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人々の科学への能動性を育む

過去にプロジェクト駆動の民主主義について取り上げました。私的なプロジェクトからはじまった活動が公共性を帯びていくかたちは、既存の選挙や制度のイメージが先行する「民主主義」とは異なるものの、むしろ生活者が自律し活動していくかたちは、民主主義の理想を体現しているとも思います。

デザインや都市計画の文脈で市民に委ねられる事例も紹介しました。社会づくりやそれに有効な方法論をひらいていくことは重要ですが、それを裏返していうと一部の高等な教育を受けた人や、専門的なキャリアを重ねた人が権力やノウハウを持ってしていることが多く、意図的でないにせよ「特権的」になっているといえるでしょう。

また、市民としては想像がつかない技術や科学について受動的なマインドになり、「享受するもの」という認識になっていることは多いと思います。

今回はそんな生活者にとってあまり身近ではない科学をひらいたり、自らが実践できるようにしていく事例を紹介しようと思います。

「科学をひらく」の潮流

■ 社会のデジタル化による「センサーとしての市民」
科学をひらく上で潮流となっているのが、社会のデジタル化により、人々が研究に参加するハードルが低くなったり、データにアクセスしやすくなるといった側面です。

EU・欧州委員会の「Shaping Europe’s digital future - Green paper on Citizen Science for Europe」では、シチズン・サイエンスを「一般市民が科学研究活動に参加し、知的営為や地域的な知識をもって、あるいは所有するツールやリソースを用いて、能動的に科学に貢献することを指す」としています。

シチズン・サイエンスの成功事例といわれているひとつには、人々が夜空を撮影し、クラウドにアップ「Galaxy Zoo」があります。生活者のボランティアが望遠鏡を使って星を観測し、たくさんの目で科学者をサポートすることで研究が加速するというプロジェクトです。

このような事例が生まれて以降、日本でも「#関東雪結晶プロジェクト」など市民を複数の目として扱った参加型のプロジェクトが生まれています。

■ 市民に主体性をどこまで持たせるのか
市民の科学への参加を研究した論文「Participation and Co-creation in Citizen Science」では、シチズン・サイエンスへの科学者の関わり方を以下のように表しています。

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「コントリビューター型シティズンサイエンス」では科学者はプロジェクトの計画を担い、市民はデータとして扱われる。「共創&参加型シティズンサイエンス」では科学者は一緒にデザインする人・ファシリテーターとしての役割を担い、市民の生活の問題に一緒に向き合う。

これらの従来のシチズン・サイエンスはデジタル化時代で集合知を活用するといった新しさはありましたが、Galaxy Zooなどの市民をデータ収集者として扱うプロジェクトは、例えば空や自然を撮影しアップロードするところまでにとどまり、解釈や研究は研究者に任せるものでした。

しかしそれだけでは生活者の変容までは到達しません。どこまで市民に主体性を移すべきなのか?科学者の役割とはどういったところか?というのが近年のシチズン・サイエンスにおける問いの一つになってきています。

上述の論文では従来多かった「コントリビューター型の市民科学」から「共創・参加型のアプローチ」の考え方の違いを表し、今後の科学者・生活者の関わり方のあり方を示唆しています。

これは以前にも取り上げたArnsteinの「市民参加のはしご」にも通じるところがあります。結局「参加」とはいっても、データ収集としての参加では形式的なものであり、どのくらい生活者の自律性・オーナーシップを持ってもらうか?というところは重要なテーマになるはずです。

シチズン・サイエンスにおける参加のレベル
レベル1. クラウドソーシング clowdsourcing... 市民がセンサーの役割を果たす
レベル2. 分散インテリジェンス distributed intelligence... 市民が基礎的なデータの解釈も行う
レベル3. 参加型科学 participatory science... 問題の定義づけやデータの収集にも市民が関与する
レベル4. 徹底した市民科学 extreme citizen science... 市民と科学者が共同で問題の定義づけやデータの収集と解析を行う。

(University College London - Muki Haklay)

