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標準日本語との対照から学ぶ八重山語の音韻 後編

北大言語学サークル所属のもけけです。
第2回の今回は、いよいよ、八重山語の音韻というテーマに関して、音素とアクセントの内容を中心に紹介していきたいと思います。


八重山語の音素

ここでは、中本(1976: 217-228)を参考にしながら、八重山語の音素について標準日本語との音韻対応を整理します。その際、標準日本語の音韻体系と変わらずに対応が見られる音素については割愛し、異同のある部分や例外的な部分を中心に紹介していきます。

なお、前回の記事でも確認したように、琉球諸語は島ごとの方言差が大きいのですが、本記事では八重山語内の中央共通方言である石垣方言を想定して紹介を行っています。
他の島で話される方言も含めると、さらに多様で複雑な音韻対応の様相を呈していると言えるでしょう。詳しくは、加治工(1984)を参照されるのが良いかと思います。

以下では、スラッシュで八重山語の音素、二重スラッシュで標準日本語の音素を表すこととします。
全体を通して音素表記を採っていますが、破擦音や語頭鼻音、口蓋化・口唇化音など、一部、異音を考慮して簡略音声表記も用いています。

母音

  • /a, i, u, e, o/ に加えて中舌母音の /ï/ が認められます。
    /ï/ は母音音素ですが、[s][z]に近い摩擦的噪音が挿入されます。
    例)ubi<指> ubï<帯> (最小対)

  • //a, i, u, e, o// は /a, ï, u, i, u/ に対応します。
    通常 /e, o/ は長音として現れ、母音融合によって二次的に生じたものと考えられます。
    例)turï<鳥> tani<種> udi<腕>

  • //i// が /i/ に対応する場合もあります。(特に第一拍目)
    例)ini<稲>

  • //s, ts, dz// の後の //u// は /ï/ に対応します。(注1)
    例)tsïkï<月>

子音

  • 語頭の //w// が /b/ に対応します。
    例)bara<藁> budurï<踊り>

  • //h// は通常 /p/ に対応しますが、//hu// は /ɸu/ に対応します。(注2)
    例)pana<花> puni<骨> ɸuni<舟>
    //ku// も /ɸu/ に対応します。(注2)
    例)ɸumu<雲>

  • //k// は語中で /g/ に対応する場合があります。(注3)
    例)bagamunu<若者>
    //t, ts// も語中で /d, dz/ に対応する場合があります。
    例)bada<綿> padzï<蜂>

  • //ts, k// が /s/ に対応する場合があります。
    例)sïkara<力> sïkuN<聞く>

  • //r// が /s/ に対応する場合があります。
    例)kïsuN<切る>

  • //m// が /b/ に対応する場合があります。
    例)kabï<紙>

  • 語中の //mi// は /N/ に対応します。
    例)miN<耳>
    語頭の //mu// も /N/ に対応する場合があります。
    例)nni<胸>

  • 語中の //ni, nu// は /N/ に対応する場合があります。
    例)kaN<蟹> kïN<衣>

四つ仮名

ここでは、音韻対応に関連して特筆すべきトピックとして「四つ仮名」について扱います。

日本語の「ジ・ヂ・ズ・ヅ」は「四つ仮名」と呼ばれ、子音音素の対立と母音音素の対立によって最大で四つの拍として区別できますが、方言ごとに多様な合流の様相を呈しているため、何種類に区別しているかによって「一つ仮名方言」から「四つ仮名方言」までの四つの類型に方言を分類することができます。

標準日本語は、有声摩擦音と有声破擦音の対立、すなわちジとヂ、ズとヅの区別をそれぞれ失っているため「二つ仮名方言」に分類されます。
一方の八重山語は、中本(1976: 221)によれば、四つ全てが [dzï] の音声に合流して区別を失っているため「一つ仮名方言」に分類することができます。
例)dzï<字・ジ> dzï<地・ヂ> kidzï<傷・ズ> midzï<水・ヅ>

ここでは、標準日本語のような有声摩擦音と有声破擦音の合流に加え、母音イとウの区別も失われていると言えます。

関連して、母音の章でも確認したように、//s, ts// の後の //u// は /ï/ に対応します。そのため、シとス、チとツもそれぞれ対立を失っており、/sï/ と /tsï または sï/ に合流しています。

