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母乳は大変だしメリットがあまりない

私自身、出産するまで赤ちゃんは母乳で育てるものだと思っていた。しかし、いざ産後に授乳を開始する中で、母乳育児によるストレスの大きさと、それに対する母乳育児のメリットの少なさを実感した。ここでは母乳育児の実態、母乳のメリット、母乳育児信仰が生じている背景を紹介する。

母乳育児の実態

1.最初から母乳は出ない
出産したら、母乳が出るようになる。当たり前のように思っていた。たしかに最初からなんの苦労もなく母乳が出る人もいる。しかし、最初から母乳が十分に出て、赤ちゃんが十分に吸ってくれることは少ない。入院中の看護師さんに聞いてみたところ、産後の入院期間中に母乳による授乳が円滑にできるようになる人は約3割とのことだった。逆に考えると、約7割の人は最初母乳による授乳が上手くできずに苦労することになる。

2.乳首マッサージは痛い
母乳が十分に出なかったり、赤ちゃんが十分に吸ってくれない場合、乳首マッサージを行う。「マッサージ」と聞くと、整体やオイルマッサージのように、「気持ち良いものである」というイメージがわくが、全く違う。正確に表現するのであればそれは、「乳首つねり」に近い。母乳が出ない乳首を柔らかくするため、乳首を渾身の力を込めてぎゅうぎゅうとつねる。とても痛い。自分ではそこまでの力でつねることが難しいので、助産師さんや看護師さんにつねっていただく。また、乳首つねりをしたからといって必ずしも母乳が出るようになるわけではない。出ないときは出ない。つねられ損だ。この乳首つねりは母乳による授乳がスムーズに行われるようになるまで、毎日授乳のたびに(1日8~12回程度)行う。

3.搾乳してもそんなに量は出ない
乳首つねりをしてもうまくいかない場合は搾乳器を使って搾乳した母乳を哺乳瓶に入れて授乳する。搾乳=お乳を搾ると聞いて私がイメージしたのは牛の乳しぼりだ。絞ってジャー、絞ってジャー。バケツにあっという間に乳が貯まるイメージである。しかし、人間の搾乳は全くもって違う。搾乳しても、ほんのわずかな量しか出ない。私は入院中に30分搾乳して、コーヒーのガムシロップ1杯分にも満たない量にしかならなかった。驚きの生産性の低さだ。ちなみに搾乳も、乳首つねりほどではないが痛かった。

4.母乳を出さないと痛い
「母乳がそんなに出ないし、赤ちゃんも吸えないなら、とりあえず粉ミルクをあげれば良い」。そう考えるのは自然なことである。しかしここにも罠があり、母乳は出なくても生産されているため、3時間ほど母乳を出さないと胸が熱をもってパンパンに腫れ、寝られないくらいの痛みになる。そして、母乳を出さない時間が長くなると今度は乳腺炎になる。乳腺炎になると胸が熱をもってパンパンに腫れて痛いだけではなく、38.5℃以上の発熱が起こる。しかし、母乳を出さないと乳腺炎が治らないため、時には40℃を超える熱でふらふらになりながら授乳することになる。乳腺炎は悪化すると手術が必要になる。

5.母乳だと赤ちゃんがすぐ起きる
母乳はミルクに比べて頻回な授乳になることが多い。ミルクは母乳の約2倍消化時間がかかるため、腹持ちがよく、ミルクの方が赤ちゃんはよく寝ると言われている。母乳だとすぐにお腹が空くため、ただでさえ寝る時間の短い赤ちゃんの寝る時間がさらに短くなる。1時間くらいかけて寝かしつけをしてようやく寝始めたと思ったら30分くらいで起きることもざらにある。

6.母乳を続ける限り様々な問題が発生
その他、母乳が出なければ母乳外来に通ってお金を払い、乳首つねりを継続する、母乳が出すぎると服が汚れるので母乳パッドをつけて頻繁に変える、油分・糖分が多い食品を食べると乳腺炎になりやすくなるので食べるのを我慢する、母乳に必要な栄養素を取るためバランスの良い食事をする、子どもに乳歯が生えると歯が当たって痛い、歯で傷ついて乳首から血が出ても授乳を続けないと乳腺炎になる、通勤の必要な仕事を再開した場合は職場のトイレなどで搾乳しないと乳腺炎になる、など、母乳を続ける限り様々な問題が発生することになる。

