見出し画像

リンクスの断片ハイスクールギャンビット 転校生リンクス 1

78「みんな、お前と俺の友達」①

  北方王国のアルミナス国際空港から、僕らを乗せたアースドレイクは南へと飛び立った。

 季節はそろそろ秋風が吹き始める、だけどまだ日差しが強い時期だ。帝国はまだ春の初めだったけれど、ここサクロニアでは半年くらい季節がずれている。テレマコスさんのアースドレイクは速度が遅いけれど、その分季節を感じるにはとても都合がいい。このくらいの速度なら、防風結界を張らなくても済むので、風が肌にあたって気持ちいいからだ。

  僕らが帝国のあるカナン世界からサクロニア世界に戻って、一番最初に感じたことは、やはり空気の違いだった。言葉にするのは難しい…だけど何か違う。含まれている成分が違うというわけじゃない。主な成分はほとんど同じはずだ。サイコヘッドギアだって空気の違いなんて検知していない。

 だけど僕の肌に感じる空気の感触はやはり何か違う。懐かしさみたいなものだろうか?たった半年くらい帝国に行っただけなのに、そんな気持ちになるものなんだろうか?
 少なくともセミーノフさんやテレマコスさんは、ホッとしたような顔をしている。いくら仲の良い友人がたくさんできたと言っても、故郷とは風土も風習も違う帝国の世界は、みんなにとって多少は疲れるところもあったのかもしれない。
 僕はどうなんだろう?

 (ソルジャー・リンクス、その感情は非合理的です)

  サイコヘッドギアが僕を諭す。そうかもしれない…僕にとってはイックスだって故郷じゃない。僕には記憶がないから、本当の故郷はわからない。帝国から連れ去られて奴隷になったのかもしれないし、たとえサクロニア生まれだったとしても、イックス…ハートランド地方だとは限らない。手がかりも何もない以上、僕がサクロニアの空気を懐かしく感じるのは気のせいだ…サイコヘッドギアはそう僕に言っている。
 すると鎖の魔獣が反論する。

 (そんなことない。風が違う)
(質量分析では差がありません)

  魔獣は「わかっていないな」、という表情になる。アイツ…鎖の魔獣は僕の魂に住んでいる魔物だ。僕を支配する恐ろしい呪縛、隷属の鎖の精霊…普通なら宿主を絶え間ない性と暴力の衝動に狂わせ、苦しめ続けるはずの魔獣だけど、アイツは違う。僕のことをいつも抱きしめて、必死に守ってくれる。元々は鉄の鱗を持つ蛇の姿の魔獣だけれど、僕と強く結びついているせいで、アイツは僕そっくりの姿になってしまった…今では僕にとってはかけがえのない大切な友達だ。そしてサイコヘッドギアの人工精霊も…

 サイコヘッドギアと魔獣は、最初はお互いに無視していたけれど、最近は気になるらしく、口喧嘩するくらい仲良くなっている。理論とデータが大好きなサイコヘッドギアと野生と感情で考える魔獣は全く正反対の性格だけど、意外といい関係みたいだ。

 僕は二人の口論を聞きながら、くすりと笑った。隣のセミーノフさんは不思議そうに僕を見る…セミーノフさんには魔獣やサイコヘッドギアの声は聞こえないから、なぜ僕が笑ったのかわからないだろう。
 だけどセミーノフさんはそんな僕の様子を少し嬉しそうに見ている。感情なんて無かった、闘うための機械だった僕が、風を感じて笑みを浮かべている…それだけでセミーノフさんは喜んでくれているのだ。

 「リンクス、イックスについたら約束のリゾートホテル行こうぜ」

  僕の目を見てセミーノフさんはそう言った。僕が帝都名物のテルメ…公衆浴場を体験できなかったことを、セミーノフさんは気にしてくれている。厳しい奴隷制度のある帝都では、僕のような鎖の剣奴はテルメのような娯楽施設なんて利用できない。だから僕一人だけ荷物番をするしかなかったのだ。
 セミーノフさんはそのことを忘れていない…少しでも失った時を僕に取り戻してほしいと強く感じてくれている。

 「賛成!リゾートホテルならテルメにだって負けてないわ!食事も高級だし」

  ルンナさんもセミーノフさんの意見に賛成らしい。僕は思わず恐縮してしまう…大都会イックスにあるホテルともなると、宿泊料金が結構高いはずだ。いくら帝都で少しは稼いだと言っても、なんだか申し訳ない気がする。

