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パワーメーターでタイヤの転がり抵抗を確かめてみた話: (その1)ローラー台試験

こんにちは
自転車が大好きなsilicate meltと申します.

このたびパワーメーターを用いてタイヤの性能試験をしてみましたところ,いろいろと興味深いことが分かりましたので,noteにて報告をさせていただきます.


1.はじめに


自転車パーツは昔から感覚的に評価されることが多い.
例えば,
アルミフレームをカーボンフレームに変えるとヒルクライムが楽になる
とか
クリンチャーホイールをチューブラーに変えると走りが良くなる
とか,
ブチルチューブをラテックスチューブに変えると加速が良くなる
とか(さすがに,これは大袈裟だと思うが,笑)である.

もちろん,それらのうちの半分くらいは「プラセボ効果」であることは分かっているつもりだ.お金を掛けてパーツをアップグレードさせるのだから,「効果があって欲しい」と思いがちになるのは当然だろう.
そして,そうしたプラセボ効果は無意味なものではなくて,サイクルスポーツを楽しくさせる,ひとつの大切な要素であるとも思う.

一方で,プラセボではなく,本当に性能に違いがあるように感じることがある.私が現在使用しているパーツに関して言えば,
スチールフレームからカーボンフレームへの乗り換え

チューブラータイヤとクリンチャータイヤの比較
などがそうであった.

最近は,重量と乗り手のパワー,タイヤの違いなどがロードバイクの速度にどのように影響するのかといったことが,簡単な物理モデルで試算できるようにもなった.ただ,そうしたモデル計算をするためには空気抵抗係数とかタイヤの転がり抵抗係数のような,実測しにくいパラメータが必要で,やはりホビーライダーが使うにはまだ半定量的なものに過ぎないようだ.


昨年ポンプメーカーのSILICAのブログで興味深いグラフを見つけた(図1).
路面がスムーズであるとき,タイヤの空気圧が高いほど転がり抵抗係数が低下する(したがって,走りが軽くなる).これはタイヤが変形しにくいほどロスが少ないためであり,昔からロードバイクのタイヤの特性として知られている.

一方でSILICAによると,路面が荒れているとき(普通の舗装路面のとき)にはむしろ高圧にするほど転がり抵抗係数が増加するというのだ
空気圧が高いと変形しにくいから,タイヤが路面の振動を吸収しきれず,バイクや乗り手に伝わり,結果的にロスが大きくなるのがその理由らしい.
そのため,転がり抵抗係数が最小になる空気圧というものが存在するらしい.

図1.SILICAの計測によるタイヤの空気圧,路面状態と転がり抵抗係数の関係
(荒れた)舗装路面では,転がり抵抗係数が最小となる空気圧よりも
1barほど空気圧を高くすると,速度を保つために必要な出力が数W増加するとのこと


私は最近,パワーメーターを手に入れた.
その理由のひとつは,上に書いたような,これまで感覚的にしか捉えることができなかったパーツ特性の違いや,SILICAのサイトで報告されているようなことが,本当にそうなのか? 
自分でも確かめてみたいと思っていたからだ.
(昔から,メーカーの宣伝文句は,測定条件がはっきりしていなかったり,定性的には正しくても定量的には意味がなかったり,そもそもデッチ上げのデータだったりすることが多く,イマイチ信用できないのだ,笑)

私がいま知りたいと思っていることは,具体的には次のことである:

  1. スムーズな路面でパワーが一定の条件で,タイヤの空気圧を上げて転がり抵抗が低下するとき,自分のバイクの速度はどの程度変わるのか?

  2. 実際の舗装路面において,タイヤの空気圧を上げると転がり抵抗も増加するのは本当なのか? そのとき,自分のバイクの速度はどの程度変わるのか?

  3. 自分がいま使っているクリンチャーホイールとチューブラーホイールにはどのような違い(転がり抵抗,加速性能)があるのか?

  4. 出力が1W変わると,自分のバイクの速度は何km/h変わるのか?    その変化率は速度でどのように変わるのか?

これらのことをパワーメーター付きのロードバイクを用いて,
A. ローラー台による定パワー試験
B. 実走による定パワー試験
C. 実走による加速試験
により確かめてみたので,その結果を報告する.


