見出し画像

映画評 ボーはおそれている🇺🇸

(C)2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』のアリ・アスター監督による、神経症の男が怪死した母のもとへと帰省する帰路で、奇想天外な出来事に巻き込まれていくサイコスリラー。人物描写に掘り下げ甲斐のある一方で、ホラー描写に疑問を覚える内容であった。

日常のささいなことでも不安になってしまう怖がりの男ボー(ホアキン・フェニックス)は、つい先ほどまで電話で会話していた母が突然、怪死したことを知る。母のもとへ駆けつけようとアパートの玄関を出ると、そこはもう“いつもの日常”ではなかった。その後も奇妙で予想外な出来事が次々と起こり、現実なのか妄想なのかも分からないまま、ボーの里帰りはいつしか壮大な旅へと変貌していく。

ボーが神経症となった原因を読み解くと、アリ・アスター監督は家族をテーマにする作家性であることが分かる。長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』は、母親による呪いが一家を崩壊させていく様子を描き『ミッドサマー』では、主人公の妹が両親を道連れにして一家心中をしたことで、心的外傷を負う。ボーは母親からの歪んだ愛情によって神経症になったことから、家族の存在が重荷となる主人公像とストーリーという共通点が見つかる。

名前のボー(Beau)のEau(フランス語)は水を意味している通り、彼は水つまり母親に支配されている。水無しで薬を飲んでしまい焦る様子は、水が無ければ、母親がいなければ生きていけない比喩だ。また風呂場で見知らぬ人と取っ組み合いになり難を逃れた描写は、母親がいれば助かる彼の潜在意識とも見て取れる。

反対に、プールに浮かぶ死体や「風呂に入ってなさい」と叱られることは、母親には逆らえないボーの心理描写だ。ウンセリングにて母親の影響で神経質になったと憎悪を告白しているように、彼の生きにくさの原因は母親で彼の心を支配している。

だがボーは50を超えているおじさんで、未だにママを頼っている姿は痛々しい。母親が慈善事業で建てたアパートで一人暮らしをし、物事の大事な決断は他人に決めさせる。極め付けは「ママごめんね」と泣き喚きながら足にしがみつく。実家に帰省しようとしたりプレゼントを送ろうとするなど愛情もあるのは確かなのだが、気持ちの悪い愛情と他責思考の憎悪の二面性を持ち合わせている。

ボーは1人の男として自立できない。『ファイト・クラブ』のナレーター僕が「父親がいなかったことで男性としてどう振る舞うべきか分からない」と吐露しているように、ボーは父親を知らずに育てられた経緯がある。さらに母親からの「遺伝的に性交渉を行うと死んでしまう」という約束を守っている童貞で、生殖行為を営んではいけない男の子だ。独り立ちはおろか成長すらでぎず、困ったことがあれば母親に頼る。彼が真におそれているのは、”男性”として自立できない現実なのだ。

(C)2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

アリ・アスター監督の過去2作のホラー映画は、どんどん恐ろしいことが起きていき、ジワジワと精神を抉ってくる。巻き込む方は至って真面目に取り組んでいるからこそ、部外者視点を用いて恐ろしさを演出している。しかもその空間・支配から逃れられないという、映画館で観るという相性の良さを発揮させる手法を取れている。

本作は毛色が変わっており、悪い意味で瞬間的な怖さに依存している。本作で登場する人物は皆怖そうな人たちで、文字通り怖いことをしてくれる既定路線通りに動く。特に冒頭では、キャラ強めの人物を多数登場させ、怖さの数打ちを狙っているだけだ。本作の怖がらせ方は、怖そうな人にアクションをさせるお化け屋敷方式だ。瞬間的な怖さはあるものの、次第に慣れてしまう。

ボーを追いかける元軍人の描写はホラーの怖がらせ方というよりかは、『ランボー』のようなアクション映画の怖がらせ方でミスマッチ感が否めない。また、屋根裏部屋の真実は、ビジュアルで怖がらせようとしているのだが、あまりにも奇想天外すぎて唖然とする。様々なことに挑戦しようとしたがあまり、過去作で体験した精神を蝕むかのような感覚は味わうことはできない。

アダルトチルドレンのアラフィフと毒親の母親だけでも十分怖い話に昇華させることができただけに、的を一つに絞りきれず様々な手法を取ってしまったことが、何とも勿体無い。

この記事が参加している募集

スキしてみて

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?