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オルタナティブな未来シナリオから社会を変革する

変化に適応できる行政へ。未来洞察をもちいたガバナンス」では、変化に適応できない行政文化への問題提起と、未来を洞察・想像するプロジェクトを紹介しました。計画主義的な行政では「今、わかる・見えること」への対応は得意ですが、まだ想像がつかないことへの対応は難しく、このような未来を洞察・想像する取り組みは重要だと感じます。

最近私たちは本マガジンきっかけの縁もあり、自治体でのデザイン/イノベーションラボ関連のプロジェクトも進めているのですが、まだ日本では前例が少ない取り組みだけに、常に先を想像しながら進めていく難しさを感じているところです。

そこで今回は南アフリカでのアパルトヘイトを乗り越える際にももちいられたとされる、市民発のシナリオ・プランニングの考え方や、近年行われている公的機関や市民団体による事例を踏まえつつ、実践的な未来創造を紹介しようと思います。

アパルトヘイトを打開するために用いられた4つのシナリオ

アパルトヘイト(人種隔離政策)下の1991〜92年に南アフリカで民主主義への移行プロジェクトに参画したアダム・カヘンは、反体制側のチームで「左派によるオルタナティブ・シナリオ・プランニング演習」と銘打った体制打破への取り組みが行われたといいます。チームは洞察力・影響力がある政治家、実業家、労働組合員、学者、コミュニティ活動家など多様なメンバーが集まり、状況の打開を図るために対話を重ねていきました。

そこで重視されたのは下記のような原則です。

これから起こるだろうと予測することや、起こるべきと信じていることではなく、これから起こる可能性があると思うことについてのみ語らなければならない。(アダム・カヘン『社会変革のためのシナリオ・プランニング』)

私たちも普段仕事などでさまざま仮説を作り議論を交わすと思いますが、どうしても現状をベースに可能性が高そうな仮説や、取り組んでいくなかで自分の考えとして強まっている仮説、願望などが入り混じってしまうのではないでしょうか。もちろん場合によりこれらの仮説の立て方も重要なのですが、シナリオ・プランニングの考え方では「起こる可能性があること」についてみんなで物語を出し合っていきます。これにより一旦正しい・正しくないの価値観ではなく、発想が広がり、実際にこのプロジェクトでも30ほどの未来シナリオがつくられ、最終的に4つのシナリオに絞られました。

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4つのシナリオをシンプル化した図。ネゴシエーション・体制移行・政策の持続の3つの分岐をクリアすると「フラミンゴ」という成功シナリオに進むことができる。 | A Historical Overview of Strategic Scenario Planning A Joint Working Paper of the UKERC and the EON.UK/EPSRC Transition Pathways Project

ダチョウ(Ostrich, 代表者なしの政府)、足の悪いアヒル(Lame Duck, 無能な政府)、イカロス(マクロ経済的ポピュリズム)、フラミンゴ(包括的民主主義と成長)という4つのシナリオはわかりやすく、南アフリカに強い影響を与えました。特に大きな影響を与えたのは「イカロス」。経済学者のニック・シーガルはイカロスのシナリオをこのように記述します。

民衆に選ばれた政権は、成功を確実にするために物価統制や為替管理などの手段を伴う派手な社会的支出に乗り出す。しばらくは、この政策は成果を出すが、遠からず、予算や国際収支の制約が悪影響を及ぼしはじめ、インフレや貨幣価値下落など有害要因が現れる。次いで起こる危機は、最終的には独裁政治への回帰という結果になり、政府の計画の受益者となるはずだった人たちの暮らしは以前よりも悪化する。

このシナリオはネルソン・マンデラを含む、後に政権を取るアフリカ民族会議(ANC)の政策に異議を唱えるものでした。しかし、ANCのジョー・スロヴォはカヘンらのシナリオを真摯に受け止め、実際に厳格な財政規律を政策に反映。政権を握った時に「私たちはイカロスではありません。太陽に近づきすぎる心配はありません」と語るまでに至りました。

このようなシナリオ・プランニングのプロセスは国家の変革の要因になっただけはなく、その後の国内の合意形成でも採用されるようになったといいます。ではその後、現在にも生かされている事例を紹介しましょう。

