リンクスの断片ハイスクールギャンビット 謎の思念波 4
83「…そのナイフは…僕と同じところから」②
僕は学校を出ると、さっそくギュエンさんに指定された倉庫街へと向かった。倉庫街は夜になると人も少ない…だから不良たちのたまり場になっているのだろう。
ジャンクさんのバイクで僕らは倉庫街の入口まで移動する。イックスは大都会だから、学校から倉庫街まで徒歩でゆくとかなり時間がかかってしまう。バイクならものの十五分ほどだ。
「じゃあ俺はここから、後ろをこっそり追いかけるぜ」
「よろしくお願いします」
バイクを降りた僕らは作戦通り二手に分かれた。僕はクルスさんに対面する…そしてジャンクさんは後方に潜んで、万一奴らが危険な武器を持ち出したり、とんでもない仲間を連れていたりした場合に煙幕を撒く。ジャンクさんはスパイ映画みたいなこんな状況に少し緊張しているけれど、怯えている様子はない。それだけでもとてもありがたい。
そしてもう一つ、ジャンクさんにお願いしないといけないことがある。
「えっ⁉リンクス、何やってんだよ」
突然服を脱ぎだした僕を見て、ジャンクさんは目を丸くする。学ランの上下、そして中に着ているTシャツだ。僕の傷だらけの、筋肉の塊のような姿があらわになる。バトルパペットの醜い姿だ。
だけど僕は大切な学ランを破いてしまう危険を冒すつもりにはなれなかった。サンドラーおじいさんが貸してくれた大切な服だ。こんなくだらない闘いで破いてしまうなんて許されることじゃない。僕の醜い姿をジャンクさんに見せるほうがまだマシだ。
僕の異様な姿を見て、ジャンクさんは息を呑んだ。だけどその瞳には恐怖の色はない。驚きだけだ…
(ほんとにこいつ戦闘種族なんだっ!すげえ!)
ジャンクさんは僕のことをどうもセイバーさんみたいな異種族と同じように思っているようだ。たくさんの種族が住んでいるここイックスなら当たり前だ。ついこの間までいた帝国とは違う…種族の違いなんて友だちになるには関係ない。
だけど…本当は僕だって人間族なのだ。こんな姿だけれど…そんな思いが少しだけ痛みになる。
「作戦通りお願いします」
「わかったぜ!」
服をジャンクさんに預け、バトルパペットとしての姿…軍用ブーツとガントレット、そして黒い特殊格闘用ショーツだけの姿になった僕は、ジャンクさんにわずかに微笑むと立ち上がった。まだ手には武器を持っていない…ブーツにはコンバットナイフがあるけれど、相手が仕掛けてくるまでは抜くわけにはいかない。
僕は夜の倉庫街の道路を静かに歩いた。軽い隠蔽モードを入れているので、途中で見とがめられる可能性は低い。
倉庫街の外れにある古い建物の前に、魔道バイクや車が雑然と停められている。倉庫の中には人が何人もいるらしく、明かりもつけられているし音楽のようなものも聞こえてくる。廃倉庫をたまり場にしている連中だろう。
(呼び出し先の住所はここです)
サイコヘッドギアが地図との照合結果を告げる。ギュエンさんに言われた住所と、サイコヘッドギアのデータベースを照らし合わせたのだ。クルスさんはここで僕を待っている。
僕はあえて隠蔽モードを解除した。忍び込んでクルスさんの寝首をかくわけじゃない。僕はあの人と話をしにきたのだ。
* * *
「お、おいあいつ…」
「何だありゃ?裸同然じゃねえかよー」
「プロレスじゃねえんだぜ、一体あれなんだよ」
倉庫に入った途端、僕の異様な姿に驚いた不良たちが声を上げる。
不良たちは真ん中に明かりとミュージックプレーヤーをおいて、周囲にたむろしている。タバコの吸い殻や飲み物の空き缶、食い散らかしたスナックのゴミが床に散らばっている。みんなお酒を飲んでいるのだろうか、少し顔が赤く見える。いや、本当にお酒だけなのだろうか?僅かな不安が僕の意識に痛みを感じさせる。
