しっしー

遺書を書くのに早いも遅いもない。 読んで字の如く、書き遺す。

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  • Sのために

    自叙伝を毎週日曜日に一話ずつ更新していきます。 生きているうちに書き切りたい。

  • じゃあなりんぐ

    自分の頭の中はこんな感じです。じゃあな!

最近の記事

第七話 「転校」

よくわからない。よくわからないが、いつの間にか私は転校していた。 確か一年生の二学期になる頃には私は転校生となっていた。なぜ学校が変わって、なぜ引っ越しをしたのか、小学校一年生の私には到底理解出来なかったが、母は嬉しがっていた様子だったので、家族にとってこの引っ越しは良い出来事なのだろう。 引っ越し先は、これまで住んでいた町から駅二つ分離れた所だ。家が少なく、田んぼに囲まれた、いわゆる田舎だ。そんな中でも比較的町寄りの方に建てられていた平屋の貸家に、母と、兄と私、そして新

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    • ぬくもり

      みなさんは日頃、ぬくもりを感じているだろうか。 と、謎の書き出しと共に始まったわけだが、こう思ったのにはわけがある。 私は、ほぼ慢性的に首と肩こりに悩まされており、こうしてPCで打ち込み作業をやっていると、もう、体中が痛くなって辛いのなんのって。おそらく、「指、腕の緊張」が主な原因だと思っていて、スマホをいじったりしていても、肩がバキバキになってくる。実際に、スマホやPCに触る時間を減らすと、症状は改善される。 とはいえ、スマホやPC、イジりたいもん! ということで、

      • 絶賛一人暮らし中だが、今はまったく、寂しいといった感情は消え失せてしまった。独身、万々歳である。セロトニンも放出されまくりだ。 ただ、その一方で、オキシトシンはまったく分泌されていない。 私には、圧倒的にぬくもりが足りていない。

        • 第六話 「崩壊」

          その日学校から帰ってきた私は、近所の仲の良かった友達と二人で家の前で遊んでいた。母は仕事で居なかった為、子供達の自由時間である。探検ごっこしたり走り回ったりと、ごくありふれた遊びをしていた。すると、どちらが言い出したのかは覚えていないが、石ころをどこまで遠くに投げられるか勝負しよう、という話になり、少年二人は石ころを投げ始めた。 この時点で、大体どういう展開になるのか既に予想がついていることだろう。が、小学校一年生の二人にとっては、石ころを投げることにそんなリスクがあろうと

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        第七話 「転校」

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        • 絶賛一人暮らし中だが、今はまったく、寂しいといった感情は消え失せてしまった。独身、万々歳である。セロトニンも放出されまくりだ。 ただ、その一方で、オキシトシンはまったく分泌されていない。 私には、圧倒的にぬくもりが足りていない。

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        記事

          瞑想

          ジャーナリングとは、「自分の思考や感情を書き出していく手法」のことで、「書く瞑想」と言ったりするのだが、私は実際に、日常に瞑想を取り入れるようにしている。毎日やっているわけではないが、考えることが多過ぎて頭がパンクしそうな時は、思考をクリアにする為に行ったりする。まぁ大抵、こっくりこっくり...寝落ちしてしまいそうになるのがオチなのだが。 目を閉じて、ゆっくり鼻から息を吐き出し、ゆっくり鼻から吸う。 呼吸の音に集中し、雑念を消していく…。 と言いたい所だが、残念ながら、

          現在よく聴いているポッドキャストは、「コテンラジオ」「超相対性理論」「ニュースコネクト」「経営中毒」「トータルテンボスのぬきさしならナイト」ラジオ番組は「ナインティナインのオールナイトニッポン」「福のラジオ」「サンドウィッチマン・ザ・ラジオショーサタデー」などなど。おわり。

          現在よく聴いているポッドキャストは、「コテンラジオ」「超相対性理論」「ニュースコネクト」「経営中毒」「トータルテンボスのぬきさしならナイト」ラジオ番組は「ナインティナインのオールナイトニッポン」「福のラジオ」「サンドウィッチマン・ザ・ラジオショーサタデー」などなど。おわり。

          第五話 「入学」

          ただただ苦痛だった保育所時代が終わり、私は最寄りの小学校に入学することになる。最寄りといっても結構な距離を歩いていたと思う。ひたすらまっすぐに、そして大きな川に掛けられた大きな橋を渡り、たまに土手沿いを歩き…といったように、今思えば、非常に景観の良い通学路だった。橋は何本か掛けられており、橋の上でジャンプをすると、橋全体がうねるように揺れるのが体感できた。好奇心旺盛の小学生にとってあの橋は絶好の盛り上がりスポットだった。 保育所時代が噓のように、小学校は楽しかった。休み時間