ポストコロナのシナリオ分岐から、未来に備える | カナダ

カナダの未来の食産業のヘルスケアへの貢献をテーマにした団体「Nourish」は「もうもとに戻ることは考えていない。もっと良い社会に進むことができるのか?」を問いとして下記のありうる未来シナリオを整理しました。

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ポストコロナの未来シナリオ  | Nourish
縦軸は「交換価値(市場の維持を重視する)」↔︎「人命の保護」
横軸は「中央集権」↔︎「自律分散」をあらわす

このシナリオは環境経済学者のSimon Mairが提示したものを参考に作られました。

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ポストコロナの4つの未来 | Simon Mair
軸はNourishのものと同様。各象限は以下。
第一象限:国家資本主義、第二象限:バーバリズム
第三象限:国家社会主義、第四象限:相互扶助

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上記が各象限の概要、ヘルスケア・食のシステムに与えうる影響を日本語にまとめたものです。

整理をした結果、「不平等な崩壊」シナリオのシグナルは最も弱いとされた一方、他の3つのシナリオからのシグナルはすでに発生しているといいます。たとえば「コミュニティ主導のケア」では高齢者向けの「ご近所ホットライン」や「コミュニティガーデン」。「ユニバーサルアクセス」では、政府のCOVID-19によるベーシックインカムの可能性について言及していることからなどです。

これらのシナリオを整理することで現状その希望が見えている部分、あるいはリスクが見えている部分を明確にし、目指すべき次のシナリオを明確にすることができます。

ニューエコノミーを維持するためには、いかなる状況においても、経済的利益が生命への畏敬の念を超えてはならない。(Manfred Max-Neef)

Nourishはチリの経済学者Max-Neefの言葉を引用しながら、「ユニバーサルアクセス」および「コミュニティ主導のケア」シナリオをベンチマークとして方針づけました。

2035年の医療シナリオを想像し、未来に向けた人材を育成する | アメリカ

アメリカの医学教育に関する単位認定評議会(ACGME)は次世代の医師の育成において、重要な資質を未来のシナリオをベースに考えていきました。

医療専門家の100以上のインタビューをなど調査の後、ACGMEは医療提供の将来の状況の範囲を説明する、4つのありうる未来のシナリオを開発しました。4つのシナリオは、2035年にアメリカのヘルスケアシステムが運用されなければならない、ヘルスケアにとって外因性のさまざまな環境を説明しました。

最初のプロジェクトワークショップは、米国およびその他の国のヘルスケアコミュニティの50人のリーダーで構成されました。参加者は4つのシナリオに3日間向き合い、各シナリオの状況から「米国の医療システム」を開発しました。

2番目のワークショップで、ACGME理事会は、最初のワークショップで設計されたシナリオと医療システムを使用して「各シナリオ用に開発された医療提供モデルをサポートする医学教育システム」「ACGMEがその教育システムをどのようにサポートするか?」について考えていきました。以下が上記の過程を経た2035年の医療に向けたインサイトです。

・患者へのケアの提供は複雑さを増す。特にヘルスケアの提供と医学教育に対する、これまで以上にシームレスで統制のとれた専門家間のチームでのはたらきが求められる。
・情報の透明性が高まる。それに伴いデータ・分析の信憑性、そこから価値を読み取る能力が問われる。
・医療提供の将来の形を決定し、必要な労働力を予測することは不可能。したがって、医療従事者のキャリアの柔軟性を最大化することが重要になる。
・ヘルスケアサービスのコモディティ化が加速する。標準化された安価なサービスが増え、従来の専門家間のチームベースのケアにおける医療専門家間の責任・リスクに影響を与える。
・面倒で非効率なプロセスである、複数の関係者による資格認定・証明・ライセンス供与へのアプローチはほぼなくなっている。
・医師の労働力の現在の二分された概念化(たとえば、「プライマリケア-サブスペシャリスト」、「ジェネラリスト-スペシャリスト」)は、未来について考えるにあたって不適切なアプローチであることがわかる。
・テクノロジー、経済、社会問題の相互影響があるため、専門分野に対する育成は難しい。そのため医学教育システムとして、専門分野ごとに幅広い医師を提供できる柔軟性が必要である。
・医師だけでなく、すべての医療専門職を非専門化する社会的圧力がかかる。