 「良いですな、たまには贅沢も必要ですぞ」

  アースドレイクの操縦をしながら、テレマコスさんもそんな事を言う。しかしセイバーさんは苦笑しながら言った。

 「イックスの高級ホテルとなると、半年前から予約が要るぞ」
「ええっ⁉セイバー本当なのか?」

  セミーノフさんは目を丸くして驚く。高級ホテルは人気もあるので、予約でいっぱいらしい。

 「そりゃそうだろう、結婚式とかをホテルで開くのは人気だからな。遠方の招待客なんかの宿泊に使うのだろう?」
「あ、そうか…そういうやつか…」

  困ったように頭をかくセミーノフさんだ。僕は別に高級なホテルに泊まらなくても構わない。だけどみんなが楽しんでいる姿を見るとうれしいから、こんなひと時が大切に感じる。

 「しかしまあ、それはそれとしても今夜の宿はどうしますかね?特に女性陣…リキュアさんとルンナさんですが…」
「俺の事務所にするか?宿と言うにはあれだが…」
「その前に大掃除ね、一年近く開けてたんだから、埃だらけよ」

  曲がりなりにも住むところがあるセミーノフさんやテレマコスさんと違い、ルンナさんやリキュアさん、そしてタルトさんの三人は当然家がない。特にサクロニアは初めてのリキュアさんは、住むところを探すのも大変だろう。僕のときはセミーノフさんのアパートに転がり込めばよかったけれど、女性のリキュアさんではそうもいかない。寝るだけならセイバーさんの探偵事務所でなんとかなるだろうけれど、生活となると流石にまずそうだ。

 「ビジネスホテルに一泊して、明日から住居探しですな…」
「そうね、あたしも探さないといけないから…リキュアさんも一緒に探さない?」
「ありがたい、サクロニアの慣習とかがわからないし、言葉も不安だからな」

  リキュアさんは僕と同じサイオニクサーだから、サクロニア西方語が不慣れでも意思の疎通は十分できる。テレパシーを使えばなんとでもなるだろう。だけどやっぱりそれでは希望通りの物件を見つけられるかわからない。やはりルンナさんが一緒にいた方がいいにきまっている。 

「いっそ流行りのシェアハウスにする?」
「それはいいな、一人暮らしはもううんざりなのだ」

  広いヘカトンケイル家の屋敷に一人で暮らしていたリキュアさんだから、みんなでワイワイ暮らすことに憧れているのだろう。セイバーさんは肩をすくめて笑う。

 「おいおい、イックスでもカラオケボックス経営したいとでも言いたげだな」 

 セイバーさんの困惑した声にルンナさんは首をふる。

 「まさか!カラオケはイックスじゃありふれてて意味ないわ!商売するならもっと斬新じゃないとだめよ。それにあんな都合のいい物件はなかなか無いわ」
「まあそうだよな」

  僕らが帝都で過ごした家は、元々軍の兵舎だったものをダイ・アダールの盗賊団の好意で借りたものだ。セイバーさんみたいな大柄で重量級の種族が住めるしっかりした建物が他になかったからだ。兵舎ということで造りが長屋だったので、カラオケボックスを経営するのにちょうどよかったのだけれど…
 いずれにせよイックスではカラオケなんてありふれている。商売するならもっと工夫しなきゃダメだろう。いや、それ以前に僕らの本業は探偵でイックス情報省のエージェントだ。そのへんはきちんとしないといけない。

  …でもルンナさんやリキュアさんの気持ちは僕にもよくわかる。ふたりとも結局のところ、みんなとできるだけ一緒に過ごしたいのだ。帝都での日々は、たった半年間だったけれど僕にとっても楽しかった。もちろん辛いこと、苦しかったこともあったし、恐ろしい強敵もいた。だけど仲間とみんなで乗り越えることができた。
 そんな仲間と一緒に、イックスでも暮らしたいという気持ち…僕だって同じだ。明日のことはわからない僕たちだから、一分一秒でも長くみんなと一緒にいたい…

