「どこも同じテナントばかり」の先へ。 “賞味期限のない”街づくりを目指す、下北沢・BONUS TRACKの挑戦
ここ数年、下北沢駅周辺の激変ぶりに驚く人は少なくない。
演劇や音楽などのカルチャーの街として知られる下北沢で今、街と文化が手を取り合い、ともに盛り上がっていくための新たなうねりが生まれている。
なかでも存在を際立たせるのは、下北沢駅西口から遊歩道を4、5分歩いたところに位置する小田急線の線路跡地エリア「BONUS TRACK(ボーナス・トラック)」だ。テナントに入っているのは、いずれも独自のユニークなコンセプトを掲げる書店やレコード屋、カレー屋……。
各店舗の個性がひしめきあう様子は下北沢の街にマッチしながら、訪れる人たちを楽しませる。
駅前の再開発と言えば、大型の商業施設が新たに開業し、そこに入るテナントはどこも同じようなチェーン店ばかり……
といった風景も珍しくない中で、地域の特色や文化を残しながら、街と有機的に結びつく施設開発・運営ができるのはなぜなのか。
SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第8回では、BONUS TRACKの運営を担う株式会社散歩社の創業者兼プロデューサーの小野裕之さんに話を聞きに行った。
均質化したアウトプットをなぞるのでなく、独自の「豊かさ」を追求する姿勢の背景にあるものとはーー
「面白い街」とは、一体何か?
東北沢駅から世田谷代田駅の地下化に伴い誕生した、全長約1.7㎞の小田急線線路跡地「下北路線街」の一角に、BONUS TRACKが開業したのは、2020年4月。新型コロナが猛威をふるい緊急事態宣言が出された時期だった。
再開発エリアは13の街区に分けられており、土地は20年間の定期借地権。それぞれの街区をマスターリース(※)する企業が運営する形をとっており、散歩社はこのマスターリース企業として、BONUS TRACKの区画をマネジメントしている形だ。
※マスターリースとは、施設運営会社(ここでの散歩社)が転貸を前提としてオーナー(ここでの小田急電鉄)から一括借り上げすること
BONUS TRACKの大きな特徴は、賃料を抑えながら、独自の文化的・社会的ミッションを掲げるテナントを誘致することに成功している点にある。
資金力はないが新たなチャレンジを実践している個人店舗が出店しやすく、それが下北沢という街のオリジナリティにもつながっている。
というのも、BONUS TRACKのあるエリアは「第一種低層住居専用地域」という制約の多い区画で、高い建物は建てられず、店舗も基本的には住宅付き店舗のみが出店可能という状況。都市開発を行うデベロッパーからも、出店を検討する大手チェーンをはじめとするテナント側からも嫌厭されがちな条件を、小野さんは「むしろ可能性がある」と捉えたのだ。
近年、都心部の地価高騰に伴う店舗の立ち退きが増加している。下北沢エリアも例外ではない。そんな中、駅からほど近い場所にあるBONUS TRACKを周辺よりも安価な価格で貸し出すことができれば、一帯をより面白くする「仕掛け」が作れるのではないか。
小野さんはこれまでの都市開発の常識や定石に従うのでなく、長年のメディア運営や取材で培った経験に裏打ちされた仮説をBONUS TRACKで形にしてみせた。
「多くのデベロッパーは賃料を上げる方向へ持っていきがちです。理由は明白で、家賃収入が最大化されるからです。しかし、賃料を上げると入居するテナントはその高い賃料を払うことができる店ばかりになっていき、結果としてテナントの多様性が失われていくんです」
「でも、本当に街の価値を上げるためには、多様なコンテンツが揃っていることが重要ではないでしょうか。そして、そのためには目利きが必要。自分たちの存在意義はここにあると考えています」
点と点を、未来に向けて繋ぐ。“編集者”だからできること
そもそも小野さんがこのエリアの再開発に携わることになったのはなぜだったのか。
BONUS TRACK運営のきっかけは、小野さんが経営メンバーとして関わっていたウェブメディア「greenz.jp」時代にまでさかのぼる。
25歳で様々なソーシャルグッドな取り組みを紹介する「greenz.jp」に参画した小野さんは、自動車メーカーやデベロッパーなど多種多様なクライアントとの記事制作やワークショップ運営など幅広い協働プロジェクトをリード。非営利メディアの収益化という大きなチャレンジに邁進した。
だが、ある時ふと「メディアとして伝えるだけでなく、自分の手で実践してみるべきではないか」という思いが芽生えた。
「greenz.jpには過去6,000本を超える、ソーシャルデザイン、ビジネスの実践例が掲載されてきました。そうすると、大体わかってくるんですよね。『この課題を解決する場合はこんな感じのビジネスになるだろう』って」
「単に取材をして、良い事例を伝えるだけではメディアの側もやがて停滞するという危機感がありました。だからこそ、あるフェーズではメディアとして伝えることに専念しながら、次のフェーズでは自分たちが実践者の側に回る、そしてまたそこで得た気付きをメディアとして紐解き、より多くの人に伝えていくというメディアと実業の行き来が大事じゃないかなと思ったんです」
そうして足を踏み入れたのは店舗経営の世界だ。
日本橋で「おむすびスタンドANDON」を出店すると、自分の店だけでなく周辺の日本橋エリアの活性化を目指すマーケットの開催や広報活動などにも精力的に取り組んだ。
そんな日本橋でのチャレンジを目にした小田急電鉄から舞い込んだのが、下北沢の線路跡地のマスターリースに関する相談だった。
小田急電鉄側の担当者は、greenz.jp時代にイベントで対談したこともある10年来の知り合い。BONUS TRACKの運営は実店舗経営とはまた異なるノウハウが必要となるが、numabooks代表で下北沢で「本屋 B&B」を経営してきた内沼晋太郎さんに声をかけ、ともにチャレンジすることを決め、散歩社を創業した。
テナントには、greenz.jp時代に知り合った個人店舗を誘致した。「編集者」として培ってきた点と点が線になった瞬間だった。
「同じような店」ばかりの商業施設でいいのか?