これらのことから、母乳を続けるにあたっては様々な種類の痛み、時間の浪費、ストレスが発生する。何より、母乳育児をするのであれば、最低でも3時間に一度は起きて授乳しなければいけないことになる。産後0日から仕事を再開するため、ベビーシッターさんに育児をお願いしようと考えていた私は、「シッターさんにお金を払って預けても、母乳育児を続けるのであれば昼は3時間おきに仕事を中断して授乳か搾乳しなければいけないし、夜は3時間おきに起きないといけないし、今まで通り昼は仕事に集中して、夜にぐっすり眠ることはできないのだ」ということに気づいた。「母乳やめたいなあ」すぐにそう思うようになった。


母乳育児のメリット

しかし、母乳、母乳とこれだけ世間で言われているのだから、母乳には良いことがあるのだろうと思い、具体的に何が良いのかを次に調べることにした。「なんとなく母乳は良いものだ」という認識以上にきちんと調べたことがなかったからである。ストレスが大きくても、それに余りあるメリットがあるのであれば、がんばる必要がある。そう思った。調べた結果、厚生労働省によれば、母乳のメリットは次の5つである。

①乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担
②感染症の発症及び重症度の低下
③小児期の肥満やのちの2型糖尿病の発症リスクの低下※
④産後の母体の回復の促進
⑤母子関係の良好な形成

※完全母乳栄養児と混合栄養児との間に肥満発症に差があるとするエビデンスはなく、育児用ミルクを少しでも与えると肥満になるといった表現で誤解を与えないように配慮する。

出所:厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000496257.pdf

これを見て、私は次のように考えた。

①乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担
→これは重要そうだ。

②感染症の発症及び重症度の低下
→これも重要そうだ。

③小児期の肥満やのちの2型糖尿病の発症リスクの低下※
→ミルクをあげすぎて肥満にならないように気をつければ良いということだな。体重の個人差の原因の4~6割は遺伝要因によるといわれているから、そっちの方が重要そうだ。

④産後の母体の回復の促進
→母乳をあげるよりもしっかり寝た方が回復できるなあ。

⑤母子関係の良好な形成
→母乳をあげるよりもしっかり寝て安定した精神状態の方が良好な関係を形成できるなあ。

したがって、①乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担、②感染症の発症及び重症度の低下に絞って、さらに詳しく調べることにした。

まず、①乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担についてである。「母乳は栄養満点」と私自身も聞いたことがあった。しかし、調べた結果、そうでもないということがわかった。当然ながら、母乳は母親自身が食べたものによってつくられる。栄養満点の母乳を作るにはどのような食事を取る必要があるのかというと、推奨されているのは以下のようなものである。

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出所:厚生労働省「母乳育児も、バランスのよい食生活のなかで」
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/dl/h0201-3a3-02g.pdf

例として記されているのが1日あたり、ごはん中盛り4杯、野菜料理5皿、肉・魚・卵・大豆料理から3皿、牛乳1本、みかん2個、となっている。私はこれを見て「無理だな」と思った。小食なのでそもそもそんなに量を食べられないし、私は食の好き嫌いが多く、野菜がほとんど食べられないからだ。また、世のお母さんたちは育児をしながらこれだけの量の食事を毎日(宅配などを頼ったとしても)用意する時間や食べる時間を確保できるのかもかなり疑問に思った。

また、母乳には鉄、カルシウム、ビタミンD、ビタミンKが不足していることがわかっており、母乳栄養の赤ちゃんの75%がビタミンD不足であるという研究結果や、母乳栄養の赤ちゃんにはビタミンK2シロップの内服が必要であることが近年わかっている(K2シロップは1ヶ月検診の際に病院から配布された)。一方で、大手日本メーカーの粉ミルクにはこれらの必要な栄養素が含まれている