これらのインサイトにから、ACGMEは医療従事者の教育もより変化に即した柔軟性を持たせるための戦略を策定していきました。特に教育のような時間軸がない場合は未来の想像から設計を行うことは効果的なアプローチであり、シナリオ策定と相性がいい分野かもしれません。

市民と国家の関係性の未来を考える | 南アフリカ

2008年、南アフリカではANCが党派争いでかき乱され、経済は電力危機に、公教育や医療、治安システムが脅かされていました。そこで35人の南アフリカ人によるコミュニティ「ディノケン・シナリオ」はありうる未来の予測を下記のように描きました。

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ディノケン・シナリオは2009年からありうる2020年の姿を市民の関与の積極度と、国家の能力を軸にして3つのシナリオが考えられた。 | Dinokeng Scenarios

このシナリオは下記の問いをもとに考えられました。

・南アフリカ人として、私たちの社会を破壊する時限爆弾の期限を迎えてしまう前に、どのようにして重大な課題に取り組むことができるのか?
・1994年(アパルトヘイト政策の終わり)の約束を果たす未来を築くために、私たち一人一人が、家庭、地域社会、職場で何ができるのか?

以下が日本語訳したものです。

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これらのシナリオを元に、ディノケン・シナリオは国民と政府に向けて下記の声明を発しています。

「私たちがしなければならない選択は何ですか、その選択の結果どうなる?これから何をするべきだろう?」
「国家を含む国家は、優れたシナリオを実現するために大きな役割を果たさなければなりません。白黒の人々がソーシャルネットを通り抜ける南アフリカは望んでいません。飛び地社会はほしくない」

具体的なシナリオを示しながら問いを投げかけることで、国民や政府へのメッセージとして説得力があるものになっているように感じます。シナリオづくりはチームでの作成ももちろんですが、社会全体に対してもあらたな視点を提供する方法論としても使えるのですね。

適切なシナリオ・プランニングを行うために

アダム・カヘンはシナリオプ・ランニングのプロセスを下記の5ステップに分けています。

1. システム全体からチームを招集する
システムにいる人々の属性を反映する / 自由に発言しやすい器をつくる 他

2. 何が起きているかを確認する
現状の把握 / リサーチ / システム構造で影響力を持つ要素や人を探す / 確実・不確実な要素のリストアップ 他

3. 何が起こりうるかについてストーリーを作成する
鍵となる確実・不確実なことを選ぶ / 演繹的・機能的にシナリオをつくる / シナリオのストーリーを論理的に書く / 各シナリオに名前・イメージをつける 他

4. 何ができ、何をなさねばならないかを発見する
各シナリオでの自分たちの強み・弱み、機会・脅威を考える / 自身がなにをなすのか結論を出す 他

5. システムの変革を目指して行動する
PR / 派生したイニシアチブを起こす / 触発され、連携した関係者たちの持続的ネットワークを作る 他

また以前には「2030年の行政のあり方を想像する、デザイン×未来洞察のプロセス」でEU Policy Labの事例も紹介しています。このなかでも4つのありうるシナリオをもとに、コンセプト設計が行われており、前後のプロセスも詳しく紹介されています。ぜひご参照ください。

最後に以下の問いで本記事を終ろうと思います。

・過去に行ったプロジェクトでありうる未来を想像するプロセスを経たことはありますか?
・行政や企業でシナリオ・プランニングを用いるとしたらどのような場面で活用できそうでしょうか?

本マガジンでは公共×デザインの記事を定期的に更新しているので、よろしければマガジンのフォローをお願いします。また今回のような公共や行政の未来洞察など、その他なにかご一緒に模索していきたい自治体・公的機関関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterのDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Reference

・アダム・カヘン『社会変革のシナリオ・プランニング
・Nourish - Future Scenarios for Food & Health Systems: Post-pandemic recovery and transition to a more resilient, sustainable, and equitable health care system in Canada
・The Conversation - What will the world be like after coronavirus? Four possible futures
Medicine in 2035: Selected Insights From ACGME's Scenario Planning
A Historical Overview of Strategic Scenario Planning A Joint Working Paper of the UKERC and the [EON.UK/EPSRC](http://eon.uk/EPSRC) Transition Pathways Project

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