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リンクスの断片ハイスクールギャンビット 転校生リンクス 2

78「みんな、お前と俺の友達」②

「ええっ?」
「ちょっとテレマコス!それってやばくない?」

  テレマコスさんの返事にセミーノフさんだけでなく、ルンナさんやタルトさんまで驚く。謎に満ちた魔法学者の開祖、アスラームの懐に飛び込むというのに、テレマコスさんは僕らを連れてゆくことはできないというのだ。僕はショックで凍りついた表情になる。呪縛の鎖が緊張しているのがわかる。
 ほとんど表情を変えなかったのはセイバーさんだけだった。

 「まあそうだろう、アスラームの居城は魔法使いの聖域のようなものだからな」
「どういうことだ?セイバー」

  テレマコスさんの言葉に同意したセイバーさんに、セミーノフさんは驚いた。僕にもまだ意味がわからない。

 「大アスラームといえば、サクロニアの魔法学の創始者と言ってもいいほどの人物だ。そんな人物の居城に、面識のない俺達までが押しかけるというのは無茶だぞ。テレマコスは内弟子だからともかく…」
「だけどテレマコス一人じゃ危なすぎないか?」
「いや、俺達が同行などしようものなら却ってテレマコスの立場が悪くなる。それにアスラームはまだ俺達を敵視しているわけじゃない。ここはテレマコスに任せよう」

  セイバーさんの言い方は、なんとなくテレマコスさんをかばっているような色を帯びている。何かテレマコスさんとアスラームのことについて知っているのかもしれない。テレマコスさんはわずかにありがたいと言いたげな表情を見せている。

 「で、ワシが留守の間なんだが、リンクスのことを頼まれてほしいんですよ」

  僕は表情を固くしながら、おとなしくテレマコスさんの言葉を聞いているしかない。呪縛で僕はテレマコスさんに逆らえないというのもある。だけどそれ以前に、テレマコスさんは僕のことを本当に大切にしてくれている。僕にとっては最高の、そして自慢の主人だ。だから僕はテレマコスさんの言いつけを守るしかない…カラダを張ってテレマコスさんを守りたいという気持ちとテレマコスさんの指示を守ろうという気持ちが、僕の中で入り混じって葛藤している。

 「それは心配いらんさ。俺達の家族だからな」
「ああ、セミーノフの言うとおりだ」

  混乱する僕をよそに、セミーノフさんは自信たっぷりに答えると、セイバーさんも当然というように頷く。テレマコスさんは安心したように笑った。
 ところがテレマコスさんが次に言い出したことは、僕がひっくり返りそうなことだった。

「それでなんですがね…ワシがいない間、リンクスを学校に通わせようかと考えてましてね」
「‼」

挿絵 武器鍛冶帽子

  学校?学校ってなんだろう?いや、僕だって知識としては知っている…学校ってたしか勉強を習うところで、えっと…
 僕はテレマコスさんの言葉に完全に混乱してしまった。僕は闘うために造られた鎖の剣奴で、強化兵士バトルパペットで…だから学校なんて行く資格はない。違う、僕は人間なんだから、学校に行ってもいいはずだ。だけど…

 「おお、それはいい考えだな!」
「あ、前言ってたなそういえば!高校くらいがいいかもな」

  セイバーさんもセミーノフさんも目を見開いてテレマコスさんのアイデアに賛成している。帝国出身のルンナさんやタルトさんも、ニコニコ笑って言う。

 「そうね、リンクスくん読み書きは大丈夫だけど、あんまり勉強得意そうじゃないし…せっかくだから学校いったら?」
「は、はい…」
「学校って帝国にもあるんだけど、俺も子供の頃通って楽しかったぜ!友達もできるし、さ」

  みんな堰を切ったように学校の話を始める。僕以外のメンバーは学校かそれに類するところに通ったことがある。特にテレマコスさんとセイバーさんは大学卒だから高学歴だ。どうやらイックスやハートランドでは初等教育は誰でも受けているものらしい。

