僕が遭遇したサイクリングでのトラブルの話 (昔話です): その4
(その3)からの続きです.
6.家の近所で事故った話
1988年4月,僕は念願だった新車のロードレーサーを手に入れたのだが,その1年後に事故に遭いフレームを破損させてしまうことになるのであった.そのときの出来事を以下に記す.
僕は中2の4月からロードマンでサイクリングを始め,中3の4月に中古のスポルティーフに乗り換えた.
スポルティーフは沢で遭難したときに傷だらけになってしまい,さらに酒田の跨線橋での転倒でフロントフォークを交換するなどしてズタボロの状態であったが,それでもパーツを少しずつ105や600EXに交換するなどして,自転車の改造を楽しんでいた.
僕が熱心に自転車を整備し,頻繁にサイクリングに出かける様子を見て,親が考えてくれたのか,高校の入学祝いとして,初の新車のロードレーサーを買ってもらえることになった.
僕は既に重度のパーツマニアと化していたので,もちろんバラ完自作をする気マンマンであり,高校入試が終わった翌日から,早速フレームとパーツの検討を開始した.予算は総額20万円以内.参考にするのはサイスポのパーツカタログだ.
僕は新車を買う上で国産車やオーダー車には興味が無く,最初から本場の欧州フレームにしようと思っていた.
当時僕が憧れていた理想のロードレーサーは,LOOKのKG86カーボンかRossin GHIBLI (コロンバスSLX)にカンパのコルサレコードを組み合わせたものだったが,それらは高校生には分不相応な高級車であった.
LOOKやRossinは買えそうになかったので,それ以外の欧州メーカーの中から,優先事項として,
(1) デザインがカッコいいモノ
(2) パイプはレイノルズ531か753,またはコロンバスSLかSLX
(3) できればプロが使っているのと同じモノ
ただし,コルナゴとビアンキは除く (なぜなら当時すでにミーハー的なメーカーと化していたから,笑)
という条件をできるだけ満たすものから選ぼうと思った.
カタログ掲載のフレームの中で候補に挙がったのがコレ↓
RALEIGH Professional である.
カラーリングが最も気に入ったこと,レイノルズ531チューブであること,
そして同じフレームをオランダのPanasonicチームが使用していた…
という訳で,3つの条件を全て満たしていたのであった.
カタログの掲載価格は13万5千円である.
しかし,当時は輸入フレームがまだ "舶来モノ" と言われていたような時代で,カタログに掲載されている欧州フレームも
「国内のどこかのプロショップで売られている可能性がある」
という程度の情報でしかなく,当然サイズのことも考えなければなかった.
現実的には,予算の範囲内で在庫の中から決めるしかないので,僕は町田のイトイサイクルに向かった.当時,家から最も近く,欧州フレームの在庫が最も多い店がイトイなのであった.
さて,そんな訳でイトイに向かったのだが,なんとそこにはカタログとまったく同じ RALEIGH Professional が展示されていたのであった.
「日本のどこかでは売っているんだろうな…」という程度にしか思っていなかったから,まさかそれがイトイにあるとは思わず,とてもびっくりした.
しかも,価格は9万円だった.
サイズは540mmで自分にぴったりで,価格も思っていたよりもずっと安かったので,フレームは何も迷うことなくすんなりとこれに決まった.
ホイールはカンパリム+アルテグラハブ,コンポはシマノSanteにした.
当時,僕はこのRALEIGHのフレームをサイスポのパーツカタログで見つけただけで,近隣ショップの吊るしはもちろん,サイスポの記事や広告でも見たことがなかった.そして,今インターネットで検索をしてもこのRALEIGH Professionalは国内での所有者や中古車サイトでの取り扱い例は見つからない.
僕がこのカタログと全く同じRALEIGHをイトイで購入できたのは本当に偶然のことで,当時的にも相当レアなものであったことは確かである.
(余談であるが,その後もイトイでは他店に無い珍しい欧州フレームを目にすることが多く,なかなか楽しいショップであった)
このRALEIGHではいろいろなところに走りに行き,数え切れないほどの思い出があるのだが,そのあたりのところは省略する.
1989年5月のある日の放課後(当時,高校2年生),僕は10日後に迫った幕張でのクリテリウムレースに向けたトレーニングに,このRALEIGHで出かけた.
家の近くに交通量多い県道に交通量の少ない市道がつながる下図のようなT字路の交差点があった.市道側からは左折する車はほんどなく,大半の車が右折をする場所であった.
市道側から走ってきた僕は,信号が青だったため,上図のようにそのまま右折をした.このとき,他に市道側から交差点に入った車は無く,車両は自分だけだった.
右折後,僕はいつものように下ハンを持って加速をし始めた.
ところがそのとき,赤信号で並んでいた反対車線の車の隙間から,突然シティーサイクルに乗った30代くらいの男性が飛び出してきて衝突をしてしまったのであった (下図).
ブレーキをかける間もなく一瞬の出来事であった.
衝突の瞬間,僕の体は慣性の法則でロードレーサーの車体前方に飛び出す形になって顔面がシティーサイクルのハンドルに衝突し,その衝撃でRudy Projectのサングラスが破損してしまった.
自分も相手も怪我は無かったものの,僕のRALEIGHはフロントフォークが横向きに変形し,前輪はパンクしてしまっていた.
(相手のシティーサイクルの状況は覚えていない)
サングラスが壊れてしまったのはまだ許容できた.
ショップに行けば同じものがすぐに手に入るのだから.
だが,欧州フレームは国内マスプロメーカーの大量生産品とは違って,そう簡単に手に入るモノではないのだ.
