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海老食べに行こう。

運命の逆転 Reversal of Fortune

実際にあったクラウス・フォン・ビューロー事件という貴族の夫による妻殺害未遂事件を映画にしたもので、クラウスの一審有罪後、高名な人権派弁護士アラン・ダーショウィッツを雇い、彼の集めたチームによって上告審で無罪となるまでの話です。アラン・ダーショウィッツ本人の同名の著作が原作ですね。主演のジェレミー・アイアンズはこの映画でアカデミー主演男優賞を獲っています。

映画の作りは対策・調査・裁判を盛り込んだ一般的な法廷ミステリを踏襲していてそれ自体よくできた映画なのですが、ストーリーラインとは別にディティールの作り込みが偏執的なので繰り返し観て、細部にフォーカスしてみると登場人物のあり方や行動原理などが深まったり反転したりして印象派以前の絵画のような楽しみ方ができます。

とくに進行している状況に対応した飲食のシーンにおいて巧みで、状況を表すシンプルなアクセントだったり、性格や価値観を表すものだったりするのですが、そもそもこの映画、飲食を伴っているシーンの配分がかなり多く、法廷以外ではかなりの割合でなにかしら飲んでいるか食べているかするのです。実生活でも多分そうだと思いますが飲食一切無しでなされる会話ってそんなに多くないのに映画だと撮影が面倒なので省かれる事が多いですよね。

そんな飲食配分多めな映画なので、意味性の強弱はまちまちで、流れでたまたま映ってしまったくらいに自然なのです。象徴的なものもさり気なくあるのですが、全く象徴しているように見えません。
そしてなぜかどれもこれもとてもシズっているのです。

特に印象的なシズりポイントが2つあり、1つは目はエッグノック。
このシーンはクリスマスの回想シーン内に登場します。クラウスとチームがアラン宅のリビングで皆マグカップでコーヒー(と思われる)を片手にディスカッションしているときシュガーポットがクラウスに回ってくるものの、かき混ぜるすスプーンがないためシュガーポッド用のスプーンを代用してテーブルにポンとおいた直後回想に入ります。その一連の行動を皆さり気なく目で追っていますがこの行動が天然なのか、扱い方がわからないのかよくわかりません。シーンはちょっと滑稽なプルーストのように過去へとかわり。クリスマス、クラウスの自宅でヴィクトリアンの銀製パンチボウルに入れられたエッグノッグをレードルでカップに注ぎソファでチェーンスモークしている妻に運ぶ、回想まえのマグカップに入っているコーヒーは映りもしなかったのに、パンチボウルからカップにすくい取って妻に渡すまで丹念に描写されます。パンチボウルの中のエッグノックのシズり方は開店一人目の客として入ったサーティーワンアイスクリームで新雪のごとくケースに入ったバニラを凌ぎます。いまのろころ映画に登場した中でNO1のシズりです。そもそもエッグノックって映画に出てくることは稀ですが。

2つめは海老料理です。
この海老料理の超変化球なシズり方が秀逸で、長い間個人的な映画史上最もシズる海老料理の2つではないかと思っていました。2大巨頭のうちの1つだった「ブレードランナー」の、画面に映らない2つで十分なアレが海老天でコンセンサスが取れていたのに、じつはグロテスクなオコゼもどきのだったことが判明して以来、唯一無二の海老シズリ映画になりました。

海老料理は2回出てきます。重要だから。

クラウスは海老が好物のようで、アランと最初にとる1対1のランチはアメリカ最古の着席型のレストラン、デルモニコスでカクテルシュリンプの海老にレモンの皮と果実の間にフォークをねじ込んで丹念に果汁を海老にかけ、手で摘んで、アランは生ハムかサーモンと思われるなにかをナイフとフォークで機械的に切ったあとフォークを持ち替え右手でさして、という所作の対比も面白く、このバランスは終始この映画の通奏低音になっています。
カクテルシュリンプの海老もぷりぷりで大ぶり、とても美味しそうなのですが本当にシズルのは2回目に登場するエビ料理です。

アラン率いる総勢10数名の弁護チームとの顔合わせのあと皆で中華料理店へ行きます。回転卓があるようなカジュアルなお店で大皿からそれぞれ取るスタイルなのでクラウスにとってはアウェイです。ちょうどクラウスの前に海老の生姜炒めがあり1尾箸でとるのですが直後に皿は回されてしまいそれ以上とることができません。再び自分の近くに戻るまでずっと目で追っていますがしばらくして空にってしまいます。この間、彼の運命を決めるようなディスカッションがなされ相当シビアな質問を投げかけられたりもするのですが、目は常に海老の大皿を追っています。

空になった大皿をみて、「うーん、そうだな、私は個人的に海老の生姜炒めをオーダーしたいと思う」と言うのです。
Well,I think now I’ll have my own individual of ginger prawns.

こういうことで、こういうひとなのです。
そしてこういう映画です。
運命は周り、 大皿はまわり、ときに逆転する。
ひき寄せたければ個人的にもう一度オーダーする。

結局箸でつまんだ1尾以外は映らないまま料理の全貌がわからない海老の生姜炒め。この映画を観ると無性に海老チリを食べたくなります。
なぜ海老チリかというと、公開時の翻訳では海老チリになっていたんですね(現行Verは不明)

シズりつつも海老料理(とエッグノック少々)のくだりだけで物語のすべてが語られている(かもしれない)映画「運命の逆転」は究極の海老料理映画です。

究極の海老映画は「ザ・デプス」ですけどね。

セラーノ


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