2.ローラー台による試験

2-1 試験方法

<用いた機材>
ロードバイク:LOOK565 (コンポはULTEGRA) (図2)
ローラー台:MINOURA LiveRoll R800 (図2)
サイクルコンピュータ:Garmin Edge840
パワーメーター:Garmin RALLY RK100

クリンチャーホイール:Campagnolo ELECTRON 
クリンチャータイヤ: Vittoria CORSA GRAPHENE 2.0 (23C) (図3)
チューブ:Vittoriaのラテックスチューブ

チューブラーホイール: Campagnolo NUCLEON
チューブラータイヤ:Vittoria Strada (21C, ブチルチューブ) (図3)

タイヤ幅は実測でクリンチャーが24.2mm,,チューブラーが21.8mm
ホイール+タイヤ+チューブの合計重量はカタログスペックで
クリンチャーが2186g,チューブラーが1970g
バイクの重量は約8.0kg,人(私)の重量は67kg

以下,上記仕様のクリンチャーホイールを単に「クリンチャー」,チューブラーホイールを「チューブラー」と呼ぶことにします.

図2.試験に用いたLOOK565とローラー台
図3.試験に用いたタイヤ:
(上) Vittoria Strada 21-28 チューブラー
(下) Vittoria CORSA GRAPHENE 2.0 クリンチャー

<試験方法>
ローラー台で2kmおきに100W,140W,180Wの一定のパワーで走行する.
空気圧は4barから9barまで1barずつ圧力を高くする.
つまり全体で2x3x6=36km走行することになる.
これをクリンチャーとチューブラーのそれぞれで行った.
ギヤ比は50x13Tで一定とした.
Garminで記録したデータを「garmin.py」により数値化して解析した.


2-2 試験結果

図4.クリンチャーのローラー台試験の結果,
上から順にケイデンス(緑),速度(青),パワー(赤)
左から順に空気圧を4barから9barまで1barずつ増加させたときの結果
図5.チューブラーのローラー台試験の結果,
上から順にケイデンス(緑),速度(青),パワー(赤)
左から順に空気圧を4barから9barまで1barずつ増加させたときの結果

試験結果を図4図5に示す.
まず第一印象として,100W,140W,180Wの一定のパワーで走ることがとても難しかった.
パワーメーターを見ながら目標値よりも高ければ少し力を緩め,低ければ少し力を加えるわけだが,そのサジ加減がとても難しいのだ(笑)
上図からも速度やケイデンスと比較してパワーの振れ幅が大きいことがわかる.

そして,クリンチャーとチューブラーでは抵抗が全く異なることがわかった.
先にクリンチャーの試験をして,その後でチューブラーに乗ってみたのだが,チューブラーの1発目,4bar/100Wの試験で
なんじゃこりゃ? と笑ってしまった.
クリンチャーでは4bar/100Wのときに26km/hほどで普通に走れたのだが,チューブラーだと20km/hほどしか出せず,3本ローラーでは今にも転倒してしまいそうなの走りしかできないのである.
しかも,タイヤとフロントフォークが変に共振してしまい,フォークがグワんグワんと不自然に振動するのだ!
フォークがこんな状態になるのは初めて見た(笑)

(ちなみに,私はこれまでずっと固定ローラーを使っており,昨年から3本ローラーに変えた.3本ローラーは導入以来クリンチャーで乗っており,チューブラーで乗るのは今回が初めての経験であった)

こりゃ全然ダメだと思ったが,一応チューブラーも全ての条件で試験をしてみることにした.
なお,この不自然な振動はチューブラータイヤでは最後まで生じていた.

図6.クリンチャーのローラー台試験の結果のまとめ
横軸:パワー,縦軸:速度,エラーバーは標準偏差(1σ)
図7.チューブラーのローラー台試験の結果のまとめ
横軸:パワー,縦軸:速度,エラーバーは標準偏差(1σ)

速度を変えた直後はパワーが一定になりにくかったため,2kmのうち比較的安定している後半の1.5kmでのパワーと速度の平均を求めた.
クチンチャーとチューブラーそれぞれのパワーと速度,空気圧の関係を図6図7に示す.

これらの図から次のことが読み取れる:

  • クリンチャーとチューブラーのいずれも,パワーが大きくなるほど,空気圧が高くなるほど,速度が速くなる.

  • チューブラーはクリンチャーよりも転がり抵抗が明らかに大きい.例えば,6barで30km/hで走行するとき,クリンチャーでは100Wで済むのに対して,チューブラーでは140Wが必要であり,転がり抵抗に40Wもの差がある.

  • パワーを変えた時の速度の変化率はクリンチャーとチューブラーで異なる.1Wのパワーの増加に対して,クリンチャーでは速度が0.6km/h増加するが,チューブラーでは0.2km/hしか増加しない.

  • クリンチャーとチューブラーのいずれも,4barから8barの範囲では圧力の増加によりほぼリニアに速度が増加するが,8barと9barでは速度変化が小さいように見える.このことは,空気圧が高いほど転がり抵抗の変化率が小さくなることを表しているようにみえる.

なおデータは示さないが,この後,前輪チューブラー,後輪クリンチャーにして,7barの条件で走行試験を行ったところ,図6と図7の中間的な結果となったことを報告しておく.