僕はこのとき,
あぁ,もう2度とRALEIGHに乗れなくなってしまった...
と思った.
しかし,RALEIGH Professional の現物は無理でも金銭的に相応の弁償をしてもらう必要がある.
絶対にそうであるべきだと思った.
ところが,相手は思いがけないことを口にした.
相手:「僕も悪かったけど,君だって赤信号だったんじゃないのか?」
僕:「 いいえ,青信号の市道から県道に入ったところでした」
相手:「・・・ (沈黙)」
この事態をどのように収拾させるべきか?
僕も相手も困った顔をしながら思案していた.
僕としてはとにかく弁償をしてもらいたい.
だが,こちらからそれを言うのは憚られた.
相手は大人で,こちらは16才の高校生である.
分別のある大人なら向こうから「弁償する」と言うはずだし,そうでなければならない.
僕はパンクした前輪のチューブラータイヤを交換することにした.
どうせフロントフォークが変形してしまっていてそのままでは乗れないし,家も近いから,タイヤ交換などせずに押して帰ればいいのだが,「弁償する」という言葉を引き出すための時間稼ぎをしたいと思ったのだ.
それに「こっちはパンクまでしてしまっているんだ,どうしてくれるんだ」という意思表示の意味もあった.
ところが,相手は思いがけない行動に出た.
僕のタイヤ交換を手伝おうとするのである.
タイヤを剥がして,スペアをはめるだけなのだが...
僕としては手伝ってくれなくてもいいから,とにかく「弁償する」という言葉を聞きたいのだが,一向に出てこない.それどころか,相手からは
「タイヤ交換を手伝うことで許してもらおう...」という意思を感じた.
本当に困ってしまった...
当時の僕は,反抗期真っ只中の高校生であった.
相手が間違っていて自分が正しいと思うことはその相手が誰であろと,怯まずに主張し議論する主義で,数学の鬼教師のO先生に反発して激しく口論したり,英語の女の先生を授業中に泣かせてしまったりしていた.
だが,この事故に遭ったときの僕は,被害者ではあるものの相手に強く当たることができなかった.
それに「このRALEIGH Professional はイギリス製の珍しい車体で...価格は〇万円で...」みたいなことも自分からは言いたく無かった.
ロードレーサーはスピードが出る以上,思いがけない事故に遭う可能性があることは理解していた.
相手は車が来ないことを確認して県道を横断したのだろうが,ロードレーサーが突っ走ってくるとは思わなかったのだろう.
そして僕の方も,まさか対向車線の車の隙間からシティーサイクルが飛び出してくるとは思わなかった.
相手は運が悪かったが,僕も運が悪かったのだ...
しばらくして,相手が観念したように財布から1万円札を取り出し,僕に差し出した.
そして,さっきまでとは違う少し明るい表情で
「これで勘弁してもらえないかな?」
と言った.
正直,フレームを買い替えるには全く足りない額なのだが,もうこれ以上粘っても埒が明かないと思った僕は,それで納得することにした.
レースが迫っていた僕は,その後すぐにイトイサイクルに向かい,受け取った1万円に自分の貯金4万円を足して,廉価版のRossinに乗り換えることになるのであった (そのときの話は以前この記事に書いた).
さて,この事故のとき私は上のような対応しか出来なかったのだが,現在もしも同じ状況になったらどのようにすべきか? についても記しておきたい.
まず,そもそもなのだが,交通ルールの観点ではそのまま右折をするのではなく,一旦県道を渡ったのち方向を変え,信号機が青になってから県道を直進する二段階右折をするのが正しい走り方である.
最近調べて知ったのだが,実は当時の交通ルール的にも自転車は2回に分けて進むべきケースなのであった.
しかし当時,このような交差点では私だけでなく多くのサイクリストが私と同じ走り方をしていたと思うし,当時は「二段階右折」という用語すら聞いたことがなかった.
相手が横断歩道でない車道を渡ったのは,明らかにルール違反なのだが,もしも僕があのとき二段階右折をしていれば,この衝突事故は起こらなかったはずである.
そして当時の僕は,自転車同士の事故で怪我もないのに警察を呼ぶなんて大げさなことだし,示談で済ませるものだと思っていた.
しかし,怪我のないケースであっても軽微とは言えない物損があるなら,たとえ自転車同士の事故であっても警察を呼ぶのが正解である.
あの事故の後,帰宅した僕はフレームをチェックした.
僕のRALEIGHはフロントフォークが変形してしまっただけではなく,真正面から強い力が加わったせいで,トップチューブとダウンチューブのヘッドの付け根付近がほんのわずかだが変形し,ヘッドアングルもわずかに大きくなってしまっていた.
フロントフォークはできる限り自分で直した.スチール製のフォークは少しずつ体重をかけながら押せば変形を戻すことができるのだ.
なんとかホイールをはめて乗れるくらいにはなったが,治具を使わない目分量での修正だからまだ狂いがあり,直進性の悪いフレームになってしまった.しかし,街乗り用としては十分だったので,セカンドバイクとして10年ほど使用した.フレームはいまでも部屋に保管してある(下の写真).
僕はこれまでに5本のスチールフレームに乗ってきたが,もっとも反応がよく快適に乗れたのは,このRALEIGHであった.
最近はビンテージバイクの修正をしてくれるショップもあるらしいので,そのうちこのフレームも依頼して(ヘッドアングルの修正は難しいかもしれないが,フォークだけでも… ),いつか再び昔のパーツをつけて乗りたいと思っている.
(その5)に続く
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