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四畳半生活 #2:召喚そして同棲(BL無し)

前回までは下記でございます。

退職引っ越しを経て新居に暮らし始め、無事満額の退職金を手に入れた俺は労働開始を1ヶ月先延ばしすることにしご多分にもれず自堕落な日々を送っていた。多分これが俺にとってのモラトリアムというやつだったんだろう。なんと短いモラトリアムだろうか!
映画ミッドサマー並みに超濃度の出来事でもない限り人生の辻褄が合うのか不安になってくる。

しかしそんな上手い具合に事が運ぶこともなく、何の変哲もない「本とウィスキー」の毎日を淡々とこなしていった。
今思えば20そこそこの若造がウィスキーの味なんかわかるかいとご意見が殺到しそうだが、他の酒よりは何しろ酩酊までのテンションカーブが絶妙だったし体に合っていたのだと思う。安い焼酎がとにかく苦手だった。

駅前広場の南側にあった古本屋はヘミングウェイ、村上春樹、遠藤周作、O・ヘンリ、ジュール・ヴェルヌ、井上靖、司馬遼太郎、中上健次、村上龍、アルチュールランボオといった人気作家の本には事欠かなかったし、並びの立ち食い蕎麦屋は値段の割りに味がよく結構お世話になっていた。

部屋で、喫茶店で、駅前広場で、図書館で、道端で。心ゆくまで読書をしながら主人公に感情移入してみたり俺はギャッツビーだと思って酔ったまま甲州街道をあてもなく歩いてみたり(ギャッツビーはそんなことしない)と青森出身の純真な少年からはおよそ想像もつかない「悪」な日々を送ってみたものだ。今思えばなんとかわいい悪だろうか。悪のスケールさえも親の収入に左右されているようで不憫極まりない。だからといって親とか環境を恨むとかではない、決して。

そんな薔薇色の日々は大体にして体感よりも早く過ぎさるもので、そうこうしているうちにあっという間に月末支払いの悪魔が玄関をノックし、20数万あった銀行の残高を容赦無く削る。
引き落としがあり生活費を引き出した後の銀行残高は何とも心許ない15万以下。

何となく来ていた気がするけど無視していた年金と健康保険の請求、封筒を開けて金額を見てそっとしまっておいたが、
これら合わせたら
来月
赤字になんないか?


いや、俺には職安がついてるぞ。
失業手当という強い味方があるという噂をかねがね聞いている。

さあ、そろそろその手当とやらをもらってやろうかと職安に電話を入れ、
「失業手当欲しいんですけど、いつから貰えますか?」
「退職は自己都合ですか、会社都合ですか」
「はい?」
「源泉徴収票に書いてあるかと思いますが」
「あー、ちょっと待ってください」
そう言えば何か切れっ端が送られてきていたなと確認する。
「自己都合ってなってますね」
「そうですか、では認定手続きをしていただいてから三ヶ月後となります」

はい?
三ヶ月って3ヶ月?
死?

「えーと認定手続きっていうんは」
「一度来ていただいて求職手続き等していただいてからですね、書類を書いていただくんですけれども」
「すみません、また電話します」

ガチャっとな。
受話器を置いて意識の底へダイブする。

無理でしょ、その間ってどうやって暮らすんですかい?
みんな会社辞める前には貯金してるってこと?
生活費3ヶ月分も?
結婚指輪じゃあるまいし。
むじんくんいくか?
いや、マルイの借入枠を増やしてもらうか。
無職なのに?

解決策は無かったが(いや、あるけどね。脳が働いてない)とりあえずは前に進まなければなるまいとコンビニで求人雑誌を買う。
200円程度だったと思うが付録で履歴書までついてくるなんともご丁寧な仕様で、雑誌を開くと「仲間達といっしょに」とか「アットホームな」とか「未経験大歓迎」といった言葉がバブルのジュリアナのウチワのごとくひらひらと舞っている。

とりあえず日払いだ、そして時給の高いやつ、できれば時間も短いのがいい。そんな夢のような仕事を表紙がフニャフニャになるまで探してみたところ1件あった。

バイクでの弁当配達、4時間労働、時給1300円。週払い可。
これだろ。バイク乗ったことないけど普通車免許はある。
1300x4で週5、大体月に10万円前後になるだろう。

世田谷に住みつつ手取り10万円を切る仕事をして借金もあるなんて今考えると激しい目眩に襲われ意識がブラックアウトしそうなものだが、当時は特に贅沢も必要なかったし彼女もいなかったので乗り切れる算段だったのだ。

しかし、さすがに花の大都会東京で自由の身になったのだから渋谷あたりまで飲みにも行ってみたいし東京らしい服も買ってみたいものである。
毎月プラマイゼロの生活ってもし友達の結婚式とかがあった日にはマルイATMで借りれければアウトだよな。
弁当屋バイトに目星がつきつつもペラペラとなんとなくページをめくっていると「ゲームのデバッグ屋」のアルバイト募集が目についた。

そうだ、幼馴染のタイチにこのバイトを勧めよう。
奴も一度は東京の電気屋に就職しながらも仕事に挫折し帰郷、今青森の実家で手伝いをしたりバイトをしたり燃えカスのような生活をしているという話を聞いていた。無類のゲーム好きで本当はゲームを作る職に就きたいと思っているのだ。タイチとは保育園から高校の部活までほぼ一緒で休みの日もお互いの家に行き来して遊ぶという、もう友達とか親友とかじゃなくて家族のような奴だ。
奴が同居してくれれば家賃は半分だし、何かあっても相談相手がいてGoodじゃないか。20代前半なんてまだ一旗上げられる、故郷に錦も飾れる。何も遅いことなんてない。
そう思い立ち、弁当屋のバイトの応募の前にタイチに電話する。完全に順番が逆である。

「もしもし、ワだけど」 (ワ とは青森の方言でワタシとかオレの意味)
「おう、元気でらが」
「東京でよ、スクウェアの下請けの会社がデバッガー募集しててよ」
「おう、マジが」
「おめ今仕事なにしてらったど」
「役所のバイトでドブさらいだ」
「時給いくら」
「720円」
「デバッガーは1100円だど」
「は!1100円!すげえな東京!」
「応募してみねが?とりあえずワの部屋さ住んでもいいし」
「いぐいぐ」

いや軽!とツッコみたくなるぐらいに話は決まり、早速1週間後には上京してくる手筈になった。部屋が狭いので何も持ってくるなと伝え、1週間後約束の日時に千歳烏山の駅に迎えに行き、予定時刻から少し遅れてタイチが駅出口から現れる。

リュックの中身は着替えTシャツとパンツのみ、寒くなったらどうするのだろう

荷物は小さめのリュック1つ、本当に身1つでの上京。
若いというのは恐ろしいものである。
こうして無職2人の同棲生活が始まった。

#千歳烏山  

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