野村修也

野村修也

最近の記事

世界は法律で覆われているか?

 第二次世界大戦前後に活躍したドイツの法哲学者グスタフ・ラートブルフ(Gustav Radbruch)は,無人島に着いたロビンソン・クルーソーを例に挙げ,一人ぼっちの時には「法」は無かったが忠僕フライデーにめぐり合ってから「法」が生まれたと説明しました。出典は不明なのですが,法律家の間では有名なローマの諺に「社会あるところ法あり(Ubi societās, ibi jūs.)」というものもあります。法をどのように定義するかによりますが,ルールといった意味で広くとらえるならば,

    • 十七条憲法と聖徳太子の思想

       馬小屋で生まれたと言えば、外国人の多くはイエス・キリストを想起するだろう。しかし日本では、もう一人、その名も「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」を思い出す人も多いはずだ(注1)。用明天皇(敏達天皇の異母弟であった大兄皇子。在位585-587)の第2皇子で、推古天皇の下で蘇我馬子ともに中央集権国家を目指したとされるこの人物は、言わずと知れた聖徳太子(注2)である。2021(令和3)年は聖徳太子千四百年御遠忌(すなわち、聖徳太子が亡くなられて1400年)に当たることから、博物館やゆ

      • 『方法序説』に書かれたデカルトの道徳格率

         デカルトと言えば「我思う、ゆえに我あり」という言葉を思い出す人が多いだろう。この言葉は、1637年デカルトが41歳の時に公刊した500頁を越える初の著書『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話(序説)。加えて、その方法の試みである屈折光学、気象学、幾何学』の序文に記されたものである。この大著の冒頭78頁分を占める序文こそが、一般に『方法序説』と呼ばれる著作だ。  中世スコラ哲学が支配する世の中で、聖書の「創世記」と抵触する思想を公表することは大変危険な

        • 「天皇機関説」事件をめぐる政治闘争

           日本学術会議の任命拒否問題との関係で俄かに注目を集めているのが、1935年に日本の政界を揺るがした「天皇機関説」事件である。  この事件のきっかけは、1935年2月18日に第67回帝国議会の貴族院本会議において、菊地武夫議員が、前年まで東京帝国大学法学部で教鞭をとっていた美濃部達吉博士の著書である『憲法撮要』や『逐条憲法精義』を槍玉にあげて、日本国を法人と捉え天皇陛下をその最高機関として位置づける学説(天皇機関説)を批判したことに始まる。同日の貴族院本会議では、菊地議員に

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          モーリシャス島沖でのWAKASHIO(わかしお)号座礁事故と油濁損害の賠償責任

          Ⅰ 事実の概要  7月26日、中国からシンガポール経由でブラジル方面に向かっていた「WAKASHIO(わかしお)」号が、インド洋南西部のモーリシャス島沖で座礁した。その後、救助作業を続けていたが、折からの悪天候による激しい揺れで右舷側の燃料タンクに亀裂が生じ、8月6日に燃料油が流出した。海難救助や事故処理の専門家らがモーリシャス政府と連携しつつ、国際タンカー船主汚染防止連盟(ITOPF)の助言も仰ぎながら、船の周囲にオイルフェンスを張って油濁損害の発生を防ごうと努めたが、す

          モーリシャス島沖でのWAKASHIO(わかしお)号座礁事故と油濁損害の賠償責任

          やられたら、やり返す

           TBS日曜劇場『半沢直樹』の続編が始まり、再びこの言葉がお茶の間に響き渡っている。「やられたら、やり返す」というのは、「目には目を、歯に歯を」の言葉で知られる「レクス・タリオニス(省略タリオ)」(同害報復)の考え方だ。  「目には目を、歯には歯を」というのは、「旧約聖書」の出エジプト記21章の24項目から25項目に出てくるが、古くはハムラビ法典まで遡る言葉である。ハムラビ法典とは、バビロニアの王ハムラビ(在位:前1792-1750)が近隣諸国の制服によって大王国を築き上げ

          やられたら、やり返す

          20歳のサヴィニー「カントになりたい」

          Ⅰ 20歳のサヴィニー  19世紀のドイツを代表する法律家サヴィニーは,若い頃友人に宛てた書簡で「カントになりたい」と述べた。  サヴィニーは,フランクフルト・アム・マインで1779年に生まれた法律家で,数多くの著名な芸術家や学者を生んだ19世紀のドイツを代表する人物の1人である。1810年に新設されたベルリン大学の教授となり,その2年後にはわずか33歳で総長に就任している。当時のドイツは多数の領邦に分裂していたが,中でも最も強力だったのがプロイセンで,ベルリン大学はそこ

          20歳のサヴィニー「カントになりたい」

          今どきの若い者は・・・

           今から4000年ほど前のエジプトの遺跡で見つかった手記に、「この頃の若い者は才智にまかせて、軽佻の風を悦び、古人の質実剛健なる流儀を、ないがしろにするのは嘆かわしい」と書かれていたという逸話がある。出典は、民族学の泰斗である柳田国男氏の『木綿以前の事』(岩波書店)であるが、実はその手記は見つかっていない。いわば伝聞による都市伝説なのであるが、ともあれ、このような話が出てくる背景には、いつの時代も我々ロートルが、自分たちの時代を必要以上に美化し、共感しにくい若者たちの言動に対

          今どきの若い者は・・・

          コロナの時代に、東浩紀『動物化するポストモダン』を読み直してみた

          講談社現代新書の『動物化するポストモダン』を読み直してみました。わが国における「ゼロ年代」の思想家たちの中で圧倒的な存在感を示しつづける東浩紀氏が、2001年に出版した本です。「ゼロ年代」という括り方とともに、この本もすでに古典となりつつありますが、そこに付された「オタクから見た日本社会」という副題は、コロナウイルスの影響で国民すべてが自宅に引き籠っている今だからこそ、改めて読み直してみる価値を感じさせます。 さて、東氏のデビュー作といえば、言わずと知れた『存在論的、郵便的

          コロナの時代に、東浩紀『動物化するポストモダン』を読み直してみた

          日弁連に関するツイートについて

          日弁連に関するツイートに関連して沢山のご意見を頂きました。すべて読めておりませんので逐一対応できませんが、とりあえず私の主張を整理し、後は、皆様で様々にご議論いただければ幸いです。 日弁連は法人ですので(弁護士法45条3項)、その目的によって権利能力が制限されます(民法34条)。会社の場合には、取引の安全を図るため、その目的は、明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上で直接・間接に必要な行為をすべて含みます(最高裁昭和45年6月24日判決)。しかし、

          日弁連に関するツイートについて