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サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』の魅力

先ほど読書の記録としてリリースした記事でも言及したが、全く魅力、内容が伝わらない記事となってしまった自覚があるので再度言語化を試みた。

きちんと伝えるポイントを意識して書いたつもりだ。

読んで私が感じた魅力を紹介することを目的としたが、この本を読め!というつもりはないので大事なところを隠すような書き方をしていない点にだけ注意いただきたい。

また、始めの章は私の話なので読み飛ばしていただいて構わない。

特に注意のない限り、引用のページはサイモン・シン著『フェルマーの最終定理』より。

この本を手に取った経緯

私は科学が好きだ。

詳しくはない。特に数学については、高校レベルで不安があるくらいだ。

また、科学に取り組む者が好きだ。どのように好きかというと、

「20 kmをキロ3で押せる長距離ランナーすごい!!!」
「自分磨き頑張ってこんなに美しいアイドルすごい!!!」

と思うのと同様に

「微分方程式サラッと解けるのすごい!!!そもそも事象を数式で表せるのがすごい!!!」

くらい単純に、ばかみたいに、自分のできないことができる人たちへの憧れと敬意がある。

理解の及ばないところがありながらも、この現象はこのように記述される、と化学反応式や数式が示されるとなんか綺麗だな感嘆してしまう。



わからないし理解する努力を諦めてしまった部分も多くありながらコンプレックスを覆い隠すように科学に触れたくなる。

そんな感情の最中、理工書への誘い的な書籍を手に取り、今回紹介するフェルマーの最終定理を知った。

3ページでまとめられた概説ながら、後の魅力③で紹介する部分に言及しており特に興味を持った。


フェルマーの最終定理とは?どんな本?

フランスの裁判官にして数学者フェルマー(1607~1665)が書き残した以下の定理のこと。

1995年にアンドリュー・ワイルズによって証明されるまで3世紀に渡って未解決問題として、多くの数学者たちを悩ませてきた。

3 以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない―wikipedia 「フェルマーの最終定理」より


特許が絡むような問題がなく、積極的に意見交換が行われる数学の舞台では珍しく、フェルマーは他の数学者たちとほとんど関わりを持たなかった。

また、多くの問題を解き定理を証明していたというが、それを他人に理解できる形で丁寧に説明したり、論文として書き残したりことは少なかった。

この最終定理も他の業績と同様に数学書の片隅に書かれながらもその証明はどこにも残っていなかった。

〈私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない〉- p. 118 数学書の片隅に残されたフェルマーのメモ



この本はフェルマーの時代、そして証明に挑んできた人々、少しずつ助けとなった手法、そしてアンドリュー・ワイルズが証明成功に至るまでの過程を時系列で記述したノンフィクションである。

テレビ制作者による著作ということもあり、一般向けに書かれている。専門的な知識を全く要さず読むことが出来る。


魅力①数学の奥深い世界

数学は厳格さを求める点で他の学問と一線を画している。

他の学問は、仮説の誤りが見つかれば新たな仮説が取って代わるという仮説と実証の繰り返しで発展してきた。そして、今後も現在信じられていることが反証されるかもしれないし、そのようにして少しずつ真実に近づいていく。

