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リンクスの断片ハイスクールギャンビット 謎の思念波 3

83「…そのナイフは…僕と同じところから」①

 翌朝、僕は少し寝不足気味で起きることになった。慣れない宿題に手こずった上に、ジャンクさんの来訪で深夜まで起きていたからだ。
 朝食を取るために食堂にゆくと、そこにはセイバーさんがいて、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。みんなはまだ起きていないらしい。セイバーさんは結局昨夜、サンドマンバームガーデンに泊まったのだ。

「セイバーさん、おはようございます」
「お、早いな。昨日はいきなり大変だったが、大丈夫か?」
「大丈夫です」

 セイバーさんに僕は即座に答える。体力的にはこの程度、全く問題ない。今のところ手強いのは宿題だけだ。
 僕はトーストとミルク、チーズで朝食を取ることにした。するとセイバーさんはタバコに火を付けて僕に言った。

「リンクス、今日は学校が終わったら事務所の方に顔を出してくれ」
「はい」

 事務所の方にゆくということは、いよいよ仕事だ。僕の学校のことと関係があるのだろうか?昨日の今日だから可能性は高い。特に情報省の工作で僕があの学校に送り込まれたのだとすると、僕の学園生活ははじめからミッションなのだ。
 案の定セイバーさんは言った。

「リンクス。俺とセミーノフは今日情報省にゆく。お前の学校がキンバリーのおっさんの差し金なら、何か情報を持っているはずだ。それに…」
「はい」
「タダ働きというのも癪だろう?奴らから少しは何か出させないとな」

 セイバーさんが笑うと僕も釣られて微笑んだ。セイバーさんも僕も、キンバリー大佐の企みから逃げるつもりはない。サイオニクスがからんだ陰謀がちらついている以上、無視はできない。それに…

「リンクス、それはそうとジャンクの話だが…」
「はい」
「お前も感じていると思うが、キンバリーの無茶ぶりとジャンクの話、何か関係がある。杞憂とは思えん」

 やはりセイバーさんも僕と同じ結論にたどり着いている。サイオニクスが関連しているらしい思考監視事件、そして性格が急に変わったクルスさん、シリアルナンバーのない武器の流出…
 そして僕のコンバットナイフにもシリアルナンバーはない。僕はあの秘密基地でそんな武器を与えられたのだ。それがもしつながっているとすると、敵は…
 奴らだ。特殊研究部隊…

「可能性がある、今はそうとしか言えないのだが、サイオニクスとテロ…これを結びつけるとなると、奴らの影を疑わざるを得ない」

 僕は無言で頷く。僕をバトルパペットに改造し、サイオニクスを組み込んだ特殊研究部隊…行動隊長のコスナーこそ倒したけれど、その後ろにいる最高幹部は野放しだ。部隊長(カンパニーマスター)のソックスレイ大佐、そしてテレマコスさんの兄弟子ホーエンローエ…奴らは今でも活動しているに違いない。諦めず、イックスとハートランドを手に入れようとしている。
 僕は奴らと闘う運命にある。逃げることなどできない。奴らの手で僕は怪物に…バトルパペットに改造されたのだ。奴らが再び僕らの眼の前に現れたのならやるしかない。それだけが僕を未来に連れてゆく道なのだ。
 僕の決意を感じたのか、セイバーさんはわずかにほほえみ、軽く頭を下げる。

「おまえ一人で戦わせることはしない。みんながいる…それだけは忘れないでくれ」

 そういうとセイバーさんは僕の頭をなでた。

 朝ご飯を食べ終わった頃になって、道路の方からエンジンの音のようなものが聞こえてきた。朝っぱらから結構大きな音だ…
 音に驚いたのか、セミーノフさんやルンナさん、リキュアさんまでが起きてくる。

「おいおい、まだ朝だろ。暴走族の時刻じゃないぜ」
「ふむ、まああれはバイク一台だろうが…しかし昨夜に続いてとは珍しいな」
「雷かと思ったぞ。イックスにはいろいろ賑やかなものがあるのだな」

 エンジンの音など聞いたことがないリキュアさんは、朝っぱらからの騒音に呆れ返っている。

「あれ多分大型二輪。昔乗ってた」
「サンドラーさんがバイクに?」
「サンドマン族もバイクに乗るんだ…」

 少し遅れて現れたサンドラーさんは、騒音程度には驚きもしない…それどころかどうやら若い頃はバイクに乗っていたと豪語する。サンドマン族がバイクに乗るというのは、僕には全く想像がつかない。多分、鎧がバイクに乗っているような感じなのだろうけれど…中の砂が飛び散らないのだろうか?
 が、しばらくすると大きなエンジンの音はピタリと止まって、代わりにクラクションの音が聞こえた。まるで呼び出しの音のようだ。

