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自然を正しく畏れるということ【遠野クロニクル#04】

"The Tono Chronicle(遠野クロニクル)"は、自然とビールにガッツリ浸りたくて岩手県遠野市に移住したKoheiの、備忘録的・週報的なニュースレターです。いつまで続くかはわかりません。

📅Overview 今週かんがえたこと

自然を正しく畏れるということ

「明日朝、始発で来てくれれば拾います!」

天気が良ければ山に行こう、と話していたが、まさか前日の夜に連絡が来るとは思わなかった。明日は雨の予報。これまでいくつもの山で雨に降られうんざりした経験があるからこそ少し躊躇したが、現地人の勢いに任せて予定通り登山に行くことになった。


6/12は早池峰(はやちね)山の山開き。日本百名山・花の百名山・岩手三山・遠野三山に数えられる北上山地の主峰にして、岩手県南部地域の山岳信仰の主体ともいえるこの霊峰では、山開きの日は重要な意味を持つ。頂上では安全祈願祭と早池峰神楽なる伝統芸能が披露されるとのことだった。頂上での祭りとはどういうものになるのだろうか。疑問と期待を抱えつつ、6:17発の釜石線・盛岡駅に乗り込んだ。

かっけえ山である。


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僕たちがスタート地点に到着した頃には、すでにたくさんの関係者、登山愛好者が所狭しと開始の合図を待っていた。登山口には濃霧が立ち込めていた。

「今年は数年ぶりに挙行できーー」
「くれぐれも安全にはーー」
「この美しい早池峰山をーー」

行政関係者なのか、国定公園関係者なのかわからないが、みな同じような挨拶を繰り返す。大型のバスがふもとからまだまだ沢山の登山者を連れてくる。登山口標識の横には、先週登山者が熊に襲われたという注意書きがある。岩手に来てからそれなりに登山をしているが、熊の注意表示にはいつも慄いてしまう。いまだに慣れない。

花巻市長・遠野市長らによって仰々しくテープ・カットが行われると、やっと登山開始である。植生保護のためにトイレが設置されていないこの山では、最後のチャンスが登山口の仮設トイレだ。用を済ませ、ふくらはぎを入念に伸ばし、Yamapの行動開始ボタンを押す。苔はトレイルの両脇を埋め尽くし、山桜はまだまだ精力的に花を咲かせている。僕たちがやって来た人間界と、これから分け入っていく霊山のはざまのような道が続く。


早池峰山はこの一帯の山地の主峰、といっても標高としては1900メートル余りしかない。それでも登山口から「はざま」道を2、30分ほど歩くと、一気に視界が開ける森林限界に突入する。この早池峰山地一帯は蛇紋岩なる地質で構成されており、それがこの場所の植生を固有なものにしているのだという。僕が一番好きな山、中央アルプスの木曽駒ヶ岳直下の千畳敷カールを彷彿とさせるような切り立った岩肌、新緑がみずみずしい高山植物が辺り一面に広がる。

蛇紋岩は本当に蛇が通った後のような痕跡が残る岩だ。愛でる人たち。

山でこんなに人を見るのは夏のアルプスぶりのように思えながら、それでも渋滞ができるわけでもなく、心地よく登っていくことができた。きっと毎年同じメンバーで登山しているんだろうな、と思えるちっちゃいおばちゃんの集団がみんなでおにぎりを食べている。みんな、とても楽しそうだ。この山は、今日の山開きは、いつも早池峰のふもとで生活を営んでいる地域の人々のためのものなのだとふと思う。


余裕を持って到着した。10:03、早池峰山山頂。


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厳かに玉串奉奠が行われる。自分のためだけでなく、同じく山を愛する誰かのために祈る。当たり前のことだけれど、登山は決して安全なスポーツではない。黙祷とともに安全祈願祭が終わる。

奥の小屋にちいさな神社がある。ちょこんとすわるおばちゃんたちが可愛い。

太鼓と笛、銅拍子の心地いいリズムが山頂を支配する。水色の鮮やかな衣装が霧がかった山頂に映える。世界無形文化遺産「早池峰神楽」だ。権現様、と呼ばれる獅子が舞う。聞くところによると、人間と動物(獅子や鹿)との対立、調和、そして融合を表しており、悪霊祓いのために執り行われるとのことだ。遠野一帯でもさまざまなスタイル・解釈があるようなのでここで詳にはしない。


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動物と人間が同じ目線を持ち、お互い畏怖の念を持って向き合える大地は、今や稀有な存在である。

『極北へ』石川直樹

遠野は、山、里、町の三つの世界で成り立っている。山は多くの恵みをもたらしてくれる生命線であり、同時に霊的な力や動物などの人間存在より大いなるものが支配する、畏れるべき環境だった。『遠野物語』でも、里の人間が山で不思議な体験をする、という話が多い。