対して数学の証明は、一度明らかにされたらそれは恒久的に正しいことになる。論理で埋められた証明は覆されることがない。

私の知人にも「趣味数学、余暇時間に取り組むのは証明」という稀有な存在がいる。

本当に何を言っているのかわからなかった。

しかしこの本を読んだ今、数学の面白さ、奥深い世界というのが少しだけわかった。



冒頭で示した方程式の形は至ってシンプルに見えるが、この実証のためには多くの領域(主に示されていたのは数論、楕円方程式、更に証明方法)に跨る知識が必要だ。

証明に挑んだ初期の一歩は、各自然数nについて定理が正しいことを示すものだった。

誰がn=3の場合に正しいことを示した、誰はn=5の場合で。といった具合に。

最終的にワイルズ博士が証明に成功したことを書き著した論文は200ページに及ぶ。

私の知っている証明は、教科書に載っているせいぜい1ページか2ページのものしかなかった。

多くの技を使いながら、点と点の間を埋めるように論理を詰めていくというプロセスを知り、「証明」という言葉の意味を初めて正しく理解した気分だ。

同時に、数学者への漠然とした憧れがより具体的な形をとって現われた気がする。

彼らは単に数値計算に長けているのではなく、論理を扱う高度な思考力を持っているのだ。


魅力②幼少期からの夢とサクセス・ストーリー

ワイルズ博士は10歳の頃に図書館の本でフェルマーの最終定理に出会った。

いつか自分がこれを証明する、という夢を抱き成長していく。

大学ではもちろん数学を専攻したが、大学院時代にはまだフェルマーの最終定理に向けて具体的に取り組んでいたのではない。

彼は定理の証明には並ならぬ時間と集中が必要で、博士号取得のための研究では手に負えないことがわかっていたからだ。

しかし、夢を追う気持ちは変わらず、卒業後本腰を入れてこの難問に取り組み始める。

ワイルズ博士が語っていた通り、幼少期からの夢を追い続けるのは誰にでもできることではない。

「フェルマーの最終定理ほどの問題には、もう出会えないでしょう。これは子供のころに抱いた情熱なのです。代わりになるものなどありません」

「大人になってからも子供のときからの夢を追い続けることができたのは、非常に恵まれたいたと思います。これがめったにない幸運だということは分かっています。」―p. 461

幼少期から夢を抱き続け、人生を捧げて掴んだ成功物語という観点は楽しめる人が多いだろう。


魅力③時間をかけて基礎を身に着ける姿勢

20世紀に入っても数学の舞台の在り方にはフェルマーの時代と共通する部分があった。

それは、数学者たちが学会やお茶の時間といった交流の場で刺激を与え合い進歩していくこと。

対してワイルズ博士は教員としての仕事を続けながらも学会参加やその他の交流を絶ち、自宅に籠って研究を進めることを選んだ。

難問を生んだフェルマーその人と同様に、異端なアプローチである。

(ワイルズ博士はこの研究を秘密裏で行ったため、当初は異端視されること自体なかったが。)



隠遁生活でまず、彼は証明に失敗した先人たちの仕事を学んだ。集中し、理解に努めた。

また、現存する数学的手法を改めるなど徹底的に基礎を固めた。

現在他の研究者たちが取り組んでいる課題など、他の問題からは距離を置いての研鑽だ。

これは数週間、数ヶ月ではなく年単位での取り組みだった。


この姿勢が、私はかっこいいなと思った。

他の数学者たちとの交流は、論理に詰まった際の突破口を導く刺激や応用範囲を広げるヒントになるはずだ。

これを絶ったというのは、まず徹底的に基礎を固めることで、3世紀に渡り未解決で残った難問と戦う武器を磨きあげようとしたのだろう。

実際に武器を取り、戦いを始めるのはもっと先としてまずは力をつけることから挑戦を始めたのだ。


その後彼は一度現存する数学的手法では証明は不可能だろうと結論する。そして再び学会参加などにより新たな武器を探す段階に入る。

新たな知見を得たものの、基本的なスタンスは変わらない。徹底的な理解に時間をかけたうえで、応用の拡張を試みる。

挑戦の始まりから証明の成功が世に認められるまでは8年を要したという。

ここで全ての過程に言及することはしないが、ワイルズ博士の成功は物事に集中して取り組みつづけた人だけが至ることのできる境地で収められたことだけは想像いただけるかと思う。


むやみに先を急ぐことなく丁寧に、あるいは愚直に向き合い続ける。それによって成功の糸口を掴む。

小さいが無限に続く階段を、一段も飛ばすことなく上がっていくようだと思う。

世の中には基礎を無視した奇抜なアプローチで解決できる課題もあるだろう。

しかし、ワイルズ博士がしたように一歩一歩をしっかり踏みしめて前に進むことによる成功の物語は、私にとって読んで心地いい。

効率性とは反するかもしれないが、私は正当な手順を踏んだものが個人的に好きだ。

その観点から、この物語は非常にいいものに感じられたのだ。



完全に蛇足だが、アニメだけみた話題作鬼滅の刃で個人的に「いい」と思った点もまさにここにあった。

鬼になった妹を救うために主人公炭治郎は修行を始める。

この厳しい修行に2年(1年半だっけ?)かけたという描写に賞賛を送りたい。

強くなるためにポテンシャルやチート設定が重視されていないのは、普通の人である私にとって救いになる。

数学の難問にも、鬼にも挑む気はないのだけれど。


あとがき

意識的に本を読もうと思ってから日が浅く、特に多くの本を読んできたわけではない。

また、読んだ本を振り返りnoteにまとめるというのもごく最近になって始めた取り組みだ。

しかし今回、読書の記録を認めるうちに「この本、最近読んだ中では1番面白かったな」と思い至った。

そして、記録用として雑にまとめるのではなく真剣に向き合ってこの記事を書くことに決めた。

ワイルズ博士の生き方に見つけた魅力②、魅力③はある数学者に限らず、私が好きなものに通じる大切な価値観なのだと改めて気づくことができた。

今後も妥協せず読むこと、書くことの訓練にこの場所を使っていきたい。

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