「ヒューヒュー!ムキムキの露出狂坊や!可愛がってやろうか?」
誰かの揶揄でみんなはどっと笑う。街の中でこんな姿になるなんて普通ありえないのだから、何を言われてもしかたない。戦闘前の興奮で、僕の股間が膨らんでいることだってきっとバレている。逃れられない僕の呪いだ。
僕は返事もせず、まっすぐ奴らの真ん中へ進む。そこにはやはりクルスさんがいた。
「チビ助、逃げずによく来たな。それだけは褒めてやる」
クルスさんは僕を睨んでそんな事を言った。裸同然の僕の姿を見ても笑わない…それどころか警戒心を抱いている。先日の僅かな接触で、僕が簡単にはやられない相手だと気がついているのだ。
「クルス、こいつがおまえが言ってたヤバい小僧か?」
「ああ、クソ生意気なガキだ」
周囲の不良達は変な顔をする。クルスさんが僕のことを警戒していることが不思議なのだ。
「ただの変態露出狂のガキだろ?お前らしくねえな」
一人の不良が軽やかに立ち上がると、僕に向かってパンチを繰り出す。僕は難なくそれを避けて腕を掴むと片手でそのまま壁に投げつけた。人間離れしたバトルパペットの筋力だ…人を投げることくらい簡単なことだった。不良は近くにあったダンボールの小山に突っ込んでしまう。あれくらいなら怪我はしていないだろう。
「こ、こいつっ!」
「手強いぜっ!」
「だから言ったろ?ヤバいガキだって…」
不良達は総立ちになって僕を取り囲んだ。しかしクルスさんは彼らを止める。
「おいチビ。おまえ只者じゃねえな…」
「…」
クルスさんはそういうと、軍用警棒を取り出した。この間も少し見せたけれど、あの警棒は触れた相手に魔法で軽いショックを与えることができる。
「まあいい。預けたものを返してもらうぜ」
クルスさんはそういって軍用警棒を僕に向ける。いつでも殴れる…そんな構えだ。他の人と違って隙がない。なめてかかるわけにはいかないだろう。
僕は無言で頷くと、ブーツからナイフを取り出した。昨日クルスさんが投げつけてきた例のコンバットナイフだ。僕があっさり返すということで、クルスさんは虚をつかれたのかわずかに驚きを見せる。
「大人しく返せばいいんだ」
「…」
ひったくるように僕の手からナイフを受け取ったクルスさんは、ガンメタル色の輝きをじっと見ると、ソングホールに通した革のリングに指を引っ掛けてくるくる回す。
そんなクルスさんの様子を確認してから、僕は静かに言った。
「一つだけ…聞きます」
「なんだ?てめぇ…」
「どこで…そのナイフを手に入れましたか?」
クルスさんはギョッとして僕を睨みつけた。
「それは国防軍向けのコンバットナイフです。店では売っていません」
「し、知るかよ!軍の横流しだろ?」
「シリアル番号なしの試作品…僕のナイフと同じです」
そう言って僕は自分のナイフを取り出す。シリアル番号のない僕のアイアーム一〇四四…本当は試作品かどうかはわからないけれど、脅すならちょうどいい。
僕は暗い目をしてクルスさんを見つめた。
「…そのナイフは…僕と同じところから来ました」
案の定クルスさんは動揺した。
「て、てめえっ!いったい…」
蒼白になるクルスさんはナイフを握りしめる。血が頭に上って危ない…だけどこれではっきりした。クルスさんはナイフの出どころを知っている。僕はクルスさんがどんな動きをしても対応できるようにとっさに身構えた。
ところがその時だった。突然サイコヘッドギアが僕に警告した。
(思念波による攻撃です!)