2-3 考察

2-3-1 タイヤの転がり抵抗と振動吸収特性について

実走では図6図7に示されるようなクリンチャーとチューブラーの違いを感じたことはない.それどころか,普段の走行ではクリンチャーよりもチューブラーの方が快適であると感じていたくらいだ.

ローラー台試験での結果の大きな違いは,クリンチャーとチューブラーのタイヤの特性の違いによるものだろう.
一般にチューブラータイヤはしなやかに変形するためグリップも良いが,クリンチャータイヤはサイドが固いために変形しずらくグリップが悪い.そのために,荒い路面ではバウンドしやすく振動吸収特性が劣ると言われている(このことは私も実際の走行ではっきりと感じている)

裏を返せば,チューブラーはクリンチャーと比較してタイヤの変形量が大きいために転がり抵抗が大きくなると考えられ,そのために図6図7に示されるような顕著な速度の違いが生じたのであろう.
硬く変形しにくいタイヤであるほど,転がり抵抗は低くなるはずだ.
タイヤの空気圧を高くすると転がり抵抗が低下するのはそのためだ.

つまり,タイヤの幅と空気圧が等しい条件で比較をしたとき,
一般論として

転がり抵抗が小さなタイヤは路面が良いところでは軽く走れるが,路面が悪いところでは振動を拾いやすい

と言えそうである.


最近のロードバイクはタイヤ幅が太くなる傾向にあり,ディスクロードでは28Cあたりを低圧で乗るのが一般的になってきているようだ.
細いタイヤはタイヤの変形が縦長(進行方向向き)になるが,太いタイヤでは横長(進行方向と直交する向き)になるから,回転しているときのタイヤの変形が小さくなり,結果として転がり抵抗を低くすることができる.
しかし,このとき空気圧が高いままではバウンドしてしまうから,空気圧を下げてクッション性を持たせるということらしい.

とくに,ディスクロードではフレーム末端の剛性が高くなるため,フォークやシートステーによる振動吸収が期待できず,タイヤとホイールで振動を吸収しなければならないから,多少の重量増加があってもエアボリュームの大きな太いタイヤを装着することが求められるようである.


2-3-2 チューブラーで3本ローラーに乗った時の違和感について

チューブラータイヤとクリンチャータイヤでローラー台での転がり抵抗にこれだけ大きな差(図6図7)があると,そのことを既に誰かが指摘しているのはないかと思い,ネット検索をしてみたが,このことを明確に述べているサイトは見つけられなかった.

しかし,チューブラーでローラー台に乗った時の違和感を指摘している2つのサイトを見つけることができたので,下記に引用して紹介する.

明日はタイムトライアルレース。
決戦ホイールを履かしてTTバイクでローラーに乗っておく。
ホイールとシフトの確認。
決戦ホイールはフロントバトン、リアディスクだ。
ホイールの精度かチューブラータイヤの精度かわからないが、これが丸くない。
3本ローラーに乗ると石畳までは言わないが振動が結構出る
実走では気にならないので問題ないのだがどうしたもんだろう。

出典;oceanscafeの駐車場


昨日のローラー台での衝撃の事実とは・・・ホイールから出る”振動”のこと。低速であればあるほどコトコトと振動を感じる。40km/hくらいになると僅かに軽減するもクリンチャーの時のような滑るような感覚はない
(中略)
では振動のほうはというと、二つ思い当たることがある。ひとつはバルブ部分の膨らみ。これはタイヤの振れ取りしていた時に気付いたんですがはバルブの根元の内周部に膨らみがありこれが影響して外周部も膨らんでしまうというもの。バルブを通すリムの穴が大きければこの膨らみもカバーできますがカーボンリムの穴を拡大する勇気はない。そしてもう一つはホイールを継いだ跡。ここが溶接部のように若干盛り上がっており、結果的に外周部に影響を及ぼし振動の元になっていると思われる。

出典:晴れのちロード


お二方とも,チューブラーでローラー台に乗ると,私が感じたのと同じような「不自然な振動」が発生することを述べている.
"oceanscafeの駐車場"氏はこれを「ホイールかタイヤの精度の問題」と推測している.
"晴れのちロード"氏は「バルブの膨らみやホイールの継ぎ目」に原因があると考えたようだ.

しかし私は,今回のクリンチャーとチューブラーの比較試験の結果に基づき,そもそもチューブラータイヤの変形のしやすさがローラー台上で不自然な振動を生じさせており,そのことが転がり抵抗の増大を招いているものと推察する.

地面は平坦だが,ローラー台では直径10cmのローラーの上をタイヤが転がるため,タイヤの変形が地面の場合よりも大きい.
そのため,しなやかなタイヤであるほど変形量が大きくなり,転がり抵抗も不自然に大きくなってしまうのであろう.