動物との対立。
自然との調和。
大いなる存在との融合。

この町で悠久の年月を経ながらも継承されているこの神楽は、日常生活の中で畏れるべきものと接せざるを得なかった人々の、本能的な畏敬の表象とも思えた。

都市に生きていると、我ら人類に畏れるべきものは何もないのではないか、という錯覚に陥る。これは誰か個々人に非があるということではない。おそらく、文明というものの発達に伴う弊害だと思う。だからこそ、自然はときどき、その本来の力を見せつけてくれる。人間が支配できるものなんて、本当にちっぽけなものなのだと。想定外の地震、想定外の津波、想定外の降雨、想定外の波浪とは言うが、そもそも想定なんでできっこないのだ。

遠野に今も息づく山岳信仰。脈々と受け継がれる力強く、しなやかな舞い。それは自然を自己と隔絶されたものとしてではなく、自然を正しく畏れ、自然と正しく共存する本能的かつ野生的な教訓を今の僕たちに訴えかけているのだろうか。


やはり登山後のサウナでは愚考がいきいきと脳内を駆け巡る。やれやれ。

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📗Book Shelf 今週読んだもの

「村上さんのところ」村上春樹

村上さんとファンのメールのやり取り集。当時は17日間の募集で3万7465通もあったとか。途方もない数である。そこから選ばれた3716通に返信を送り、またそのなかの473通のやりとりが収録されている。

世の中には本当に暇な人もいるもんだな、と思わせるような質問だったり、絶対こう言わせたいだけだろ、という質問があってそこに村上さんも予定調和的に返答していたりして、終始ニヤニヤしながら読んでしまった。

もちろんちゃんとした人生相談や悩みの打ち明け(浮気、結婚、出産、小説家になるべきか、など)などもあったりして、そこには村上節も入りつつ丁寧に返答されていて、この返事もらった人は本当に救われただろうな、と赤の他人ながら嬉しくなったりする。

やはり推しているもの・人があることって素晴らしいことだと感じると共に、同じものを推している人がいるという事実をここまで実態を持って感じさせてくれる本もないのでは、とにこにこしていた。ちなみに僕は村上主義者「走ること」派である。以後お見知り置きを。

一番好きだったやりとり↓

こんにちは。わたしたちは、おねえさんが、むらかみさんの本をたくさんもっているので、いつもよんでもらいます。わたしたちはネジマキドリやひつじおとこやねずみのおはなしがだいすきです。むらかみさんの本は、こわいおはなしのときも、たのしいおはなしのときも、やさしい人がいっぱいだから、だいすきです。むらかみさんの本のなかの人も、お兄さんやおねえさんみたいでだいすきです。わたしたちは、大きくなるのがたのしみです。大きくなったら、じぶんたちで本をかいにいきます。げんきで、また本をかいてください。(さらかな、女性、8さいと7さい)

▶︎ありがとうございます。きみたちはドーナツが好きですか?僕はなぜかドーナツが昔から好きです。たぶん穴が開いているからだね。穴だけ残してドーナツを食べるのが、僕は好きです。残った穴は明日の朝ごはんにとっておきます。大きくなったら僕の本を買ってくださるということで、楽しみにしています。ありがとう。

「村上さんのところ」村上春樹

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🍳Eat Eat Eat! 今週食べたもの

牡蠣フライ定食

毎回海鮮だな。

大船渡へドライブした。遠野から釜石方面、そして三陸海岸沿いの高速通りは高速料金が無料。海岸沿いに足を伸ばしやすいのも、遠野を拠点にするひとつの利点である。

本来は山田町の牡蠣小屋なるところで牡蠣食べ放題をする、という完全優勝ツアーの予定だったが、食べ放題提供が5月末までということで敗北に終わった。そのかわりとして選ばれたのは、大船渡市の水産会社直営のお店、「海の幸ふるまいセンター」である。

この店はもちろん震災前からあったらしいが、港から100メートルも離れていないために10年前の津波で流されてしまったとか。三陸海岸沿いにはそんな街がたくさんある。均一的なプレハブ店舗、整然としている海岸の公園、海岸にずっと続く高い堤防。どこも要塞都市のような風貌をしている。その風景を見るたび、通りかかるたび、胸が締め付けられるような物悲しさがある。

僕の一番好きな食べ物はうなぎだ。これは何年も覆されたことのない心理であり、これからも絶対に変わらないと確信している。
そんな一番は殿堂入りのようなものだが、二番目の好物として堂々と君臨しているのが、「牡蠣フライ」である。

世界有数の好漁場である三陸海岸では、ぶりぶりに育まれた大きな牡蠣がたくさんとれる。太平洋側の牡蠣シーズンは終わりつつあるとのことだったが、ここでは6月中旬でも状態によっては生食もできるとのことだった。

生牡蠣をレモンとポン酢でやりたいーーそうふと思ったのも束の間、口が勝手に「牡蠣フライ定食、ご飯大盛り、鰯フライトッピングで」と注文していた。食べたいものを食べたいだけ食べる。岩手に来てから、これが僕の第一テーゼである。

味の描写については割愛させていただく。だって、牡蠣フライですよ?あの立った衣がしゃおっ、と砕ける音も、その内部に牡蠣が牡蠣としてありのままに存在していることも、タルタルソースのしつこくない酸味があくまで口の中の油を伏兵的にマイルドにしてくれることも、あなたには想像に容易いはずだ。


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