僕らを強烈な思念のエネルギーが襲ったのだ。
* * *
僕の意思に関わりなく、サイコヘッドギアは僕の脳にアクセスすると、そこから力を引き出した。全身が熱くなる…同時に意識になにかの力が激突してきた。敵の意識?わからないけれど、今まで感じたことのない感覚だ。テレパシーとは違う…悪意…
(…四凶…あの魔神…似てる!)
僕の魔獣が飛び起きて危険を告げる。四凶?帝都で闘った中原の魔神達だ。まさか…奴らは倒されたはずだ。だけどこの感覚はたしかに似ている。純粋なサイオニクスじゃない、だけど強力な思念波なのだ。どういうことだ?
(ソルジャー・リンクス!サイオニクス戦闘モードに移行します!)
サイコヘッドギアが告げる。僕の精神に叩きつける思念波は危険なレベルだ。精神防御をしていない普通の人なら意識を乗っ取られてしまうほどの強度で僕らを襲ってくる。全身の傷跡が赤い光を放ち、カラダに組み込まれた力のルーンが僕にエネルギーを流し込む。全身が辛い滾りとなる感覚で満たされてゆく。
眼の前のクルスさんは強烈すぎる思念波に当てられて立ち尽くしている…が、思念波の力は圧倒的だった。クルスさんの目はたちまち異様な光を帯び、狂気に満たされてしまった。
《殺せっ!》
どこからか命令の声が届く。思念波に乗せた強い意識…誰かが不良たちを操ろうとしているのだ。声に弾かれてクルスさんはナイフを突き出した。僕は素早く避けるけど、今度は特殊警棒の攻撃だ。やむなく空中に飛び上がり、天井の鉄骨に飛び乗って下を確認する。その時銃声が轟いた。まさかっ!
不良達は手に手に軽ブレーザーカノン銃を持っていたのだ。殺傷力は劣るけれど、セイバーさんやセミーノフさんの銃と同じだ。あんなもので一斉射撃を喰らえば、僕だって避けきれない。それもみんなイックス国防軍の制式武器だ。やはり背後にいるのは特殊研究部隊なのだろうか?
しかし考える暇はない。奴らは一斉に僕に向けて銃を撃とうとする。まずい!間に合わない!
ところが銃撃は僕には当たらず、天井のあちこちを焦がすだけだった。
「⁉」
ブレーザーカノン銃は反動が強い。本物の大口径タイプは鋼鉄精霊のような体重が重い種族でないと扱えないほどだ。セミーノフさんだってパワードスーツを着ているからあの連装ブレーザーカノンを使えるのだ。不良たちが持っている軽ブレーザーカノンだって、人間族が使えるように改良されているけれど、訓練もなしに狙い通りに撃てるものじゃない。だから奴らの射撃は天井に当たるばかりで、僕にはかすりもしない。
とはいえこのままじゃいけない…多少距離があるからまだ命中しないけれど、近づいたらいくらなんでも危険だ。剣奴の衝動は奴らを倒せと叫んでいる…だけどここはコロシアムじゃない。
それになにより不良達は強烈な思念波で操られているだけだ。なんとかしなければ…だけどいったいどうやってこんな思念波を、誰がどこから送っているのだろう?
(ソルジャー・リンクス!思念波は中央のミュージックプレーヤーから放たれています!)
サイコヘッドギアが発信源を見つけ出した。奴らの真ん中で軽快な音楽を流している機械だ。僕にはその音楽がどんなものなのかはわからないけれど、たしかに思念波のエネルギーはそこから響いている。
(ぶっ壊しちまえ!)