八重山語の拍体系

参考までに、中本(1976: 210, 212-213)および宮良(1995: 18)を参考に整理した拍体系の表を載せておきます。
中本(1976: 210)では、ここに挙げたような音素・拍体系に加えて、促音と撥音に関わる特殊拍(モーラ音素)として /Q/ と /N/ が認められています。

八重山語の拍体系
(出典: 中本正智(1976)『琉球方言音韻の研究』を参考に引用者が作成)

また、この分析では、口蓋化口唇化に関わる異音の存在を反映した表記が行われています。宮良(1995: 5, 36, 38)を参考にすると、それぞれ以下のように整理することができます。(注4)

  • 口蓋化 → /i/ や /j/ の前で、/s, ts, dz, h/ が /ʃ, tʃ, dʒ, ç/ に変化します。

  • 口唇化 → /u/ や /w/ の前で、/h/ が /ɸ/ に変化します。

狩俣(1997: 404-405)については、口蓋化・口唇化した子音を別音素としている点や長い音素を認めている点を除けば、その他の音素設定に関して大きな異同は無さそうですが、一点、/gw/ の子音音素の存在が想定されているという点では、基礎的なレベルでの差異が見られると言えます。

アクセント

宮良(1995: 8-9, 18-19)によれば、八重山語のアクセントは「低平型(=無アクセント語)」と「頭高型(=有アクセント語)」の二つに区別されます。
低平型が下がり目を持たずに全て低いピッチであるのに対して、頭高型は二拍目と三拍目の間に下がり目を持ちます。
三拍目の無い二拍語では、一拍目と二拍目に間に下がり目が移動しますが、助詞が付くと二拍目と三拍目の間に戻ります。

低いピッチの拍を「L(ow)」で表し、高いピッチの拍を「H(igh)」で表すこととするならば、以下のように表すことができます。
ここでは、八重山語がピッチの下がり目をアクセント核としており、単語の意味の弁別にも利用していることが分かります。
例)kii<木・LL(低平型)> kii<毛・HL(頭高型)> kii nu<毛が・HH L>

八重山語のアクセントは、拍を単位とした高さアクセントである点やピッチの下がり目が意味の弁別に寄与する特徴になっている点では、標準日本語のアクセントと共通していると言うことができます。

一方で、八重山語が語の拍数によらずに二種類のアクセントの型を区別している「二型アクセント」であるのに対して、標準日本語は、語の拍数が長いほど区別されるアクセントの型が増えていくような「多型アクセント」であるため、この点では違いがあると言えます。
こうした違いは、八重山語では、アクセント核の位置が固定されていてアクセント核の有無だけが弁別に関わる一方で、標準日本語では、アクセント核の有無に加えて位置までもが弁別に関わるという違いとして言い換えることもできそうです。

なお、加治工(1984: 312)によれば、八重山語の二拍名詞のアクセント体系においては、いわゆる「類別語彙」のうち、一・二類および三・四・五類がそれぞれ同じ型に属しているようです。

単音節語の音節構造

ここでは、アクセント規則に関連して興味深いトピックとして、単音節語の音節構造について扱います。

宮良(1995: 5, 18-19)によれば、八重山語の単音節語においては、以下の例のように CVV, CVC, CCV, CCVC, CCCV という音節構造上の制約を想定することができます。
なお、Cは子音(Consonant)、Vは母音(Vowel)を表します。

  • CVV → kii<木・LL> kii<毛・HL>

  • CVC → paN<足・LL>

  • CCV → nta<土・LL> nni<胸・HL>

  • CCVC → mboN<御飯・LLL> ŋguN<脱ぐ・HHL>

  • CCCV → ntta<糞・LLL> nntsï<6つ・HHL>

なお、多くの近畿方言と同様に CV のみによる単音節語は認められず、いわゆる「一拍語の長呼」が起こります。
例)paa<歯> mii<目> tii<手> naa<名>

CVVの例では、長母音として一つの音節と見ることもできる母音連続が分断されてアクセントの下がり目が置かれていることから、八重山語のアクセントが拍を単位としていることが分かると言えそうです。

CCV以降の例は「母音を含まない音節は存在しない」という仮定の下で単音節語と認められ、アクセント規則を演繹することで頭高型の語の語頭鼻音が一拍として数えられることを示します。
ここでは、やはり八重山語のアクセントが拍を単位としていることと、前述の拍体系で /N/ が認められる理由の一つを窺い知ることができます。

