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シェイクスピア『ソネット集』より

今日は何か文章を書きたい気分だった。この土日はほとんど本を読むばかりで、インプットはできてもアウトプットができなかったからだろうか。

本当は自分自身の心の内からあふれた言葉で創作した作品を載せられればよかったが、残念ながら上手いこと生み出せなかった。とはいえ過去の私が苦心して生み出し完成させた過去作を、さも今考え付いたかのようにして発表する気分でもない。

かと言って、何も文章を書かずにのんべんだらりと過ごしていると、時間や人々はせわしなく流れる川のように先へ先へと流れて進んでいくのに、私だけは川底に棘のように引っかかったままの小枝のように堰き止められ、先を急ぐものに押しのけられながらも必死で一箇所にしがみついているような、滑稽な情けなさがふつふつと湧いてきてしまって、思考回路に暗い気持ちが充満する。


そういうわけで、ちょうど数日前に読んだシェイクスピアのソネット集の中から気に入ったものを引用して気を紛らわせようというわけだ。「青年」や「女性」をうたった愛の詩は何度読んでも良いし、あの語彙力や表現力に惚れ惚れするし、共感できる点も多々あり、読んでいて爽快感すら覚える。原文で読めればより一層楽しめるのだろうけれど、残念ながら英語が得意ではないので、日本語訳版を楽しむことにする。

気に入っているソネットは正直数えきれないのだが、すべてを書いていてはきりがないので、今回は3篇の引用にとどめようと思う。

私はとくに66が途方もなくお気に入りで、もうほとんど暗唱できるくらいに繰り返し読んだ。400年も前の世界に生きたひとのうたなのに、まるで今在るこの日本社会への絶望を読んだみたいに、私の心にぴったりで、しっくりきて、つらいときに読むとなんだか元気が出るのだ。いつの世もこんなもんか、天国のような世界なんて存在しないのだ、人間はやはり完璧ではなく、いつだって自分だけが可愛い生き物なのだと、そしてまったく正しさなんてない理不尽な世界に私が生きる意味について再確認し、嘆息する。

もっとも、以前まで私の思い浮かべていた「愛する人」はいなくなってしまったので、最近ではもっぱら大好きな愛兎や友人、家族を思い浮かべては、まだあの世に行くには早すぎるなあと思うのだ。





30

静寂につつまれた快い瞑想の法廷に
過ぎ去ったことどもの記憶を呼び出そうとするとき、
求めたが得られなかった多くのことにため息が出て、
大切なときを無駄に過ごした悲しい過去を新たに嘆く。
そんな折、ふだんは流さぬ涙で目が見えなくなる、
無限に続く死の闇に消えてしまった大切な友たちを思って。
ずっと前に消し去ったはずの不幸な愛に新たに涙し、
多くの失われた面影の思い出にうめく。
そのような折、ぼくは忘れたはずの不平をまたもやこぼし、
うめき終えたはずのうめきを次から次へと悲しく洩らす。
苦痛の数々を指折り数え直して、
以前に払ったはずの借金をもう一度返すのだ。
 しかし、友よ、そんなときに君のことを思い浮かべると、
 これまでの喪失はすべて帳消し、悲しみにけりがつくのだ。





66

全てのことにうんざりして、ぼくは安らかな死を願う。
立派な人が生まれながら窮乏のうちに暮らし、
何の取柄もないやつが調子よく派手に身を飾っている、
誓った約束は無残に反古にされ、
輝く名誉はふさわしい人に与えられず、
乙女の徳は乱暴にも娼婦あつかい、
非のうちどころのない者が不当に屈辱を受ける、
無能な支配者によって実力のある者が飛躍を阻まれ、
学芸は権力によって口をつぐませられる、
愚かな者が学者のように学術を取りしきり、
素朴な真実が単純さと取りちがえられる、
善いものが捕囚の憂き目を見て、悪の司令官に奉仕する。
 これら全てにうんざりして、もうあの世に行ってしまいたい、
 死ねば愛する人を独り残すことになるのでなければ。




76

ぼくが書く詩はどうしてこうも新味に欠けるのか、
変奏や転換の妙に乏しくて、
時流に乗って変わり身を見せることもなく、
新しい手や、珍しい言葉の組み合わせを考えもしない。
なぜぼくはいつも一つのこと、同じことしか書かないのか、
発想がありきたりの型に閉じこもり、
ことばにはすべてぼくの名前が付いているみたいで、
どのように思いつき、どこから出てきたか、みえみえだ。
だが、貴君に知ってほしい、ぼくが書くのは君のことだけ、
君と愛だけがぼくの一貫した主題なのだ。
ぼくにできることは、せいぜい古い言葉を新たに飾ること、
すでに使ったものをまた使うことでしかない。
 毎日昇る太陽が新しくて古いように、
 ぼくの愛はすでに語られたことをいつも語るのだ。



引用元 柴田稔彦編 『対訳 シェイクスピア詩集 イギリス詩人選(1)』岩波書店 2004 p35,p67,p81



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