魔獣はそんなことを言うけれど、そう簡単にはいかない。ミュージックプレーヤーは奴らの真ん中にあるから、近づかなければならないからだ。いや、エーテル空間を使えば近くにゆくことはできる…だけどミュージックプレーヤーを叩き壊すためには通常空間に身を晒す必要がある。その時に銃撃されたら終わりだ。至近距離だからいくら素人の銃撃でもかわせない。何より結構大きなミュージックプレーヤーを壊すためには、それなりの衝撃を与えないといけない。持ち上げて地面に叩きつけるくらいは必要だろう。銃撃の中そこまでの動作をするのは無理だ。
いけない!考えている余裕はもうない。こんな強烈な思念波を浴び続ければ、僕はともかくみんな狂ってしまう。もちろんクルスさんも…
僕の頬に一発の火炎弾がかすめる。僕は決心し、奴らの銃撃に合わせて再び宙を舞った。
僕はブレーザーカノンの火線をかいくぐり、エーテル空間へと滑り込んだ。通常空間とのぎりぎりの境界だ…倉庫の結界があるから完全には入れない。
しかしブレーザーカノンの銃撃を防ぐにはここで十分だ。魔法性の銃撃だから、エーテル空間にも効果は及ぶけれど、直撃を食らうわけじゃない。火力は半減するだろう。
僕はそのまま奴らの真ん中に飛び降りる。ミュージックプレーヤーに手を出すためにはどうしても通常空間にゆかなければならない。僕の動きを阻止しようと、クルスさんがナイフと警棒を手に襲いかかってくる。だけどその動きはなにかおかしい…まるでカラダの中で葛藤しているようだ。二つの意思がカラダを巡って闘っている。
(‼)
それはまるで僕があの鎖の呪縛に必死に抗っている姿…呪いの鎖に魂を縛られ、それでも逃れようともがくあの日の姿そのものだった。
(まだ間に合う!早くっ!)
魔獣が僕に叫んだ。魔獣も感じている…僕とあいつはあの屈辱と絶望を知っているからだ。だから眼の前のクルスさんや不良たちの苦悶がわかる…自分のカラダが自分のものでなくなる恐怖。助けなきゃ…そんな思いが僕と魔獣を突き動かしている。
僕はクルスさんの妨害をかいくぐり、なんとかミュージックプレーヤーに手を伸ばそうとした。激痛…ブレーザーカノンの灼熱と閃光が僕の肩を焼く。眼の前に魔法銃を持った不良が迫る。ヤバい!
しかしその時だった。突然視界が真っ白になった。猛烈な煙と閃光…
(ジャンクさんの煙幕です!)
サイコヘッドギアが少し興奮した声で僕に告げた。そうだ!ジャンクさんに預けた煙幕弾と閃光弾…絶好のタイミングであの人は使ってくれたのだ!煙幕が閃光に照らされて僕らの周りは空気全体が純白に光り輝いている。奴らは全く視界を失っている。
だけど僕はすべてが見えている。敵の姿を見失い動けなくなっている不良たちも、自分の状況に混乱しながら特殊警棒を振り回しているクルスさんも、そしてその中で狂気の思念波を垂れ流すミュージックプレーヤーすらも。
僕はまっすぐ飛翔して、クルスさんの腕を掴むと特殊警棒をひったくった。ミュージックプレーヤーを止める…特殊警棒の電撃なら、あの機械の魔法回路を確実に壊せる。
僕はクルスさんのナイフをかわしてそのままミュージックプレーヤーにたどり着くと、特殊警棒のボタンを押してプレーヤーを力いっぱい殴りつけた。バシッという衝撃音と青白い火花が飛ぶ…そしてわずかに煙を上げ、ミュージックプレーヤーは沈黙した。同時に狂気の思念も、まるでそんなものははじめから存在しなかったとでもいうように消え失せる。
クルスさん達は、まるで糸の切れた操り人形のようにバタバタと倒れていった。光と煙幕が消えるとそこは元通りの散らかった、しかし静かな廃倉庫の光景に戻っていた。
(84「NOS…ノスと呼んでください」へ続く)
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