見出し画像

パワーメーターでタイヤの転がり抵抗を確かめてみた話: (その3)加速試験

こんにちは
自転車が大好きなsilicate meltと申します.

前回,クリンチャーとチューブラーのそれぞれについて,定速走行時のパワーと速度の関係を確かめてみました.
では,加速している際にはどのような違いがあるのでしょうか?

走行している自転車は地面に対して水平移動をするのと同時に,自転車の重心に対してホイールが回転運動をしてます(地球が太陽の周りを公転しているのと同時に,地球そのものが自転しているに似ている).
そのため,静止している自転車をある速度まで加速させるために必要な運動エネルギーは,水平移動のためのエネルギーと回転運動のためのエネルギーの和となります.

人の質量を$${m1}$$,
ホイール以外の自転車の質量を$${m2}$$,
ホイールのうちハブとスポークの質量を$${m3}$$,
ホイールのうちリムとタイヤの質量を$${m4}$$とする.
ハブとスポークの重さがホイールの重心にあって,リムとタイヤのみが回転していると仮定します.
このとき,速度ゼロの自転車を加速して速度$${v}$$に水平移動(並進運動)するときのエネルギーの変化($${E1}$$)は
$${E1=(m1+m2+m3+m4)v^2/2}$$

ホイールの回転運動のエネルギー($${E2}$$)は(慣性モーメントとか角速度とかを使わずに単純に考えると)
$${E2=(m4)v^2/2}$$

これらを合計すると,全体の運動エネルギーの変化は,
$${E=E1+E2=(m1+m2+m3+2m4)v^2/2}$$
です.
つまり,加速に必要なエネルギーに対してリムとタイヤの重さ($${m4}$$)は2倍で効いてくることになります.
エントリーロードについてくる鉄下駄ホイールをZondaとGP5000に交換するとリムとタイヤで400gくらい軽くなりますが,加速時に関して言うと,これは他の部分を約800g軽量化したことに相当するわけです.
ロードバイクのカスタムは足回りから」と言われる所以ですね.

ところがこのことを定量的に考えてみると,その効果はあまり大きくないようにも見えます.
なぜなら,例えば体重65kg,車体8kgとすれば,m1+m2+m3+m4=73kgですから,たかだか0.8kgの軽量化は全体のうちの1%でしかありません.
これを加速度に換算してみると,ほんのわずかな変化でしかないのです
(詳しくは下記のリンクを参照)


一方で,鉄下駄ホイールをZondaにしたり,クリンチャーホイールをチューブラーに交換をすると「走りが軽快になる」ことを,昔から(それこそ何十年にも渡って)多くのサイクリストが "感じて" きたのもまた事実です.
(もしもこれがウソであるならば,"ホイールの軽量化有効説" はとっくの昔に棄却されているハズなのでは?)

軽いホイールを使うと,本当に走りが軽くなっているのだろうか?
今回パワーメーターを用いて加速試験を行い,
この "ホイールのパラドックス" を検証してみました.


4.加速試験


クリンチャーとチューブラーの加速性能をどのように比較するか?
それぞれのホイールに対して,
「同じパワーで踏んだときの加速度の違い」か,または
「同じように加速をしたときのパワーの違い」を調べなければなりません.

一定のパワーで踏み続けることは定速走行でさえ難しいと感じたので,これを加速の際に意図的にするのほぼ不可能でしょう.
一方で,サイコンを見ながら決まった割合で加速するのも難しそうです.
結局,"自分の全力で加速をすれば,毎回似たようなパワー投入になるのではないだろうか?" という結論になりました(笑)

4-1 試験方法

<試験機材>
ローラー台試験実走試験のときと同じ.
チューブラーはクリンチャーよりも前後の合計で216g軽いです.
なお,チューブラーホイール(NUCLEON)とクリンチャーホイール(ELECTRON)は同じハブとスポークを使ったリムハイトの等しいアルミホイールなので,リムの構造が違うだけで空力抵抗はほぼ等しいはずです.
ギヤ比は36x13T,ポジションは下ハン

<試験場所>
定速の実走試験をした場所から少し移動した南北方向に伸びる舗装路面の農道で行った(図22
ここを停止状態から15秒間全力で漕いだときのパワーと速度変化を記録する.はじめにチューブラーで北→南,南→北,北→南,南→北と4回走行し,続いてクリンチャーで同様に4回走行した.

<気象条件>
気温:9℃
風力と風向き:平均風速4m/sの西風
チューブラーの試験では4回とも真横からの風だったが,その後休憩をしてクリンチャーの試験を開始したところ,西北西の風に変わっており,北→南がわずかに追い風,南→北がわずかに向い風となった.