 帝国の場合は読み書きなんかの基礎的な教育をギルドのような組織が担っている。タルトさんの所属する盗賊ギルド、ダイ・アダール教団なんかにも簡単な読み書きを教える学校があるそうだ。将来のギルドメンバーが読み書きできないのは困るからだろう。イックスの学校とは違うけれど、同年代の人が集まって勉強するという意味ではやはり学校だ。
 だけど、みんながこれだけ盛り上がっているのは、きっと学校にたくさんの思い出があるからだろう。鎖の剣奴の僕には想像もつかないたくさんの思い出…みんなの熱い瞳を見ていると、僕はどうしたらいいのかわからなくなってくる。

  そうだ、僕は普通の人間じゃない…身も心も闘うために改造され、調教されたバトルパペットだ。そんな僕が学校なんて行けるのだろうか?さっき感じたのは僕が奴隷だから、学校なんてゆく資格がないという思い込みだったけれど、今、感じている不安は違う…
 僕は周りの人を傷つけずに、人間のふりをして学校にゆくことなどできるのだろうか?一つ間違えれば、僕は片手で人を殺してしまうのだ。

 (また人間ごっこをはじめるつもりかっ!ナンバー0182!)
(貴様はバトルパペットだ!姿だけが人間に似た兵器にすぎない!学校など行けるはずはない!)

  僕を呪う声が聞こえる…コスナー、僕がかつて倒したあの人の声だ。
 僕は談笑するみんなの横で、不安を隠してうつむいているしかなかった。

 *     *     *

  入国審査が終わって、僕らはそれぞれ分かれて今夜の宿に向かった。僕はテレマコスさんと一緒にセイバーさんの事務所に向かう。セイバーさんの事務所は鋼鉄精霊サイズなので広い。寝るだけなら十分だ。特にテレマコスさんは今回イックスには長居できない以上、仮の宿を取るしかないから好都合だ。
 事務所は一年近く空けていたということもあって、埃だらけでちょっとひどい有り様だった。室内照明をつけて、大急ぎで最低限の掃除をする。僕らの掃除じゃルンナさんは絶対に文句を言うけれど、今夜はこの程度で我慢するしかない。
  なんとか寝床や居場所を設えると、僕らは一部屋に集まってさっきの話の続きをすることになった。

 「それでテレマコス、リンクスを学校に行かせるという話なんだが…」

  久しぶりのウィスキーを片手に、セイバーさんはテレマコスさんに聞いた。

 「特にあてとか、リンクスに覚えさせたいスキルとかがあるのか?」

  するとテレマコスさんは首を少しかしげて考える。

 「いや、特にはそういうことは考えてなかったですな。まあ何か手に職があれば、後々生活に困らんでしょうが…」

  そう言ってテレマコスさんは僕を見る。テレマコスさんは僕に、剣以外で何か生活に役立つ技術を覚えさせたいと思っているのだろう。たしかに今の僕では、傭兵をするか、今みたいな探偵の補助をするしかお金を稼ぐ手段がない。第一、探偵業だって免許がいるから、法律とかをきちんと勉強する必要があるのだ。とはいえ今のところ具体的な考えはないらしい。
 セイバーさんはタバコを咥えて少しばかり考えにふける。

 「まあリンクスの場合は、体力もあるし、感覚が鋭いから、俺のような調査仕事には向いているとは思うが…」
「セイバー殿もそう思いますか」

  セイバーさんはテレマコスさんに苦笑しながら頷く。セイバーさんの表情には、僕に探偵業を勧めるべきか迷う思いが浮かんでいる。セイバーさんの探偵業に対する情熱と、しかし人の心に関わる仕事の難しさが混じって、人に勧められる職かどうかと言われると躊躇を感じざるをえないのだろう。

 「それはそうとして、リンクスの気持は聞いてみたのか?」
「あ、まあそうですな。まだ確認してなかったんですよ」

  テレマコスさんはそう言うと僕の方に向き直り、優しい目をして言った。

 「リンクスや。どうかね?学校の話だが…」

  僕は答えに窮して俯いた。これが任務なら僕は迷うことなく頷いただろう。そういうふうに叩き込まれているからだ。だけどテレマコスさんの気持ちは違う…僕に普通の人間らしい生活を体験してほしいという想いなのがわかる。僕にとって、いや僕の呪縛にとってはそういう理由が一番困る。命令じゃないからだ。

