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りんごのかじりかた⑥〜からっぽのりんご〜

りんごをお尻から齧ったあなたは、芯も種も思ったよりも簡単に食べれたことに驚いていると思う。手にはヘタだけが残っているはずだ。それを飲み込むかどうかは自由だ。いずれにしろ、きっと今あなたはいままで味わったことのない不思議な満足感を得ているだろう。もう一度、りんごを下から齧り丸々と食べることの意義を思い出しておこう。

・りんごは人類のDNAレベルに刻まれた普遍的、シンボリックな果実である。
・手や袖で磨くだけで簡単に輝き、自分に他者を光らせる力があることを認識させてくれる。ちょっと外で袖で拭いてでもみると、一気に自分が格好いいと思える。
・人の手にもっともしっくり収まるサイズであり、それは色、大きさ、形ともに我々の心臓に近い果実である。
・適度な硬さに、自分の歯型をみることができる。生命を噛みちぎる野生が自分にもあることを思い起こさせ、そのプロセスが程よく味わえる
・下から齧ることで、芯と種も含む丸のまま食べられる。生命を丸ごといただくことができる。
・下から食べることは、甘→酸へという味をたどることであり、また、重力を食し、徐々にその質量を減じ解き放たれていくことである。それは人生の過程そのものである。

すなわち、りんごを下から丸々齧るとは、自分自身をそのまま食すという行為である。だから、胃に入ったりんご一個分の膨らみよりも、それだけでない何かひとつの満足感を、あなたは今感じているのだ。これは上記の理由でりんごだからこそ感じられるものであり、他の果実、食物では得ることのできない感動だ。

最後にもう一度、手でりんごを包んだ形をつくってみてほしい。からっぽのりんごが手の中にあるだろう。そしてこの、まどみちお氏の詩を口にしてほしい。そうして長かったこのりんごのかじりかたは終わりになる。

「リンゴ」  
  まどみちお

リンゴを ひとつ
ここに おくと

リンゴの
この 大きさは
この リンゴだけで
いっぱいだ

リンゴが ひとつ
ここに ある
ほかには
なんにも ない

ああ ここで
あることと
ないことが
まぶしいように
ぴったりだ

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