「むむむ?門の前だな」

 困惑するセイバーさんだけど、意外なことにセミーノフさんは笑いはじめた。

「あ、わかった。リンクスに迎えだ!」
「僕ですか?」

 僕は予想外の指摘に驚くしかない。が、思い当たることはある。ジャンクさんだ…昨夜も突然ジャンクさんは押しかけてきた。もしかして今朝も…
 僕は慌てて窓から外を見る…と、やはりサンドマンバームガーデンの門のところに、ジャンクさんが大きなバイクにまたがって、手を振っている。

「ずいぶん惚れられたな、リンクス」
「は、はい」
「学校に迎えに来てくれたんだな、さっさと行ってこいよ」

 ゲラゲラ笑いながらセミーノフさんは僕の肩を叩く。僕は少し困惑しながら、大急ぎでパンをくわえるとカバンを持って家を飛び出した。

*     *     *

 僕はジャンクさんのバイクに初めて乗せてもらった。大きなバイクはガンメタル色で格好いい。まるで鉄の馬のようだ。二人乗りで、運転をするジャンクさんにしがみつくように後ろに乗る。タンデムという乗り方だそうだ。とはいえ僕がジャンクさんにしがみつくと、力が強すぎて苦しいらしい。バイクには後ろに乗る人用の手すりもあるので、片手はそれを掴むことになる。
 ジャンクさんは僕よりかなり華奢だけど背はずっと高い。いや、僕のカラダが小柄で筋肉質すぎるのだ。

「リンクスって、ほんとにちっさいのに筋肉あるな。かっこいいよなー」
「はい」

 僕はジャンクさんにそんなことを言われて赤面する。不思議なくらいジャンクさんは僕のことを怖がらない。いや、内心ではかなりドキドキしているのがわかる…だけどそれは僕を怖がっているのとは違う。僕に賭けているのだ。

(絶対こいつ強い。オレが今まで見たいろんな奴らなんてメじゃないくらい強い。兄貴を止めてくれるのはこいつしかいない)

 ジャンクさんの心のなかで祈りのような感情がある。僕の外見に対する恐怖なんて吹き飛ぶくらい、僕に賭けているのだ。そして…それほどまで、クルスさんのことを心配していることも…

 僕らはあっという間に学校についた。徒歩でも二十分くらいなのだから、単車なら数分なのは当たり前だろう。
 校門のところにはオドアケル先生がいる。始業時刻に校門を閉める当番なのだろう。

挿絵 武器鍛冶帽子

「せんせっ!おはよー」
「おはようございます」
「お、リンクスくん、早速悪友ができたようだな。ジャンク、あんまり彼に悪さを教えちゃいかんぞ」
「えーっ!ひでえっ!」

 ジャンクさんはオドアケル先生のツッコミに笑いながら抗議する。先生は僕に友だちができたことにホッとしているようだ。
 僕らは教室に入って授業を受ける準備をする。数学、魔法科学、語学…どれも僕にとっては新鮮だけど難しい。時間割を見るだけで緊張してくる。
 ところがそんな僕に、ギュエンさんが近づいてきた。昨日僕が軽くあしらったあの人だ。顔のところになにか湿布のようなものを貼っている。あのときクルスさんに殴られた跡だろうか…

「おい、ちび助!」

 ギュエンさんは精一杯の怖い声を出して僕に言う…けれど内心は恐怖でいっぱいだ。僕が怒り出したらどうしようとか、クルスさんにどう言い訳しようとか、そんな考えで頭が埋め尽くされている。こういうとき僕はどうしたらいいんだろう…いくらテレパシーが使えても、相手の感情がわかるだけだ。どうしたら良いのかなんてわからない。
 僕もできれば喧嘩なんてしたくない。命のやり取りはもう十分やってきた。ギュエンさんだって級友なんだから、本当は仲良くなりたい。

 僕はだから苦手な笑顔になって答える。

「あ、おはようございます。ギュエンさん」

 ところがギュエンさんはますます恐怖を感じてしまう。昨日の今日なのに僕がなにも覚えていないような素振りをしたことが、ギュエンさんにとっては怖く感じるのだろう。実際僕にとってはあの程度のトラブルは数に入らない。かすり傷一つ負っていないのだから当然だ。ちょっと乱暴な挨拶程度としか感じていない。
 僕の緑の瞳に覗き込まれたギュエンさんは少し震えてから言った。

「ほ、放課後、クルスさんが…面貸せって…」
「わかりました。僕も聞きたいことがあります」
「‼」

 ギュエンさんはギョッとした。

(やべえっ!こいつホントに軍の捜査官なんじゃ…)
 
 蒼白な顔色と、焦った心の声…たしかに僕は情報省の所属だから、ギュエンさんの疑念はほぼ正しい。もうこれは単なる学校のトラブルじゃなく、危険な陰謀の捜査だ。
 僕が無言で頷くと、ギュエンさんは真っ青な顔をして自分の席に戻っていった。