以下で示唆的な事例を紹介します。

地域の夜空と世界中の光害データを観察し、科学的思考を深める

グローブ・アット・ナイトは、国際的な天文学研究ネットワーク「AURA」、国立光学赤外線天文学研究所「NSF・NOIRLab」のプログラムとして行われました。

「光害」に関する問題意識からこのプログラムははじまっています。私たち生活者は100年以上前には、街でも夜に外を歩いて天の川銀河を見ることができたといいますが、現在は世界の人口の半分以上が都市に住んでおり、都市の4人に3人が自然のままの暗い空の驚異を経験したことがないとされています。

プロジェクトチームは「何千もの星を見ることができたことは、ゴッホのようなアーティストやホルストのような作曲家やシェイクスピアのような作家の日常生活の一部だった」とし、都市化によって失われたものの可能性を指摘し、このプログラムを作成しました。

このプログラムでは科学者や学校教師がファシリテーターとなり、一年の特定の時期に夜空を観察し、時間・場所・雲量に関するデータを提出し、世界各国の光害に関するデータと突き合わせていきます。

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参加者の小学生の観察・推論・驚き。「光で人々は豊かになっているので、光害については考えていないのではないか」「アメリカとイギリス周辺が多い」など。 | Boulcott School

子どもたちは、さまざまな場所からできるだけ多くの測定を行うことで、地域における光害への意識を高めることができます。また、地域だけではなく、世界各国の光害データにアクセスでき、異なる国と比較しながら議論することができるかたちになっています。

このプロジェクトは一見子どもたちをデータ収集者としてとらえているようにみえるのですが、ニュージーランドの科学学習ラボのレポートではどちらかというと科学へのリテラシーやデータリテラシーを高める目的で行わています。レポートによると本プロジェクトは子どもたちの「エビデンスを批評する力」「考察の表現力」を養ったとされています。

生活で科学を実践する支援を通して、科学リテラシーの向上を図る | EU各国

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2017年、EUで「Do-It-Together Science Bus」というプロジェクトが行われました。物理学者、生物学者、科学者らが各国を周り、科学を自ら実践できるようなワークをファシリテートしていきました。

私たちは普段、何かしらの消費者としての生活を送っています。ものを買う時に成分や原材料などをしっかり見ることは少なく、またみてとしても深く理解することはあまりないのではないでしょうか。

自分が何を食べているのか、どこで作られているのか、何が正しくて間違っているのか、どんな選択肢がとれうるか...を正確には知りません。サイエンスバスはこのような科学に対して受動的で、消費志向の社会への批判的思考から、欧州各地での科学をひらくワークをはじめました。

例えば「道路の空気はどのくらいきれいか測定できるか?」「ヨーグルトに何が入っているのか知っているか?」「充電器がない場合、どのように携帯電話を充電できるのか?」などの問いかけから各ワークが行われていきます。

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ワークショップの一例。「科学をDIYする」というコンセプトに基づき、食・健康・家庭・生き抜くための知恵をテーマにしたワークが多い。

シチズン・サイエンスの文脈では研究が題材にされることが多いですが、このワークは生活者の普段身近な物事にフォーカスし、実際に手を動かしながら科学について学びや実践感覚を深めて行く点がとてもユニークです。

実際にワークショップで使われたファシリテーション用のノートはダウンロードできるようになっており、自宅でも行うことができます。

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DIYで日焼け止めをつくるワークショップのレクチャーノート

おわりに

今回取り上げたプロジェクトではいずれも研究機関、科学者自らがプログラムのファシリテーションを担っています。

グローブ・アット・ナイトは役割自体はデータ観測者ながら、そのプロセスのなかで子供たちの想像力の拡張や科学リテラシーの向上を目的とし、自ら考えてもらうことを重視しています。また、Science Busはより生活者自身が能動的に科学に向き合い実践に活かすことを重視し、実際に科学者がファシリテーターとしての役割を担っているものでした。

最後に以下の問いで終わろうと思います。

・市民はどのくらい科学を理解したり、関わっていくべきだと思いますか?
・市民に科学をひらく上で、科学者が担う役割はどんなかたちであるべきでしょうか?

本マガジンでは今後も市民参加や民主主義に関する記事を更新していきます。よろしければマガジンのフォローをお願いします。また、このような生活者・市民とともに行うプロジェクトのファシリテーション、その他なにかご一緒に模索していきたい団体・企業・行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterのDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Reference

https://www.globeatnight.org

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-58278-4_11


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