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雪国からの香り

「お届け物でーす」

寒い日の夕方、宅配便が届いた。箱を開けるとパンが2種類現れる。一つはどっしりと重さのあるシュトーレン、もう一つは手のひらよりも大きなカンパーニュ。ピンク色の緩衝材にくるまれて、愛らしい姿だ。

ほぼ毎年、この季節になると雪国から取り寄せているパンである。特にシュトーレンは、クリスマスからお正月にかけて少しずつ頂く嗜好品。中央からスライスし切れ目同士をくっつけて保存すれば、乾燥せずに自然発酵が進んでいき、数か月間も楽しむことができる。

思えばこのパンとの出会いは10年以上も前のことだ。今も変わらずこのパンを想い続けているのは、今の自分を形づくった一つの要素であるからだろう。

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当時大学生になりたてだった自分は環境問題に興味があり、関連する学部に所属していた。それもあって、都市部で暮らしてはいたものの、自然環境が豊かな場所をよく訪れていた。

先ほどのパンと出会ったのもこの頃だ。

漠然と自然のなかで暮らしている人々の生活に興味があった。そこで訪ねたのがこのパン屋さんだった。パン屋といっても、当時はご夫婦でお宿もやられていたから、単純に宿泊しに行ったとも言える。

滞在中はいろいろな体験をさせてもらった。温泉に連れて行ってもらったり、手づくりパンや菜食のお食事を頂いたり、懐中電灯を片手に夜の山道をお散歩したり、母ヤギの小屋を眺めたり、お仕事の話を聞いたり。

それから10年という歳月が経過したけれど、ご夫婦は変わらず雪国でパンを作っている。

私は年に一度ホームページを訪ねてパンを注文する。そして、そこに綴られている一年間の出来事をじっくり読む。少し離れた地域に引越したこと、新しい子供ができたこと、インタビューを受けたこと……。

365日のうちのたった1日だけれども、ご夫婦のホームページを開き、パンを選び、近況を知る。この一連の作業がとても愛しく、特別なものに思えて仕方がない。今年も頑張っているなあ、こんなことがあったんだなあと、静かにお手紙を読んでいるような。

一年に一度、何らかの形で誰かに思い出してもらえることは、とても素敵なことだと思う。「思い出す」よりもっと深い、「じっくり感じる」の方が感覚的には近いかも。

ご夫婦のことを感じるだけでなくて、恐らく自分自身が当時からどのように変化してきたのかも同時に感じているのだろう。ご夫婦の存在がとても遠い存在に思えていたかつて。今はどうだろう。かつてとは違った視点で雪国の二人をここに想う。

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カンパーニュからは、独特の酸味の香りがする。

56時間という長い時間をかけて低温熟成発酵させ、生地を焼き上げるそうで。オーブンで焼くと表面はカリカリサクサクとなり、中身はもっちりモチモチに。

変わらないパンの美味しさと、その背景に見えるご夫婦の暮らし。このパンに毎年会いたくなるのは、味だけではないような気がしてならない。雪国から届くパンの「香り」は特別だ。

そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。