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四畳半生活 #1:退職金、少なくね?

かくかくしかじかで上京した俺だったが、

とりあえず仕事も金も友人も無い、さながらトルネコのダンジョンで敵にやられてパラメータリセットされた状態だった。
東京を戦い抜くための装備はといえば、テレビ・薄いふとん・ラジカセ・炊飯器・オーブントースター、小さい鍋とフライパンと1人分の食器一式。そして自転車と楽器。
服なんかは3着ぐらいをローテーションするしかないひどい有様で、所持金は500円を切っている。

金が無いのだし本来ならば次の仕事を決めてから退職なり引っ越ししたりするのがベストとは思うが、21歳なんていう年頃はナチュラルボーンに鉄砲玉であるし「俺は死なない」という謎の自信に満ち溢れているが故マジな徒手空拳で東京に来てしまった訳である。

ところが、心技体絶好調の若者は何しろ腹が減る。
アパートの近くや烏山の周辺を自転車で探検して回ったりすると喉が渇くし、余計に腹が減る。
幸いにも白米と青森県人のソウルソース・スタミナ源タレだけはあったので朝昼晩と三食白米を炊きドンブリによそった飯に焼肉のタレをかけ掻っ込む。引っ越ししてから10日ぐらいはこの最強コンボで耐え凌いだろうか。
仕事を探すでもなくヘミングウェイなど読みながら質素な飯を食う毎日。
今思えば何物にも変え難い崇高で無為な、生まれて初めてのバカンス。

そのような生活に耐えられたのも、もうすぐ退職金が入るという皮算用と入金後に予想される甘い生活の日々が俺の幸福中枢神経系をサクサクと刺激していたからだろう。
3年以上勤め上げたのだから退職金もそこそこもらえるんではないか。もらえるだろ、普通。疑いもなく東京ライフをバリバリと送っていく俺。
所持金がほぼ0円になろうともマルイのATM参拝を見送る余裕がある。

退職金支給日前日。
これで源タレご飯ともお別れだぜ、とりあえず寿司食うぞ。
支給日前日の夜は気が気でない状態ではあったが、なんとか小銭を掻き集めて作った150円を行使し近所の激安スーパーでかってきた100円のオデン種7種セットとサンガリアのたぶんスベった商品であろう訳のわからない30円ジュースで祝杯をあげる。

そしてついに退職金の支給日。
俺は喜び勇んで千歳烏山駅前の三和銀行ATMに向かう、ここ数日で回転寿司屋は発見していたので金を下ろしたら寿司屋でマグロをドンして喫茶店にシットインだ。舌下に唾液が泉の如く沸き出す。この世界は俺のものだ。

いよいよATMを前にし、群馬銀行のキャッシュカードを入れる。
よしよし、まずは残高照会だ。
いくら入ってんのか見てやろうじゃないのよ。

暗証番号を入れ、数秒後に画面に数値が現れる。


「24,352円」


は?


俺の退職金、24000Yen? 
おちつけ。
まさかドル表示じゃないよな。
いやドルなんか所持したこともないし、群馬銀行がドルなんか扱えるはずがない。
なんか引き落としがあったのか、もしかしたらそうかもしれん。

嫌な汗が背中を伝う。

確認だ、まずは。
寿司の前に確認。

一旦取引を終了し商店街をチャリンコで駆け抜け光の早さで(比喩だょ)家に戻り通帳を探し出し再び銀行へ。

そして再度ATM様に拝し通帳記載をしようとするが、通帳が入らない。
縦横、閉じたままなど試すが一向に入らない。
当たり前である、別の銀行の通帳など使えるわけもない。

しばらく呆然としATMの前で時空を彷徨っていたが、辛うじて我に戻り1万円を下ろす。
残高は相変わらず心許ないまんまだ。

マズい、マずいけどとりあえず寿司だ。
寿司屋に駆け込んだ俺は好物のマグロ赤身を4皿食べて店を後にし、喫茶店でアイスコーヒーを頼んだ。
(後日、この喫茶店のアルバイト採用に応募してみたが不採用だった)
アイスコーヒーが胃袋の重心をグっと下げるのを感じ、計算をはじめる。

