見出し画像

その男たち、○○につき

「今から部屋で飲むんだけど、一緒にどう?」

チェックインを済ませ、部屋で荷ほどきを終えた私は、宿からの景色が見てみたいと思い、宿泊者の共用ベランダに足を運んだ。

想像以上に普通の景色ではあったものの、知らぬ国の、知らぬ人たちの生活を眺めるのはいいな、なんて思っているときだった。

スリランカ1

私の前に、ひとりの男、現る。

お洒落な方ではなく天然パーマの方であろう短めのくるくるヘア。髪の毛も、口のまわりをどっさりと覆う髭も、少し白髪が混じったグレー。よれたTシャツにハーフパンツ。限りなく鮮やかなブルーの瞳は、その野暮ったい姿の中で一際目立つ。

おそらくヨーロピアンだと思われるけど、母国語が英語じゃない国の人。
今しがた、タバコをふかしている。

スリランカは初めて?いつまで滞在するの?など、たわいのない挨拶代わりの会話を廻らす。

ウィットに富んだ感じでもなく、やたらと調子がいいわけでもない。あくまで平熱な温度感で声をかけてきたあたりに抵抗がなかった。
だけど、なぜかその温度感はぬるりとしていて、その話し方とか笑い方は、良いようにも悪いようにも捉えることができた。

『部屋で飲む』

ノるか、ノらないか。
”良いようにも悪いようにも”のジャッジメントが、かなり微妙なライン。

旅先で一向に友達を作らない私は、別に一匹狼を気取りたいわけではない。気付かぬうちに人と距離感があるのは、ただ人見知りなだけである。

だからこうやって声をかけられたときは、“自分の殻を抜け出すチャンス!”と、やたら壮大な意味を含ませたりして、ジャンプするときだってある。

「オッケーい!飲もお!」

心の葛藤をまったく見せないスタイルで、返事するスキルはギリギリ持ち合わせていた。

もうひとり、その男と一緒の部屋に宿泊している子も参加するとのことでOKをした。2人きりだったら絶対にNO!だ。悪いヤツではなさそうだが、ちょっと掴めない雰囲気がこの男にはあった。

この男の名は、ロベルタ。
私の人生の中で初めて出会うリトアニア人だった。こうなったら第一印象はさておいて、ついて行ってみるしか他ない。お酒は部屋にあるらしい。

画像3

扉を開けると、私の部屋と同じドミトリータイプの小さな一室に、身長の高い、全体的に尖ったフォルムの顔面をもつ男が立っていた。

私に気づいたその男は、「やあ」とでも言うように片手をあげて挨拶をした。でも、「やあ」とは言わないし、その顔はほとんど無表情だ。

この男、ロベルタとは呪文みたいな言語でボソボソと会話をするものの、私には一切声をかけない。なんなんだ!

謎めいた男2人を横目に、これは完全に間違えてしまったパターンかもしれぬ(!)と、心がざわついている最中、トクトクトク…と、3つのグラスにお酒を下から1cmくらい注いでは、それぞれに手渡すロベルタ。そのボトルは、い、イェーガーマイスターですか・・・?

ロベルタも、いささか不安を隠し持った私も、元気な声で乾杯をした。

「Cheers!!(乾杯〜!)」

誰もが陽気に発することのできる魔法の言葉でアール。約1名の男を除いては、、。

おいっ!

ロベルタ、じゃない方!!

なぜに乾杯を言わない!?!

2人は独特の雰囲気が滲み出ていた。ロベルタは前述の通りだし、”じゃない方”はあまり表情がない上に、話しかけてもこない。

欧米人によくありがちな、ウェ〜イ!感は皆無(苦手だからいいんだけど)、大声早口でベラベラ喋ったり、大きめの身振り手振りも皆無(英語ゆっくりで聞き取りやすいからいいんだけど)。

あ、あれ…?

これはもしかしたらのもしかして、私が”得意”とするほう(仲良くなれる)の外国の方たちではありませんこと…?

そんなことを察知してしまった我がアンテナは、乾杯と共に柔らかく緩んだ”じゃない方”の口元を見事に感知し、私は微々たる希望を抱いた。

そこからは話が早かった。

“じゃない方”、名はルーカスというらしい。
ユークレイン出身らしく、ロベルタとはこの宿で知り合ったらしい。

らしい、らしい、らしい、、。
ルーカスのことは、すべてロベルタが説明してくれた。

それはなぜか?

なんとこのルーカス、まっっったく英語が話せないのであった!!

そのレベル、
「You(あなた)」→✖️
「eat(食べる)」→✖️
「frined(友達)」→ギリ理解した?風!?いや、してないな(汗)という具合で、基本のキ!の単語を伝えても全く通じないから驚く。

だからか、だからなのか!私にまったく話しかけなかったのは、話しかけられなかったんだね。その無表情なお顔は、「オレ英語喋れねーのにロベルタがどこぞのよく知らん女を連れてきたぞ(ザワザワ)」、ということだったんだね。たぶん!

謎が少しだけ解け、私の緊張も少しとけた。

二段ベッドが4つ入るのが精一杯のその部屋で、私たちはこじんまりとベッドの縁に座り、2杯目のイェーガーマイスターをキューゥっと飲んだ。

フルーツナイフでブキッチョに切られたライムの一切れを、「Eat!」と言いながら、ロベルタがラフな手つきで投げ渡す。

クゥい〜〜〜ッ!

口の中で、これでもかと搾り出されたライムの酸味は、体の感度全てが舌に集中したのかと感じさせるほどに刺激的だ。イェーガーの、濃密な口どけに隠された甘美な毒薬のような味を、必死に掻き消そうと刺激を炸裂している。

顔の真ん中にギュッと集まるように眉と目をひそめ、作りようのない無造作な表情が3人ともに出来上がる。

ぐあ〜っと上昇する体温。
ライムに負けないイェーガーマイスター。

これ以上この部屋で飲むのはやめておこう。

喉に通したイェガーマイスターは、これから始まる”何か”のための儀式みたいに存在し、そのまま私たち3人は、暗い路地裏の奥の方へと消えて行った。


画像1



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?