底がある状態になっていますよね。D2の摂取量より抑えておけば、一番リスクが低くなる、というふうに読めます。このときの摂取量が「閾値(いきち)」と言われる値です。こういった閾値が得られた研究結果は、基準値を作るために「使える論文」です。

●「使えない論文」でも使うしかないことも

こんなふうに、栄養素の摂取量と病気のリスクを検討した、丁寧に実施されていて質もよい研究論文があったとしても、得られた研究結果が直線的で閾値の見えないものだと、食事摂取基準を作るときには使えない、と判断されることがあります。それでも、他に研究結果が存在しなければ、「使えない」と判断される論文の結果をなんとか使って、基準値を作っていくこともあります。たとえば、先ほどの図1のような直線的な研究結果が得られた場合は、D1の摂取量を目指すとリスクはだいぶ下がってよさそうです。もしかしたら、もっと小さい値の方がもっとリスクを下げられるかもしれません。けれども、日本人の現在の摂取量がD1よりかなり多のであれば、たとえD1の摂取量を基準値に設定したとしても実現が難しいですよね。そのために、D1の摂取量と日本人の現在の摂取量の中間の値を基準値にする、というように、研究結果を活用しつつ、現実を考慮して基準値を決めていきます。こう考えると、「使えない」というよりは「使いにくい」とお伝えしたほうが事実に近いかもしれませんね。

●まとめ

食事摂取基準の策定は「エビデンスに基づいている」とはいえ、研究結果だけからすんなり基準値が決められるわけではありません。基準値の策定に使えないような、閾値のない研究結果もあるからです。その場合に「基準値を策定できない」と判断することもあれば、使いにくいけれどもなんとか使って、さらには現状や実現可能性も考えながら策定作業は進んでいきます。本当にストレスのかかる作業です。

こんなふうに、食事摂取基準の作られ方も確認しながら、その理解を深めていくための講座「食事摂取基準2025年版読み解き講座」を開講します。興味をお持ちの方はぜひ、講座の案内をお読みいただき、その後の情報をキャッチするために、以下のメールマガジンにご登録ください。講座のご案内はメールマガジンを通じていたします。

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【参考文献】
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版案. 2024.


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