家賃が35000、
マルイの返済が5000、
クルマのローン返済が25000、
食費が1日300x31日で約10000、
電話回線が1800、
あとなんだっけ

いやいやいやいやもうどう考えても足りないよどうすんのこれ。
親に借りるか?
いや無理だ、そもそも仕事を辞めた事にも反対されているし。
質屋か?何か売り飛ばすか。
マルイはあといくら借りれたっけか、もう10万の限度額いっぱいだったんじゃないか。
そんなこと考えてる暇があったらバイトしたほうがいいんじゃないのか、でも給料もらう前に支払日はくるぞどうするどうする

「あ」
15分ほどグルグル考えてドツボにハマっている俺の思考に光が差す。
会社の総務部に電話してみよう、総務部ボスの中園(V8のクラウンに乗っていてリアトランクに常に日本刀を忍ばせているような常在戦場の手練れである)が電話に出たらオシマイだが、同期のエッちゃんなら話せるはずだ。

一度四畳半に帰り心の体制を立て直す。
俺はできる、長男だから。
呼吸を整え正座をして辞めた会社の総務部に電話をする、
「はい●●工業です」
GJ!! 総務部の先輩お姉さんが電話にでた。
「あどうも、先日辞めたシリウスです」
「おぉーシリウス君久しぶりぃ〜元気でやってる!どうしたのなんかあった?」
「あのーちょっと聞きたいことがあって、エッちゃん居ますか」
「いるよ〜、ちょっと待ってね!」

しばらくしてエッちゃんが電話に出る、
「もしもしー、久しぶり!どしたの?」
「いやー実は退職金が今日振り込まれたんだけど」
「うんうん、良かったぁ!どう東京は?」
「いやーどうもこうも空気が汚くて水は不味いし、まあいつも通りなんだけどもじつは」
「うん、寂しくなっちゃった?」
「いや、退職金って金額あってるかなーと思って」
「ヘ?どうかなぁ〜、合ってると思うんだけど」
「まじか、2万ちょっとだったんだけどなんか引かれたのかな」
「2万?そりゃ確かにすくないねぇ、ちょっと確認してみるよ!わかったら電話するね」
「よろしくー」
よし、ひとまず手は打った。

が、その日も次の日も待てど暮らせど電話はかかってこずかれこれ2週間が経過した。
最悪の事態に備えて、毎日オデン種7個セット1袋100円を毎日2袋と白米の日々。
バイトの面接も3件やった。

まずい、まずいぞ。
これはまだまだ連絡来ない可能性もあるし、もう手元現金も心許ない。
移動手段の自転車は売れないし、最後の砦の楽器を売るか、ベースはいくらになるか、シンセはいくらになるかでも売ってしまったら買い戻すのはそうとう難しいかもなと考えていたが台風が近いとかで雨が降っているため自宅でゴロゴロしていたある日、エッちゃんからついに連絡がきた。

「ごっめぇぇんん!金額間違えてたYo!明日残り振り込むからね!」
「ええええええーまじか!ありがとう!生き延びれる!」
「うんよかったぁ、1桁間違えちゃってたのよごめんね!」
「ありがとうありがとう、また群馬行くから飲もうよ!」
「飲も飲も!じゃあね〜」

助かったぜMyGOD!いや特に信仰はないのだがGODと叫びたくなる。

次の日、無事残額が振り込まれ一命を取り留めた俺は安くてウマいカティーサークをしこたま買いこみ、古本屋で100円の小説を20冊ほど手に入れ、労働開始を1ヶ月先延ばしすることを決めた。

今思えば何物にも変え難い崇高で無為な、生まれて初めてのバカンス。
サンキューおでん種とエッちゃん。


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