2-3-3 Bicycle Rolling Resistanceの信頼性について

Bicycle Rolling Resistanceという,市販されているロードタイヤの転がり抵抗を独自に計測して公開している有料サイトがある.
無料でもその一部を見ることができる.
そこでは,図8のような試験装置を用いて,42.5kgの荷重をかけたホイールを直径77cmのドラムの上に乗せ,ホイールを29km/hとするために必要なパワーをダイナモで計測しているそうである.

Bicycle Rolling Resistanceの測定結果によると,タイヤによって転がり抵抗には数W程度の違いがあるとのことである.
そして,一般的には転がり抵抗は
チューブラー>クリンチャー >チューブレス
の順序で大きくなるそうだ.
やはり,チューブラータイヤはしなやかに出来ているから,転がり抵抗も大きめになりがちなのだろう.

しかし図6図7に示したような,ローラー上でのタイヤの変形の仕方に起因するチューブラータイヤの極端に大きな転がり抵抗力を目の当たりにすると,図8のような試験装置で本当に正しく計測できているのだろうか? という疑問が湧いてくる(笑)

図8,Bicycle Rolling Resistanceでの転がり抵抗試験装置


図9.タイヤの変形量の比較,
(a) 実際の路面での変形,(b) ローラー台での前輪の変形,
(c) Bicycle Rolling Resistanceの試験装置での変形


cbnblogのGleenGould氏は荷重のかかった700x25Cタイヤの変形を数値計算している.それによると,空気圧が7barのときのタイヤの凹み深さは1.5mm程度だそうである(下記リンク).


図9は(a) 実際の路面,(b) ローラー台での前輪,(c) Bicycle Rolling Resistanceの試験装置でのホイールで想定されるタイヤの変形の比較である.この図では平坦な路面で700Cタイヤが1.5mm凹んだとき,そして(b)と(c)ではローラー上で想定されるタイヤの凹み方を縮小スケールで描いている.

Bicycle Rolling Resistanceのようなドラムを用いた試験では,平面条件よりもタイヤの接地面積が狭いのでタイヤの変形量が大きくなるはずで,実際に地面を走行した場合よりも転がり抵抗値が系統的に高めに計測されているのではないだろうか?
そして,転がり抵抗が高いタイヤであるほど,実際(平面の場合)よりも計測値が高めに過大評価されている可能性がある.
特にチューブラーのような「しなやかなタイヤ」は,こうした試験機ではドラムの曲率の影響が出やすく,高い値になりやすいものと考えられる.

ちなみに,転がり抵抗をより正しく計測する方法としては,例えば図8のような計測を直径の異なる複数のドラムに対して行い,転がり抵抗とドラム直径(曲率)の関係を指数関数などで近似したのち,直径を無限大にしたときの抵抗力を読み取る方法などが考えられるかもしれない.


2-4 ローラー台試験のまとめ

3本ローラーを用いて,パワーと速度の関係をクリンチャータイヤとチューブラータイヤで比較したところ,次のことがわかった.

  • 3本ローラー上でのタイヤの転がり抵抗は,クリンチャータイヤよりもチューブラータイヤの方が顕著に大きい.

  • チューブラータイヤで3本ローラーに乗ると不思議な振動が発生する.この振動は他のブログでも報告されており,普遍的な現象のようである.(3本ローラーはチューブラーで乗るモンじゃないですね,笑)

  • ローラーに乗せたタイヤは平面の場合よりも変形量が大きくなる.チューブラータイヤで発生する振動と大きな転がり抵抗は,タイヤ自体がしなやかに出来ており,クリンチャーよりも変形しやすいために生じていると考えられる.

  • Bicycle Rolling Resistanceで報告されている "タイヤの転がり抵抗" は実際の平坦な地面を走行した時の値よりも過剰見積もりされているものと考えられる.そして,転がり抵抗の小さなタイヤと大きなタイヤの相対的な差も過大評価されている可能性がある.



好き勝手に書いていると,つい長くなってしまいますね(笑) 
ここで一旦小休止

最初は,SILICAが報告した「舗装路面では空気圧をあげると転がり抵抗が高くなる」という図1の現象に興味があったのですが,3本ローラーでクリンチャーとチューブラーを比較したときの,あまりの違いにビックリし,実際の舗装路面ではどうなんだろう? (走っていてこんなに大きな差は感じたことはないのだが…)ということの方が,とても気になってきて,SILICAのこととかはどうでも良くなってきちゃいました(笑)

次回の(その2)では「舗装路面での実走試験」の結果を報告したいと思います.

(次回(その2)に続く)


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