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永遠の未知との遭遇

 一度だけUFOを見たことがある。

 確か小学6年生の時。気持ち良く晴れた7月の正午近く。
私と友達は、夏休み直前で授業が半ドンになった学校の帰り道、
いつものように四つ角で立ち話をしていた。
 友達は南、私は西の方角へそれぞれ帰るのだが、それこそもう毎日
会っているのに、必ずと言っていいほどその十字路で30分は話し込まないとバイバイが言い難いほどの仲良しだった。

 その日はとても空が高く澄み切った青が広がり、見える範囲では雲は
ひとつもなかった。強い日差しの下、電柱の傍でとりとめもない話をしてげらげら笑いながら、ふと友達の頭の向こうに何気なく目をやった。

 空に、なんかある。

 それはだだっ広い真っ青な空の中でとても目立った。銀色で、太陽の光が反射していて、立方体だった。遠すぎて、四角いということしか分からない。窓とかアンテナとか、装飾的なものはなさそうだ。サイコロみたいに四角く、消防服のように、銀色。
 それが、ぶれることなく真横にゆっくり、移動していく。しかもそれ自体がくるくると回転している。転がりながら平行移動しているのだ。ジグザグに、とか風に揺られる、とかもない。本当にまっすぐ真横に、ゆっくりと進んでいるだけだ。

 小学校高学年の脳みそが持つありとあらゆる知識を総動員してみたが、その形状、その飛び方に該当するものは全く思いつかなかった。
 四角い風船が飛んだのか? あんなにくるくる回るだろうか? じゃあ飛行機? でも無いよね羽根が。移動スピードや色だけで言えば、飛行船あたりが一番近い気がした。でも飛行船って、大概は楕円形じゃなかったか? あんな四角いタイプ、ある?
 そして正確な距離は分からないけれど、かなりの高さを飛んでいるらしかった。肉眼ではとても小さく見えた。

 私は友達と二人で、ぽかんと口を開けたままUFOらしきものの行く方向を目で追った。さっきまで爆笑していた話のネタが何だったのかは、1ミリも覚えていなかった。
 ちょうどUFOの進んでいく方向が南、つまり友達の家の方角だったので、今からお互いアレから目を離さずに家に帰ろう、とにかく親にこのことを伝えようということになった。
 友達は上を見ながら、早足でまっすぐ南へ帰って行った。私の家はその四つ角からすぐ近くだったので、走って勝手口に駆け込み靴を脱ぐのももどかしく一気に2階への階段を上がった。自分の部屋を突っ切りサッシ扉をスパーンと開け放ち、ベランダへ飛び出てUFOが飛んで行った方向を見上げた。

 影も形もなかった。

 あのゆっくりしたスピードだ、そう遠くへ行くはずはない。私はベランダの四隅に駆け寄り、飛んで行ったのと違う方向も含めて空を360度見回した。やっぱりどこにもいなかった。家族を呼ぶ暇もなかった。私が友達とバイバイしてから走って2階のベランダに出るまで、おそらく30~40秒くらいのはず。その、ちょっと目を離した隙に一体どこへ消えたの?

 案の定家族は飛行機だろう、アドバルーンが飛んだんじゃないかと、見当違いなことばかり言って真剣に取り合ってくれなかった。それよりも驚いたのは、翌日聞いたところによると友達も帰る途中、よその家の屋根に遮られて一瞬見えなくなった後、どこを探しても見つけられなかったと言うのだ。

 未確認な、飛行物体。

 当時は雑誌『ムー』や、お昼のTV番組『あなたの知らない世界』など、ちょっとした超常現象ブームでもあり、学校では後日他のクラスメイト達も一緒になってしばらくそのUFO話で盛り上がったが、飽きっぽい子供たちの間ではほどなく話題に上がらなくなった。

 あれから、40年経った。
 
 四つ角から近い、2階建ての私が住んでいた家は、今はもうない。
 私と一緒にUFOを目撃した友達とは、小学校以来会っていない。今どこにいて、何をしているのか、名前が変わったのかどうかも、知らない。
 40年は、いろんなことをわからなくさせる。
 でも。
 
 あの日真っ青な空の中に見た銀色に輝くモノと、経験したことのない興奮を私は絶対に忘れないし、今でもあれはUFOだったと確信している。
 二人で見張ってたら大丈夫!とお互いきゃあきゃあ言いながら駆け出して行った夏の正午。
 少しのブレもなくゆっくり、ゆっくりと南へ向かう謎の物体。吹き抜ける熱風と遠くの陽炎。
 どんなに時間が経っても、鮮明な記憶がある。私たちは、その忘却されない欠片たちに支えられ、現在を生きている。
 私の半世紀の人生の中では、UFOとは円盤型でもジグザグ飛行でもビームを放つわけでもなく、サイコロみたいで、銀色で、ただくるくる回ってゆっくり飛ぶ。
 攻撃もなければ、侵略もない。そして、二度と見つけられない。


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