次から次に再開発プロジェクトが持ち上がる東京において、ユニークな商業施設のあり方を模索し、注目を集めるBONUS TRACK。このような取り組みを、下北沢以外のエリアで再現することは果たして可能なのだろうか。
小野さんは「デベロッパーの目線さえ変われば、あらゆるエリアで再現可能です」と断言する。
従来、デベロッパーにとって商業施設は長年「稼ぐ部門」として重宝されてきた経緯がある。住宅やオフィスなどより賃料を比較的上げやすいからだ。
立地の良さや建物のスペックの良さを理由に高い賃料を稼ぎ出す「ドル箱」的な商業施設をつくり、結果として出店者から多くの対価を得るーー。
こうした旧来のビジネスモデルをデベロッパー自身が見つめ直せるかどうかにかかっているのではないかと小野さんはいう。
「デベロッパーの多くは売り切りビジネスです。早く開業し、早くテナントで埋め、早く売却するという発想が根強い。だからより多くの賃料を払うことができ、“失敗しない”ことが見込める大手チェーンばかりがテナントに入ってしまうのではないでしょうか」
東京における様々な再開発を例にとっても、BONUS TRACKが重視する「テナントの多様性」とは真逆の商業施設は少なくない。
「イベントスペースやポップアップスペースで多様性を演出する事例も実際に見受けられますが、僕からすればややグリーンウォッシュ、SDGsウォッシュ感が強く感じられる演出も多いのが正直なところ。同じようなチェーン店やハイブランドばかり集めるような再開発は、開業時にクライマックスを迎え、開業後から育つコンテンツやカルチャーに乏しく、飽きられたら全面リニューアル。ある意味、オープンした時点で賞味期限が決まっているようにさえ見えます」
従来の不動産ビジネスは「それほど野心的な挑戦がなくても、大きな元手を必要とすることから十分に参入障壁は高く、また立地などの条件次第で十分儲けられるため、失敗しないことを重視した前例主義の大雑把な計画も多く、残念ながら『土地転がし』的な要素も少なくない」と小野さんは指摘する。
「でも、こうした開発を続けた先に街が本当に豊かになるのか。そろそろ問い直す必要があるのではないでしょうか」
次なる挑戦は、旧池尻中学校跡地で「民主主義の練習」を
長期的視点に基づくまちづくりを増やすため、小野さんが“ゲームチェンジャー”として期待を寄せるのが行政だ。
「街づくりってやっぱり公共性の高い事業だと思うんです。その意味では、まちづくりの成功例でもよく挙げられるポートランドが、都市周辺部の強力な開発規制があってこそ面白くなったように、ピンチはチャンス、必要は発明の母、もっとクリエイティブな発想を促すような規制が強くてもいいんじゃないかと個人的には思ったりもしますね」
「その開発によって本当に街は多様になるのか。行政がより踏み込んで計画に携わることで、より豊かなまちづくりが可能になると思います」
実際、散歩社も行政との協働プロジェクトに着手している。それが世田谷区と推し進める旧池尻中学校跡地の活用プロジェクトだ。
2025年開業予定のこの場所は「みんなの“やりたい”を集める実験的コモンズ」をコンセプトに掲げ、創業支援や産業活性化の拠点といった一面を持ちつつも「一般の人々が日常的に利用できる場所を目指している」と小野さん。
「普段はIT企業に勤めているような人が副業として地域課題解決型のビジネスをやるとか、そんなチャレンジを後押し、育てていく場所にしていきたい。それなりに所得の高い人も多いエリアなので、投資家的に地域に関わってもらうのも良いのではないかと考えています」
そこでは、資金提供のみならず本業で培ってきた人脈の紹介や、ビジネス上の助言といった形での支援も考えられる。
「こうした地域への還元とその循環が広がれば、民主主義の練習になる」と小野さんは言う。
「本来は投票行動だけが政治に関わる術ではないはずです。地域課題を解決するためにビジネスをやるというのも、一つの民主主義のあり方。納税さえしてればいいなんて、時代遅れすぎませんか?(笑)地域への還元や循環の形はもっとあるし、その模索をしていく過程こそが民主主義ではないでしょうか」
点と点をつなぎ、文脈をつくっていく編集者の挑戦には、日本全国の街づくりやコミュニティの形を大きく変える可能性が秘められている。
SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)