出所:厚生労働省「2 乳児・小児」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000042642.pdf

以上のことから、母乳より大手メーカーの粉ミルクの方が、成分が良いのではないかと思うようになった。

次に、②感染症の発症及び重症度の低下である。「母乳は免疫力がつく」と私も聞いたことがあった。しかし、こちらも調べた結果、意外なことがわかった。

母乳の免疫はほとんどが、産後3日までに出る、黄味がかって粘り気のある「初乳」中に含まれており、その後時間が経過するにつれ免疫成分とたんぱく質は減り、糖質と脂質が増えていくことがわかっている、ということだった。

出所:ベビースマイル「母乳保育」
https://www.babysmile-info.jp/community/mothersmilk/

私は、産後当初は少ないながらも搾乳した母乳を与えており、もう免疫はあげたし、自分の役目は終えたな、と思った。そして、産後5日目で卒乳することに決め、母乳を止めるための薬を飲んだ。

これらのすでにわかっていること以外にも、母乳にはまだ現状の医学ではわかっていない良い効果があるのかもしれない。しかし、少なくとも現時点では母乳育児によるストレスが大きい一方で、母乳育児のメリットは正直あまりないと思った。

出産前は先輩ママたちから「粉ミルクを毎回作ったり、哺乳瓶を消毒したりするのが面倒だから、母乳の方が楽だよ」という意見もいただいたが、今は面倒さを楽にするためのすりきり不要のキューブミルクや、調乳不要の液体ミルク、電子レンジで簡単に消毒できる除菌ケースもあり、特に苦には感じなかった(それよりも痛いとか眠れないとかの方がはるかに苦痛)。誰の手も借りずに自分一人で育児をがんばる覚悟を決めている方や、ミルク代も節約したい方にとっては母乳の方が楽なのかもしれないが、私には母乳のメリットが見出せなかった。


母乳育児信仰が生じている背景

正直いってメリットがほとんどないのにこれだけ母乳!母乳!となっているのはなぜなのか、私なりに考察した。それはおそらく、情報がアップデートされていないことによるものだと思う。昔は母乳の成分も詳細には明らかになっておらず、大手メーカーの粉ミルクもそこまで研究が進んでいなかっただろうと思う。

しかし、時代を経て基礎研究や企業の商品開発は進んだ。その情報のアップデートがなされていない人が圧倒的多数を占めているのだろうと思う。私自身、調査するまで母乳はとても良いもので、粉ミルクでは代替できないものだと思っていた。そして出産を終えて退院後に母乳をやめたことを話すと、多くの人が「母乳をやめて大丈夫なのか」、「母乳をがんばるべきだったのではないか」と言ってきたが、その根拠を明確に示せる人はいなかった。

面白いことに、出産した病院の女性医師の方や、私の友人の女性医師の方、若い看護師の方は「母乳にこだわる必要はない」「最初だけ母乳がんばってみたけどすぐにやめた」「私はまだ出産していないけど、もし出産したら最初から粉ミルクにするつもり」のように言う方が多く、母乳育児信仰の方はほとんどいなかった。適切に情報がアップデートされており、エビデンスに基づいた発言や意思決定をしているからだと思う。

終わりに

私は母乳育児がダメだと言いたいわけではない。最初から問題なく母乳育児ができている方や、母乳育児がしたい方はもちろんすれば良いと思うし、母乳でも粉ミルクでも育児をしている方はみんながんばっていると思う。ただ、母乳が辛い、大変、やめたい、と言いながらも周囲の圧力などからやめられずに、追い詰められてストレスを抱えている方を見るにつけ、「もうがんばるのはやめよう」「少しでもストレスを減らそう」と言ってくれる人が必要なのではないかと思う。母乳育児が産後うつになる原因の一つにもなっているようだ。

私は夫に「母乳をやめようと思う」と言ったら、「俺が母乳を出せるわけじゃないし、俺に決定権はない。君が決めていいよ」と言ってくれた。もう母乳をがんばらなくて良いのだと思うと、大きなストレスから解放され、気持ちがすっと楽になったことを覚えている。


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