 「リンクス、別に学校にこだわらなくても、俺のところでこのまま働いていても構わんさ。それに仕事しながら学校に行くというのも普通だから、そういうのもありだ」
「学費を自分で稼ぐというやつは、よくありますからな」

  セイバーさんにそんなことを言われて、僕はますます困ってしまう。奴隷の僕はそういう選択に慣れていない。 

「無理強いをする気はないよ。ここでセイバー殿の手伝いをしながら、ワシを待っていてくれてもいい。自分の気持ちで決めてくれたらいいよ」

  テレマコスさんの言葉を聞いて、僕は突然帝都でのことを思い出す。あの老人、タラントラスが僕に向かって言った言葉だ。 


「少年、お主には意志があるということはわかっておる!逃げずにお主自身の望みを言うんじゃ!」


 僕らの前に何度も立ちふさがり、死闘を繰り広げた帝国最高の魔道士タラントラス…執念深くて嫌な老人だけど、僕に突きつけたあの言葉だけは忘れられない。僕には意思がある…たとえ魂が壊れていても、心も自我もある。人形じゃない。だから僕の望みを正直に言うべきだ。そうあの老人は教えてくれた。僕の望み…

  僕はテレマコスさんについてゆきたい。相手は謎の大魔道士アスラームなのだ…テレマコスさんを一人行かせるのは不安でたまらない。テレマコスさんは僕にとって、かけがえのない主なのだ。
 だけど…それはダメだ。大アスラームの居城アンゴルモスにゆくことができるのは魔法使いだけだ。僕が同行すれば、テレマコスさんまでアスラームに会うことができなくなってしまう。だから僕は成功を祈りながら、テレマコスさんの帰りを待っているしかないのだ。

  じゃあその間、僕はどうしたらいいんだろう?学校にゆくべきなのだろうか?セミーノフさんは言っていた。学校にゆけば友達もできるって。
 友達…友達ってきっと素敵なものなんだろう。僕の中にいる鎖の魔獣は、僕の大切な友達でかけがえない存在、僕の分身みたいなものだ。学校にゆけばそんな相手がもっとできるということなのだろうか?
 いや、さすがにそれは考えられない。僕と魔獣は互いに絶対に離れられない。僕の壊れた魂の代わりに魔獣がいることで、僕は生きている。魔獣は僕の性衝動が無いと飢えてしまう。僕らは一つのカラダと魂を共有しているのと同じ、二人で一人なのだ。友達っていうのがどんなものかよくわからないけれど、アイツとの関係とは違うはずだ。
 だけどセミーノフさんが言う通り、僕に友達ができるとしたら…

  僕は答えられずにうつむいてしまう。しかしその時、魔獣が僕に笑いかけた。

 (お前、友達、もういる)
(!)

  魔獣は僕と意識を共有している。だから魔獣の思い描いているものが僕にも見える。コンスタンシアさん?それから帝都で僕らを手伝ってくれた元剣奴の仲間たち。
 みんな僕のことを大切に思ってくれている。こんな怪物みたいな醜い姿の僕のことを、恐れもせずに気にかけてくれる。そして僕はみんなのために血を流して闘った。僕もみんなを大切に感じているから…

 (みんな、お前と俺の友達)
(…うん…そうだね)

  そうだ、魔獣の言うとおりだ。友達って僕にもいる。大切に感じている人たちはみんな僕の友達なのだ。気が付かないうちに僕にだって友達ができていた。だからきっと学校でも友達はできる。
 魔獣に背中を押されて、僕は決心した。学校に行く…テレマコスさんのためにも、そして僕らがヒトとして生きるためにも。

  僕はだからテレマコスさんに静かに頷いた。

(79「あれは何か厄介事だぞ!」に続く)


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