まとめ

以上で見てきたように、八重山語は、日本語との系統関係にあって共通する特徴も多い一方で、共時的な音韻の記述の上では日本語とは異なるユニークな特徴も多く備えていると言えます。
今回の記事を通して、日本国内で話されている言語の多様性を少しでも感じていただければ嬉しく思います。

また、今回の記事では共時的な音韻の対照のみに着目し、通時的な研究の内容は扱いませんでしたが、音韻対応の体系や四つ仮名といった内容に関連して日琉諸語の比較言語学の成果にも興味が湧きました。
言語学サークルでは、今後の輪読会などの活動で日琉諸語の通時研究についても学習する機会を設けたいと考えています。有用な文献等ご存じの方はコメント欄やサークル公式SNSまでご連絡いただけると幸いです。

脚注

1: 標準日本語と八重山語のどちらでも、子音音素に /t/ と /ts/ を別に認めることができます。この場合、/t/ には [t]、/ts/ には [ts, tʃ] が属します。
標準日本語では、//t// に属する拍「タ・テ・ト」および //ts// に属する拍「チ・ツ・チャ・チュ・チョ」を想定することができます。ここでは、破裂音と破擦音を同一音素が同化現象の影響を受けた異音とする考え方の音声学的な妥当性の低さが重視され、単純に相補分布だけに着目する考え方や、全ての拍を同一音素に属するものとして「あきま」を減らして体系性を重視する考え方は優先されません。
八重山語では、上記の考え方に加えて「タ・ティトゥ」と「ツァ・チ・ツ」の対立が認められるため、より体系の「あきま」が少なく、標準日本語以上に /t/ と /ts/ とを別音素と考える妥当性が高いと言えそうです。
例)tuusaaN<遠い> tsuusaaN<強い> (最小対・アクセントは異なる)
例)sïttsa<サトウキビ>
なお、同様の議論からダ行子音にも /d/ と /dz/ が想定されます。
以上のような内容は、風間ほか(2004: 230-240)に詳しいかと思います。

2: すなわち、母音 //u, o// が合流しているにも関わらず、カ行とハ行では子音音素によって五つの段の対立が保たれていると言えます。一方で、標準語の「ク」と「フ」に相当する拍は区別を失うことになります。

3: 中本(1976: 220)を読む限りでは、この現象とは別に、いわゆる「連濁」の現象を想定しているようですが、どのような根拠で区別されているのか疑問が残りました。

4: 宮良(1995)は、標準日本語のタ行子音とダ行子音について破裂音と破擦音を同一音素に含める捉え方をしており、例えば //tʃ, dʒ// のような音について「八重山語とは違って //t, d// が口蓋化している」というような立場を取っています。しかし、注1で示したような考え方から、ここでは標準日本語と八重山語の間にそうした差があるとは考えません。音韻対応を考える上でもその方が簡潔な記述で済むようにも思われます。
なお、私の内省では、音声実質としては //ki, gi, ni// なども口蓋化しているように感じられるのですが、宮良(1995)ではそのようには扱われていませんでした。そのため、八重山語でも同様に、ここに挙げられた以外の音素における口蓋化が起こり得るのではないかという疑問が生じました。

文献

  • 平山輝男(1967)「琉球石垣方言のアクセント体系とその系譜」『人文学報』56号 pp.1-21 東京都立大学人文学部

  • 加治工真市(1984)「八重山方言概説」飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一(編)『講座方言学 10 沖縄・奄美地方の方言』pp.289-361 国書刊行会

  • 狩俣繁久(1997)「琉球列島の言語 八重山方言」亀井孝・河野六郎・千野栄一(編著)『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』pp.403-413 三省堂

  • 加藤重広(2007)『学びのエクササイズ ことばの科学』ひつじ書房

  • 風間喜代三・上野善道・松村一登・町田健(2004)『言語学 第2版』東京大学出版会

  • 宮良信詳(1995)『南琉球・八重山石垣方言の文法』くろしお出版

  • 中本正智(1976)『琉球方言音韻の研究』法政大学出版局

  • 上村幸雄(1997)「琉球列島の言語 総説」亀井孝・河野六郎・千野栄一(編著)『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』pp.311-354 三省堂

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