〜「散歩社」が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜
まちづくりや不動産といった資産のあり方とインパクトを結びつける重要な考え方として、「ジェントリフィケーション」(注1)があります。
ジェントリフィケーション(gentrification)とは、「都市の高級化」を表す言葉で、比較的低所得者層の居住地域だった場所が、再開発や文化的活動などによって活性化し、その結果、地価が高騰し居住者の所得層が入れ替わることを意味します。
ジェントリフィケーションが起きると、結果として、治安の向上が起きたり、人口が減りつつある地方では、再開発によって再び居住者が増え、活性化につながるということがあります。一方で、そのもともとの意味合い的にも、「労働者階級が住んでいたエリアに中間階級者が住むようになり、家賃が高騰して労働者階級が立ち退きを迫られた」などの負の側面を強く持つ言葉として知られています。
今回取り上げた散歩社が運営・管理する、BONUS TRACKがある『下北沢』も、今まさしくジェントリフィケーションに直面している地域です。(注2)
渋谷(京王井の頭線)・新宿(小田急線)が共に乗り入れする最初のターミナル駅であり、それらの街が100年に一度の再開発と言われる中で、共進化する形で再開発が求められている、戦略的にも重要拠点だと考えられます。実際に下北沢の中心街の再開発は凄まじく、魅力的な商業施設の新設や最新設備の整った集合住宅が乱立し、家賃上昇や地価向上が起きています。
他方、下北沢といえば、サブカルチャーの街であり、その文化を生み出し街に魅力をもたらしていた中心は若者の人たちです。このままジェントリフィケーションが加速すると、創造性を担う若者たちが減り、最終的には街から個性や魅力が失われていくリスクとなります。
本文中にも触れていますが、そういったリスクに対して、BONUS TRACKは「第一種低層住居専用地域」であることを活用し、個性的な個人商店や事業者が他所よりも低い家賃で出店し続けることができる、インパクトのある仕組みを生み出しているといえます。(注3)
まさに下北沢において、ユニークなカルチャーを守りながらも発展する新しいタイプの商業施設という強いポイントがあるわけです。
今後展開予定の旧池尻中学校跡地の再開発も含めて、散歩社が繰り広げるまちづくりや拠点開発が面白いのは、市場経済や資本主義の力学を理解・直接的に受けながらも、ある種そのような力学に抗う試みだと捉えられる点だと言えます。
それはまさに我々が求めるインパクトエコノミーの一つの形と言えるのではないでしょうか。
(注1)もともとはイギリス・ロンドンを中心に確認された現象で、1964年、ルース・グラスという社会学者の『Aspects of change(変化の側面)』という書籍で初めて使われました。「ジェントリ」とはイギリスの地主層を指す言葉であり、語源的にはそういった裕福な階層の人が住む空間に都市が変化すること、gentry-fy から派生して生まれた用語と言われています。近年、ジェントリフィケーションは世界の主要都市で共通の問題となっており、日本でも東京都の都心部や湾岸地区などで、再開発により高級マンションや高層ビルに建て替えられた事例があります。
(注2)少し余談ですが、世田谷区というと都会というイメージがあるかもしれませんが、実は商店街のシャッター街化や集合住宅における独居老人の増加など、地域と変わらず様々な社会課題が生じている生の現場でもあります。
(注3)不動産やまちづくりとインパクト投資の相性は非常に良く、今回のような意図を持った事業者の呼び込みは「コミュニティ投資」と呼ばれ、様々な知見が現在も生まれています。今後まちづくりにおいて、インパクト測定・マネジメントを用いることで、これまでとは違った形で誕生・成長していくテナントや商業施設が増えていくことが求められていくと考えられます。
◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。
【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/取材・編集:湯気】
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