 「まあちょっと考えてみよう。職住接近というのも好みの分かれる話だが…」

  セイバーさんはそう言って頷いた。サイオニクスなんてなくても、二人の気持ちはわかっている…そしてそれは僕らみんなの本音だったからだ。

 *     *     *

  僕の名前はリンクス…ナンバー0182と呼ぶ人もいる。本当の名前はわからない…あの日奴ら、隷属の鎖教団に拐われた僕は人間だった事実を奪われた。恐ろしい秘術と調教とによって記憶も魂も壊され、鎖の剣奴へと作り変えられてしまったのだ。魂を失った今の僕は、カラダだけが生きているゴーレムと同じだ。そうだ、もう僕のカラダは僕のものじゃないのだ。
 奴らの手で目覚めさせられ、調教によって歪められた強烈な性衝動が、僕を闘いへと駆り立てる。命令されれば、カラダは肉欲からの解放を求めて意志とは関わりなく動き、敵を倒す。コロシアムや戦場で本能のまま闘う、生きている人形…
 鎖の剣奴とはそういう存在だ。

  絶対に逆らえない呪縛と忌まわしい調教によって、僕はすっかり鎖の剣奴になってしまった。壊れかけた心だけは残っていたけれど、それすら次第に失われてゆく…
 徹底的に調教された僕は軍事用の戦闘剣奴として特殊部隊に売却され、研究用の実験体にされた。強固な鎖の剣奴の肉体は人間兵器の研究に最適だからだろう。僕のカラダは得体のしれない魔道器官を埋め込まれ、強化兵士…バトルパペットの試作体として改造されたのだ。鎖の呪縛で命令に絶対服従する、理想的な戦争兵器だ。僕は夢を見ることも、自分が誰なのか考えることも許されず、実験動物としての日々を送っていた。

 そしてあの日がやってきた。

  ついに特殊部隊の無数とも言える犯罪行為、さらには反乱計画までが暴かれて、僕は救出された。セミーノフさんたちイックス情報省のエージェントが僕を解放してくれたのだ。そして記憶も自己もない僕を、セミーノフさんたちは拾って仲間にしてくれた。

 強くて仲間思いのセミーノフさん、飄々としているけれど頼りになる魔法学者テレマコスさん、優しいルンナさん、そして天才的推理力で僕らを導いてくれるセイバーさん…僕はそんな暖かい仲間に囲まれて少しづつ人間の心を取り戻している。それから冒険の途中で知り合ったタルトさんやドランさん、リキュアさんも含めて、僕にとってはみんなは唯一の家族だ。
 僕は今でも魂を失った鎖の剣奴だし、呪縛も全く消えていない。切り刻まれて改造されてしまったカラダも、もう元には戻れないだろう。
 だけど、今の僕は仲間たちのために闘う兵士、みんなのバトルパペットだ。それなら僕は生きる意味がある。

 *     *     *

  僕らは帝国での冒険を終えて、古巣のイックスへ帰るところだ。僕らサクロニアの諸国と対立するカナン世界の覇権国「帝国」の調査と交流が任務だった。帝国では巨大な陰謀に巻き込まれたり、魔神や半神と戦う羽目になったりしたけれど、調査と冒険を通じて帝国の人たちとも仲良くなれたし、帝国の考えを知ることもできた。ほぼ目的は達成したと言ってもいいだろう。
 ただ、帝国と僕らの世界サクロニアは、このままではいずれ戦争になってしまうという結論だけは残念だけど、今の僕らにはどうすることもできない。

  僕らはイックスシティーの北にある、イックス国際空港への最終着陸態勢に入った。滑走路のランプが点滅して、進入ルートを案内してくれる。テレマコスさんは手慣れた動きで、アースドレイクを操縦している。
 帝国のあるカナン世界とは違って、僕らの住むサクロニアなら空路の移動は一般的だ。大型の空飛ぶ鳥やドラゴン族、テレマコスさんみたいな飛行呪文、大きなそらとぶ絨毯、そして何よりセイバーさんのような鋼鉄精霊族が沢山の人を乗せて世界を結んでいる。セイバーさんも実は飛行タイプの鋼鉄精霊だ。普段の外見はゴーレムみたいなヒト型だけど、飛ぶときには金属の翼の鳥みたいになる。ファイアーフライという飛行呪文で空を飛ぶことができるのだ。だけど残念なことに一人乗りなので、僕らみたいなパーティ移動には使えない。
 だから今回も移動はテレマコスさんのアースドレイクだ。飛行呪文の中では一番遅いけれど、積載量は圧倒的だ。鋼鉄精霊のセイバーさんを乗せてもまだまだ余裕がある。

