『"私はここにいる"が増す。』シャドウワーククラスを受けての感想。
この場所に、この地面に立っている。その感覚が増す。
力強さ。わたし、という存在の力強さを感じる。
「あぁ、わたしはここに立っているんだ。わたしはここに存在している。」と力強く感じる。
自分が自分のことを強く感じる。
わたしの”感覚”と”身体”がピタリとハマったような感覚。ぴっちりと詰まった実のような、みっちりと中身が詰められた箱のような。
それが、シャドーワークを受けた感想だ。
*シャドーワークとは
『シャドーとは、自分の中の未完了な感情であり、押し込めてきた自分自身のこと。そこに目を向け、元々は自分の一部であるシャドーを切り離すのではなく抱きしめること。』
1日かけて、シャドーワークについて実践を通し学び、日常的に自分で自分の内面と向き合うためのスキルを習得するのが、この日のゴールだった。
終わってみて、とにかく自分に対して力強さが増した感覚がした。それは、”強くなった”というのでない。より、自分で自分の存在感を強く感じられる、という感覚。今まで”弱かった自分”が”強くなれた”のとは違う。ただただ、自分という存在を強く感じる。
あぁわたしはここに立っている。
それは、以前よりも、自分自身のことがよく見えるようになった感覚だ。
どこかで、シャドーワークは「欠けたパズルのピースに、新しい”他の”ピースをはめること」だと思っていた。
終わってみて感じたことは、それとは違うものだった。
「”欠けているように見えた”ピースの部分に、懐中電灯を向けた。そしたら、パズルの全体がよりくっきりと見えるようになった。」
欠けたパズルを修復するのではない。
欠けて見える部分に光を当てて、そのピースをよくみること。
それがこのワークだった。
何者かに生まれ変わるのではなく、自分のことをもっとよくみること。隠したいピースも、忘れていたピースも、捨てたいピースも、全部”自分のピース”だと抱きしめること。そうすればするほど、パズルは全体性を取り戻していく。だから、より”自分という存在”を強く感じられるようになっていく。
シャドーワークを実際に体験するまでこのワークについて、”見ないようにしてきた自分”や”抑え込んだ自分”、”感情の塊”に目を向けるのは、暴れ馬を一度野放しにするような、手に負えないものと向き合わなきゃいけないとてもしんどい作業だと思っていた。
確かに、途中でぐったりしたり、”こんな自分がいたんだ…”と感情が揺れ動いたりする瞬間もあった。けれど、思っていたよりももっともっと静かで、神聖で、あたたかい体験だった。
翌日、ワーク当日にやりきれなかったシャドーを、自分で取り扱ってみた。シャドーワークの復習や練習の気持ちも込めて、当日となるべく同じ雰囲気を作るよう努めた。部屋を綺麗に整えて、温かいお茶を用意して、足が冷えないように湯たんぽとひざ掛けも準備。お気に入りのお香を焚いて、キャンドルに日を灯して準備万端。
最初に、自分の意識を全て自分の中にもどし、いざシャドーワークを自分でやってみよう。とした。
あれ?もういきなりシャドーを取り扱うところから始まっていいのか?
準備は万端なはずだけど、何かが足りないような感覚になった。
これでいいんだっけ。という感覚。
あってるかな?とジャッジが始まる。
そんな自分も観察しつつ、とりあえずやってみた。
けろっと、割とすぐに終わるかな〜くらいに考えていたけれど、やるほどに身体が重くなっていき、想像以上に根気がいった。
途中、何度もぜんぜん違うことを考え始めている自分に気づいた。”プロトコル”と呼ばれるテキストを読んでいく、というプロセスがあるのだが、それを読みながら頭の中は全く違うことを考えているのだ。「あ、集中してない。」と気付けるようになっているのは、前日のワークの成果だと思った。気が散るときは、”まだこの感情に目を背けたい”ということなんだと思った。そのたびに、「大丈夫。」と焦らず、自分のペースで進めることを大切にした。
終わった頃にはぐったりしていた。一人でも、よく頑張れたと思った。
一人でやってみて、気づいたことがあった。
”出てくるものを、そのまま受け入れてあげること”それは、自分のことを自分で信頼してあげる。ってことだと思った。
シャドーを扱うだけあって、「え、これはなんか違うと思う」とか「あってるのかな」とか、ジャッジが始まったり頭で考え出してしまう瞬間が何度もくる。でも、自分からでてきた感覚なのだから、ジャッジせず、頭で考えず、そのまま受けいれてあげる、ということが本当に大事だと感じた。
前に受けていた別の方のセッションで言われた言葉がある。
自分を愛する、とはどういうことですか?と聞いたときの返答の一部分。
「私たちは完璧ではない、ということを受け入れる。みんな、前に向かってよりよい状態になるよう向かっているのよ。」
わたしも、よりシャドーをうまく扱えるように学んでいる最中で、もっと自分のことを自分で受け入れることを学んでいる旅の途中なんだ。と改めて自分に言ってあげようと思う。
Written by miyu(画家・詩人) / 2021.10.25
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