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映画評 ダム・マネー ウォール街を狙え!🇺🇸

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コロナ禍の2021年アメリカで起きたゲームストップ株騒動を『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『クルエラ』のクレイグ・ギレスピー監督で映画化。経済用語が連発する小難しい映画かと思いきや、分かりやすく且つ共感できる内容に驚いた。

コロナ禍の2020年、マサチューセッツ州の会社員キース・ギル(ポール・ダノ)は、全財産5万ドルをゲームストップ社の株に注ぎ込んでいた。キースは「ローリング・キティ」という名で動画を配信し、同社の株が過小評価されているとネット掲示板で訴える。すると彼の主張に共感した大勢の個人投資家がゲームストップ株を買い始め、21年初頭に株価は大暴騰。同社を空売りして一儲けを狙っていた大富豪たちは大きな損失を被った。この事件は連日メディアを賑わせ、キースは一躍時の人となるが……。

株式騒動の映画で真っ先に思い浮かべるのは『マネー・ショート 華麗なる逆転』だろう。リーマン・ショックによる経済崩壊を描いた同作は、経済に詳しくない人にとっては難しい内容であった。『ダム・マネー』は「空売り」の仕組みを理解することは必須でも、経済用語が飛び交う金融映画ではない。個人投資家たちが一致団結して、共通の敵である巨額の資金を持ち合わせるウォール街の富裕層たちに、ジャイアントキリングを巻き起こすスポーツ映画に近い。

低賃金で働いている者から、ウォール街の策略によって借金を抱えることになった女子大生2人など、一般市民である個人投資家たちによる社会や富裕層に対するネガティブな感情が丁寧に描かれる。また、コロナ禍によって明らかになった経済格差が、富裕層への怒りと不満が浮き彫りにする。看護師でシングルマザーのジェニー(アメリカ・フェラーラ)が、富裕層に対する不満をテレビの前で吐くシーンは、お金を必要とする彼女の現状も加わり、大いに共感を覚える。

さらに、ロックダウンによって断絶された人々の繋がりが、SNSを通じて新たな繋がりや新たな希望が見出される。事の発端であるキースへの支持を表明する動画や、ゲームストップ株の購買を薦めるミームまで作られるなど、後にウォール街をひっくり返すほどの強い連帯感を作り上げる。劇中使われる『Seven Nation Army』はスポーツ観戦さながらの一体感を演出したと言えよう。広がっていく経済格差、将来に対する絶望感が漂うコロナ禍で、高騰するゲームストップ社の株は、現状を打破する一縷の希望のように描かれる。

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本作は監督過去作『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』さながら相手側であるウォール街の人たちのドラマも描かれる。ウォール街側も一筋縄では倒れない。あの手この手を使って、自分たちの利益を守ろうと奮闘する。相手側の戦略も描いているため、株で一泡吹かせたい庶民(攻め)VS利益を守りたい富裕層(守備)の構造が出来上がる。そのため、試合を見ているかのような高揚感を得られ、結果に対してのカタルシスに感動を覚える。

敵側であるキャラクターやヴィランを悪く描かず、『アイ,トーニャ』や『クルエラ』のように、取っ付き難そうなキャラに対しても、感情移入をさせることができるのがギレスピー監督の作家性だ。高騰し続け10億ドルの損を出した資産家の焦燥し切った表情は何とも居た堪れない。しかも家族や会社の社員も抱えていることから同情を覚える。キースと共にアメリカ下院の公聴会に呼ばれ尋問を受けてるシーンは、嫌なやつであったとはいえ、あくまでもマネーゲームに巻き込まれたちっぽけな1人の人間であることを思い出させてくれる。

小難しくなりそうなところを誰が見ても楽しめ、一人一人の登場人物らに感情移入できる内容に仕上がっていた。金融映画で株も学べて人間ドラマも描かれているのは珍しいのではないだろうか。

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