 僕らはイックス国際空港の円形ポートにふんわりと着地した。アースドレイクは垂直離着陸ができるので、空港ビルのそばの円形ポートが利用できる。滑走路が要らないのだ。

 「ふう、無事につきましたな」
「流石に腹減ったぜ」
「そうですな、出発してから五時間は何も食べていませんから」

  旅客機みたいな専門サービスと違って、テレマコスさんのアースドレイクは自家用機だ。当然機内サービスなんてない。そろそろみんなお腹が減っているだろう。もちろん僕も空腹だ。 

「まあ入国審査があるから、空港で飯を食べることにするか」
「じゃあ、久しぶりにイックスのジャンクフードだな。なんだか無性に食べたくてさ」
「いいわね、あたしも食べたかったのよ」

  ハンバーガーやピザみたいな手軽な料理は帝国にもあったけれど、イックスのジャンクフードは多彩で味付けも色々だ。多種族文化のサクロニア世界ならではだろう。

  僕らは入国審査をする管理局の待合フロアにあるフードコートで少し早い夕ご飯を食べることになった。イックスが初めてのリキュアさんは、ハンバーガーやホットドッグ、コーラみたいなジャンクフードは初めてらしく目を丸くしている。 

「こんなのは初めてだ!」
「帝都でも屋台料理なら似たようなものがあるぜ。俺はよく食べてる」
「たしかにそうだな。口紅がとれそうだから私はめったに食べなかったのだ」
「食べ終わったら化粧室でなおしたらいいわよ!イックスの化粧室はたいてい鏡があるわ」

  タルトさんやルンナさんがリキュアさんにアドバイスする。リキュアさんの場合お化粧がとてもきれいだけど、食事のときにはちょっと不便みたいだ。
 僕らは久しぶりのイックス風ジャンクフードにかぶりついた。ハンバーガーみたいな手づかみで食べる料理は僕でも食べやすい。ナイフやフォークをみたいなものはいまだにうまく使えないけれど、こういう料理ならその心配がない。セイバーさんは鋼鉄精霊サイズの大きなハンバーガーを美味しそうに食べている。人間サイズの倍はあるので、リキュアさんだけでなくタルトさんまで目を丸くしている。 

「マジにでかいなそれ!」
「帝都では俺達鋼鉄精霊サイズの料理がなかったからな。いつも上品すぎて少し困っていたのだ」
「巨体な分だけたくさん食べるのだな!」

  驚き呆れ返る二人だけれど、サクロニアには大型種族も少なくない。食文化も当然多様性に溢れている。きっと二人共食べ物についてはこれからも飽きることはないだろう。

  ひとしきり料理を堪能したところで、セイバーさんはテレマコスさんに聞いた。

 「ところでテレマコス、お前さんはイックスにどれくらい滞在する予定だ?」

  テレマコスさんにはこのあと大きな用事がある。師匠にあたる大アスラームと会って、その真意を確認するというものだ。帝国で僕らが巻き込まれた陰謀劇…帝国最高神官にして帝国の魔道士筆頭のタラントラスが仕掛けた騒動の裏に、テレマコスさんの師匠アスラームが関与している…それはまるでクモの糸のようにイックスと帝国、そして僕らを取り巻く謎となって広がっているのだ。
 そういう理由でテレマコスさんは大アスラームの意図を確認する決心をしている。でもテレマコスさん一人でそんなクエストをするのは危険だ…僕は心配でならない。なにせ大アスラームは僕らの認識ではけっして味方じゃない。テレマコスさんの師匠だから敵というわけじゃないけれど、僕らをつけ狙うタラントラスと手を組んでいるなら危険な相手だ。だからいざとなれば僕がカラダでかばってテレマコスさんを守る…僕は漠然とそんなことを考えていた。
 テレマコスさんはすると答えた。

 「まあそうですな…二週間ぐらい準備して行こうかと思いますぞ」
「それくらいならホテル住まいか…」

  セイバーさんは頷く。するとセミーノフさんは少し驚いて二人に聞いた。

 「テレマコス、セイバー。俺達も行くんだろ?二週間なら準備急がないといけないぜ」
「久しぶりのイックスなのに、慌ただしくなるわね」

  ルンナさんが呆れたように言う…ところがテレマコスさんは首を横に振ってきっぱりと言った。

 「いや、あのお方のところは私一人でゆきます。そもそも魔道士以外の者は立ち入り禁止なのですよ」

 (78「みんな、お前と俺の友達」②へ続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?