          第五話 「入学」

          51:49

          それにしても、我ながら謎のタイトルだが、51:49とはどういう意味か? 一言で言うと、私の中の 「善:悪」「希望:諦め」の割合いである。 一時期、Twitter…いや、Xのアカウント名にしていたのだが、意味不明過ぎるかなと思い、現在は別の名前にしている。 常々感じるのだが、この世界は、絶妙なバランスの上に成り立っていると思っている。イメージで言うと、シーソーのような状態だ。だったら、善100%、希望100%の方がいいのではないかと思うが、それだと、シーソーの上に立って

          51:49

          肩、首、脚、背中といった、ほぼ全身がパキパキ、ミシミシと鳴る。 毎日ストレッチや運動を心掛けているものの、もう手遅れなのだろうか。 マジで、パチンコに費やしてしまった時間とお金を取り戻したい。 ふぅ。さて、ストレッチ始めるか。

          肩、首、脚、背中といった、ほぼ全身がパキパキ、ミシミシと鳴る。 毎日ストレッチや運動を心掛けているものの、もう手遅れなのだろうか。 マジで、パチンコに費やしてしまった時間とお金を取り戻したい。 ふぅ。さて、ストレッチ始めるか。

          第四話 「シャンプーブラシ」

          私は、フケ症だ。 中学の思春期の頃には、気になり過ぎて、洗面所でフケをひたすら気が狂ったように落としていた。が、落としても落としても無くならない。私のコンプレックスの一つだ。今でこそそんなに気にならなくなったが、当時はほぼノイローゼ状態だった。 なんでフケ症になったのか。一つ思い当たる事がある。 私は母親とお風呂に入るのが嫌だった。母親とお風呂に入るなんて、小さい子供にとっては楽しいひと時のはずである。なのに何が嫌だったかというと、シャンプーだ。 それはもう、恐怖の時

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          第四話 「シャンプーブラシ」

          多面的

          「まさかあんなことをする人だとは思わなかった」 このようなセリフ、日常生活において一度は聞いたことがあるだろう。もしくは言ったことがあるだろう。 もち、私もだ。 人は、多面的である。 機嫌が良い時悪い時、調子が良い時悪い時、無駄にテンションが上がっている時、なぜか憂鬱な気分の時、甘えたい時、そっとしておいて欲しい時、嬉しい時悲しい時、感情が溢れ出す時、感情を押し殺し笑顔で振る舞っている時、なんにでもツボって笑ってしまう時、何にでもイライラする時、ものすごく好きだった人

          この世界は「鏡」のようなものだと思っておいた方がいいでしょうね。 自分の世界に対する態度がそのまま自分に返ってくる。 もちろん、多少バグはあるものの、基本は、鏡。

          この世界は「鏡」のようなものだと思っておいた方がいいでしょうね。 自分の世界に対する態度がそのまま自分に返ってくる。 もちろん、多少バグはあるものの、基本は、鏡。

          第三話 「三つ子の魂百まで」

          「三つ子の魂百まで」ということわざがある。 「幼少の頃に形成された性格や人格は、何歳になっても変わることがない」 という意味だが、言われてみれば確かにそうかもしれない。あの頃と今の自分を比較してみても、本質的な部分は変わっていないように思う。むしろ、年齢を重ねれば重ねる程、過去に戻っていくのかもしれない。 あまり良い性格が形成されたとは言えない幼少期だったが、二つだけ、今でも良い影響をもたらしてくれているエピソードが二つある。 その日私は、お風呂上がりにやたらはしゃい

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          第三話 「三つ子の魂百まで」

          グラデーション

          わたくしは常日頃、くだらないことから大真面目なことまで、いろいろなことを考え、空想に浸っているのですが、最近特に考えることが多い事がございまして、それがですね、 「二元論は生きづらい」 ということです。 二元論というのは、改めてWikipediaで調べてみますと、 「世界や事物の根本的原理として、それらは背反する二つの原理や基本的要素から構成される、または二つからなる区分に分けられるとする概念のこと。例えば、原理としては善と悪、要素としては精神と物体など…(略)」

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          ”スマートフォンは、最高で最悪の発明である”                  byしっしー

          ”スマートフォンは、最高で最悪の発明である”                  byしっしー

          第二話 「保育所時代」

          当時私は、保育所に通っていた。毎朝母が漕ぐ自転車の後ろに乗り、母の大きな背中を感じながら、ただ、これから仕事に行く為ピリピリしている母に、甘えられない、そんな空気を感じながら、保育所までの道のりは、ただただ母との距離を確認するだけの苦痛の時間だった。 保育所での生活は、何一つ、楽しかった思い出が無い。冗談ではなく、何一つだ。当時撮った写真を思い返してみても、全て無表情。遠足の時も、運動会の集合写真も。そもそも運動会に母が来たのは年長の時の一度きりだった様に思う。しかも写真だ

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          第二話 「保育所時代」