*     *     *

 お昼休みになって、さっきのギュエンさんとのやり取りを聞いていたジャンクさんは顔色を変えて僕のところにやってきた。

「リンクス、放課後クルス兄貴に呼び出されたって?」
「はい」
「マジかよ~!今度は簡単に逃がしてもらえないぜ」

 ジャンクさんは申し訳無さそうに頭をかきながら言う。何を今更という発言だけど、ジャンクさんの素直な気持ちだ。

「一人じゃ危ないだろ?俺もゆくぜ」

 ジャンクさんはそう言うけれど、どうだろう…僕一人ならなんとでもなる。その気になればあの程度の不良たちなら、すぐに全員倒せるだろう。多少手ごわそうなのはクルスさんだけど、それでも実戦経験が違いすぎる。
 だけどジャンクさんが一緒だとするとそうはいかない。足手まといという気はないけれど、万一敵が手強かったとき、僕一人じゃジャンクさんをかばいきれないかもしれない。

(ソルジャー・リンクス、想定している敵が不適切です)

 サイコヘッドギアが指摘する。言われたらそのとおりだ。帝国軍の神将や魔神たちを相手にするわけじゃない…みんな普通の市民だ。正規軍や特殊研究部隊の連中でも出てこない限りなんとでもなる。
 だけどそれはわからない。クルスさんの背後にいる奴らが誰なのか…僕はそれを暴くのが任務だ。

「ジャンクさん、お手伝いお願いできますか?」
「えっ?もちろんだぜっ」

 僕は腹をくくった。これから先、僕一人じゃ危ない相手が万一現れたとき、一緒に逃げ出す準備をしておかないといけない。ジャンクさんにはショックが強すぎるかもしれないけれど、元々僕らにこの話を持ち込んできたのは彼だ…いずれ必ず死闘に巻き込まれる。だからその覚悟だけはしてもらわないといけない。
 僕はブーツから数個のカプセルを取り出してジャンクさんに渡した。

「こいつは?」
「赤いのが煙幕、青いのは閃光カプセルです。危なくなったら使ってください」

 相手がナイフや剣くらいならなんとでもなる。しかし攻撃呪文や銃火器を持ち出してきたら厄介だ。銃火器は視界外から狙ってくるし、攻撃呪文となると魔法の使えない僕には避けようがない。そんなときに使えるのが煙幕だ。攻撃呪文にせよ銃火器にせよ、視界がないと役に立たない。濃い煙幕になると剣戟だって役に立たなくなるほどだ。だけど僕は違う…サイオニクスの感覚は煙幕を透過する。だから闘うことも逃げることも自由自在だ。
 煙幕は効果時間が短いし、範囲もしれているから、ここぞというときに使わないといけない。それに一人で闘う場合、こいつを取り出しているヒマがないこともある。ジャンクさんにサポートしてもらえたら助かる。

「僕は相手が剣やナイフならまず負けません。だけど銃は手強いのでお願いします」
「あ、ああ、わかったぜ」

 ジャンクさんは目を白黒させながらも頷く。銃火器を相手が持ち込んでくることなんて、想像していなかったのだろう。学生同士のケンカに銃火器なんてありえない。僕とジャンクさんの住む世界は違う…そんな事実が僅かな痛みになってうずく。
 だけど僕は微笑んでジャンクさんに頷いた。

*     *     *

 七時間目が終わって、僕は約束通りクルスさんの呼出しに応じることにした。もちろんジャンクさんも一緒だ…といってもジャンクさんは呼ばれたわけじゃないし、僕と並んでゆく必要はない。こっそり後をつけるという形で同行してもらう。
 僕がカバンにノートや教科書をしまい、教室を出ようとすると、廊下のところにオドアケル先生がいた。

「リンクスくん、今、帰りかね?」
「はい」
「さっそくトラブルに見舞われているようだが、大丈夫かね?」

 先生は少し心配そうな視線で僕の顔を見る。その目を見て、僕は先生が事情を知っていることに気がついた。クラスの学生がトラブルに陥っていることを素早く察知しているのだろう。さすがは担任の先生だ。

「学校で困ったことがあったら私に相談しなさい」
「はい、ありがとうございます」

 可愛げのない返事かもしれない。だけど僕は慎重に先生に答える。この件が単なる学生のケンカだけなら問題ない。僕が少々怪我をするかもしれないけれど、そんなことは慣れている。
 だけど万が一、背後にもっと危険な組織がいたら…そして学校を舞台に何かを仕組んでいるのだとしたら…先生にまで危害が及ぶ可能性がある。まだ話せない。
 僕が深く頭を下げると、先生はますます心配そうな表情になる。だけど僕はそのまま風のように去るしかなかった。

(83「…そのナイフは…僕と同じところから」②へ続く)


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