図22.加速試験を行なった場所

4-2 試験結果

図23.上から順にケイデンス(緑),速度(青),パワー(赤)
左から順にチューブラーでの4回,クリンチャーでの4回加速試験の結果

試験結果を図23に示す.
チューブラーの1回目のみ体力に余裕があって力が入り過ぎたせいか(笑),最大パワーが約800Wとなってしまったが,それ以外は約600Wで揃っていた.そのため,チューブラーの1回目を除いて,他のデータで比較をすることにした.

加速試験における最初の10秒間の記録を表1に示す.
1秒後に速度が12.9km/hになっているにもかかわらず,距離,ケイデンス,パワーはゼロのままである.
8回行った試験のすべてがこのようなデータであり,速度とそれ以外では記録開始のタイミングが異なっていた.
(なお,パワーは最短間隔である3秒平均値を記録するように設定している)

そこで,ケイデンスとパワーがはじめて記録されるよりも1秒前(表1のTime=1秒のところ)を時刻ゼロとして比較をすることにした.
チューブラーの3回分,クリンチャーの4回分の速度とパワーの平均値の時間変化を図24図25にそれぞれ示す.

図24.加速試験における速度の時間変化
 青がチューブラー(3回の平均)で赤がクリンチャー(4回の平均)
エラーバーは標準偏差(1σ)
図25.加速試験におけるパワーの時間変化
青がチューブラー(3回の平均)で赤がクリンチャー(4回の平均)
エラーバーは標準偏差(1σ)

クリンチャーの速度のエラーバーが大きい(図24)のは北→南がやや追い風,南→北がやや向かい風であったためである.
速度とパワーの平均値の時間変化は,クリンチャーとチューブラーで似たようなカーブとなっていた.
しかし,よくみると少し違いがあるように見える.

時刻ゼロの初速度はクリンチャー(14.4km/h)がチューブラー(9.6km/h)よりもやや速い(図24).さらに,2秒後から8秒後までの投入パワーもクリンチャーの方がチューブラーよりもやや大きい(図25).
それにも関わらず8秒後の両者の速度は等しい.
このことは,同じ加速をする際に,クリンチャーよりもチューブラーの方がより少ないエネルギーで済むことを表している.


4-3 実走試験での加速データの比較

(その2)で報告した実走試験は定パワーでの走行時の速度を確かめるために行ったものであるが,クリンチャーとチューブラーとで,最初の踏み出し時(東から西向き)の加速に違いがあるのでは? と思い,データを比較してみた.データの例を表2に示す.

定パワー試験では最初は100W目安だったから,ゆっくりと踏み出して加速をしている.
このときのデータをみると速度,距離,ケイデンス,パワーのそれぞれについて,記録開始するタイミングが異なっていた(表2).
距離は速度よりも1秒遅れで記録がはじまる.これは表1と同じである.

ところが,ゆっくりと加速をすると,確かにクランクを回していたにも関わらず,ケイデンスは6秒後,パワーは10秒後から記録が開始されていた.
どうやら,ゆっくりと走り出す際には,ケイデンスとパワーを検出開始する "しきい値" を超えるのに時間がかかるために,記録もなされないようである
(これはGarminの仕様のようです)

そこで速度の時間変化についてのみ比較をしてみることにした.
その結果を図26に示す.
なおこのとき,クリンチャーの9bar試験ではスタート直後に一旦停止し,再スタートするなどして速度変化が他とは大きく異なっていたため,平均速度の算出には用いなかった.

図26.定パワー実走試験における最初の踏み出し時の速度変化
上から順にクリンチャー(赤,6bar,7bar,8barの平均),
チューブラー(青,6bar,7bar,8bar,9barの平均),
クリンチャー+weight(1.2kg)(緑,7bar)
エラーバーは標準偏差(1σ)

図26から,踏み出しから最初の15秒間では
チューブラー > クリンチャー > クリンチャー+weight(1.2kg)
の順に加速が良いことがわかる.
チューブラーは最初の数秒で滑らかに速度が上がるのに対して,クリンチャーでは2秒から4秒の間で速度の上がり方が小さくなっている.
また,weightがあると加速がさらに遅くなった.
当日は風向と風速はほぼ一定(西の風,約4m/s)であったし,チューブラーとクリンチャーの試験を交互に行っているから,図26の結果の違いは空力抵抗の違いによるものではないと考えられる.

最初のパワー検出のタイミングが異なるために定量的にどれくらい正しいのかは不明であるが,加速開始から15秒間のパワーの合計値を求めたところ,
チューブラー:1238J (4回の平均)
クリンチャー:1440J (3回の平均)
クリンチャー+weight(1.2kg) :1993J
となった.
つまり,チューブラーはもっともエネルギー投入量が少なかったにもかかわらず,もっとも加速が速かった.そしてクリンチャー+weightはもっともエネルギー投入量が多いにもかかわらず,もっとも加速が遅かったことになる.


