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第26節:ものごとは常に変化する

*この物語は、大学3年生の「僕」と「僕の中にいる老子さん」との間で繰り広げられる脳内会話のフィクションです。

主人公の僕は「僕の中の老子さん」の指令を受けて旅に出ることになり、船に乗って小笠原諸島の父島に向かいます。

今回は、前回の「曲ったものこそ完全になる」の続きになります。


島に着いた翌日、僕はミサキさんから教わったダイビングショップに向かい、初心者向けのダイビングツアーに参加した。

ダイビングショップで講習を受けてから海に潜った。

初めてのダイビングは緊張したけど、「ボニンブルー」と呼ばれる小笠原の海は美しかった。

小笠原は、昔、「無人島(ぶにんじま)」と呼ばれていて、無人島の無人(ぶにん)を欧米の人が「ボニン」と発音したことから、小笠原の深い青色の海をボニンブルーと呼ぶようになったそうだ。

最初は潮の流れに戸惑ったけれど、しばらくするとそれにも慣れ、ボニンブールーの濃紺の海を優雅に泳ぐカラフルな魚たちや淡い太陽の光に照らされるサンゴの景色を楽しめるようになった。

この日、ツアーに参加したのは僕一人だけだったから、ダイビングを終えてからインストラクターのダイスケさんと少し話すことが出来た。

ダイスケさんは、小笠原の海に恋をして父島にやってきたそうだ。

海のない内陸の地方で育ったダイスケさんがダイビングに興味を持ったのは、「グランブルー」という映画を観たからだそうだ。

当時、オフィス勤めをしていたダイスケさんは、「グランブルー」を観てすぐにダイビングを始め、それから2年ほどで父島に移住してきたそうだ。

僕は「グランブルー」という映画を知らなかったから、「どんな映画ですか」と尋ねると、「一言じゃいえないよ」といってダイスケさんは笑った。

帰り際に「これを見たら君もダイビングにはまっちゃうかもしれないね」といってダイビングショップに置いてあった「グランブルー」のDVDとポータブルプレイヤーを貸してくれた。

それから、映画の中の主人公のジャックが、恋人のジョアンナと電話で人魚について話すところが一番好きなところだとダイスケさんは教えてくれた。

僕は、その晩、民宿の一室でおよそ3時間の超大作を観ることになった。

「グランブルー」は海を愛する幼馴染の2人のダイバーがフリーダイビングの世界記録に挑む話であり、海の中に広がる静寂が印象的な映画だった。

ダイスケさんが教えてくれた人魚についてのシーンは映画の中盤にあった。

ジャックは、恋人のジョアンナに受話器越しに「人魚と一緒に暮らすにはどうすればいいか知っている?」尋ねる。

ジョアンナは「教えて」という。

それからジャックは人魚の話を語り出す。

深い海に潜るんだ。
深すぎてブルーは消え、青空も思い出になる。
海底の静けさの中で、じっと一人で沈黙する
人魚のために死んでもいいと決意すると、
人魚たちがその愛を確かめに近づいてくる。
その愛が真実で――
人魚の意にかなう
純粋な愛なら――
僕を永遠に連れていく。

ジョアンナは「素敵な話ね」と答えた。

僕は、このシーンを見て「老子道徳経」の第一章を思い出した。


人魚のために死んでもいいと決意することは、変化を受け入れるということ。

海中は常に変化している。

変化を受け入れなければ、海の中では過ごすことができない。

僕らが暮らすこの世界は、海の中ほどの変化を感じられることがない。

でも僕らの世界も、本当は海の中と同じように絶えず変化しているものなのだ。

だから、僕らも変化することを受け入れなければならない。

潮の流れを読んで生きていかなければならない。

そして、僕らが変化を受け入れ、潮の流れとひとつになったとき不安から解放される。

確かなものなど何もない。

確かなことは変化し続けること、それだけなのだ。

変化を受け入れることが出来たとき、人魚が微笑み自由になれる。

僕はボニンブルーの濃紺の海を思いながら、そんなことを考えた。



*文中の行書体で書かれている文章は老子さんの超訳本である「老子 あるがままに生きる」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から引用させて貰っています。






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