4-4 考察

4-2の "全力加速",4-3の "ゆっくりとした加速" のいずれの場合にも,チューブラーはクリンチャーよりも確かに加速が良いことが確かめられた.
では,私はそれを感じ取ることができたのか?
と問われると,正直言ってよくわからなかった
(笑)

加速試験ではとにかく全力で漕ぐことに精一杯でペダルの重さやスピード感の違いを感じている余裕はなかったし,定パワー試験(ゆっくりとした加速)ではそもそも加速データを使うつもりはなく,最初の踏み出しはクランクを軽く回すだけで,すべて無意識のうちに行っていたからである.
感じとることができたのは,クリンチャー+weight(1.2kg)試験の後で,weightを取り外してクリンチャーの8barの試験を行ったときに,確かに踏み出しが少し軽くなったことを感じたくらいだ.

しかしながら冒頭でも述べたように,図25や図26の結果は定量的には説明が難しいように思える.
チューブラーはクリンチャーよりも216g軽いが,これは速度ゼロから36km/h(加速試験の10秒後の速度)まで加速するために要する運動エネルギーに換算すると22Jの差でしかない.
そして実走試験で確かめたように,チューブラーはクリンチャーよりも転がり抵抗が8Wほど大きいから,10秒間では80Jのマイナスになるはずで,それらを合計すればチューブラーの加速が良くなるとは考えにくいのである.


4-5 加速試験のまとめ

パワーメータを用いてクリンチャーホイール(カンパ ELECTRON+Vittoria CORSA G2)とチューブラーホイール(カンパNUCLEON+Vittoria Strada)のそれぞれについて加速試験を行ったところ,次のことが判明した.

  • 加速が「速いとき」,「遅いとき」のいずれにおいても,クリンチャーよりもチューブラーの方が加速性能が良好であることがわかった.

  • ゆっくりと加速をするとき,チューブラーはスムーズに加速するのに対して,クリンチャーでは2-4秒後に加速度が小さくなった.

  • クリンチャーに1.2kgのweightを取り付けると加速がさらに遅くなった.

  • ただし,以上の計測結果を物理計算で定量的に説明するのは困難に思える.



感想とコメント

加速試験の感想:たったの8回,2.5kmなのに,とても辛かった(笑)
普段マイペースでしか走らず,レースにも出ておりませんから,こんなに全力走行したのは久々でした.

今回の試験から,ホイールや車体が軽くなると加速が良くなることがわかりました.これは予想通りの結果ですし,多くのサイクリストが実感していることでもあると思います.
ロードバイクの加速性能は,個人TTやトライアスロン競技のように一定の速度で淡々と走る場合にはほとんど関係しませんが,週末のホビーサイクリストにとってはとても重要な要素なのではないでしょうか?
公道では交差点や交通状況の変化のために加減速をするシーンがとても多いからです.
ちなみに私の場合はロングライドで疲れてきた時にも加減速が多くなるので,そうしたところでもホイールの軽さが効いてくることになります.

今回の結果に基づいて少し妄想をしてみます.
最近,ロードバイクのローギヤが大きくなる傾向にあります.
20-30年前までは7速〜9速でローは23T,25Tとかが普通でした.
今では12速で,ローは30Tでも小さいくらいで105では34Tか36T
リヤメカも全てロングゲージ仕様になっています.
「なぜシマノはギヤを増やした時にクロスレシオにせずに,ローギヤを大きくしてきたのか?」
私はこのことをとても疑問に感じていました
今まで,大抵のヒルクライムは39x23Tくらいで十分だと思っていましたから
(かつては,30Tなんて"乙女ギヤ"とか揶揄されてましたよね,笑)

ところが「ホイールの重さで加速が変わる」ことが事実であるならば,小さなローギヤで激坂を走るときにも違いが出てきます.
私の場合,39x23Tで十数%を超える激坂になると速度は10km/h程度となります.このときクランク半回転ごとに微妙な加減速が生ずるので,加速のために余分なエネルギーが必要になります.
ところがローギヤを大きくすれば激坂でも軽く踏めますからケイデンスを一定に保つことができ,その結果として加減速がなくなり,ホイールの重量差の影響が小さくなります.
シマノがローギヤを大きくしてきた理由は,そのあたりにもあるのではないでしょうか?
(他にも,ギヤが大きい方が駆動抵抗が小さくなるという理由もありそうです.いずれも私の妄想かもしれませんが,笑)

ただし...
今回の加速試験の結果は,単純な物理計算では説明が難しそうです.
やはり,今回の結果は何かの偶然なのでしょうか?
機会があれば,再現性の確認のために再試験をしてみたいと思っています
(今回,レンタカーの返却時間が迫っており,加速試験はあまり多くできませんでした,(笑))

次回の(その4)では「物理モデルへの当てはめ」を行い,モデルで説明可能な部分,不可能な部分をまとめるとともに,全体を総括したいと思います.

(次回(その4)に続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?