歴史の論述問題作成を通して生徒の歴史学習に対する学習観の変容を図る

今回は、東京都世田谷区にある田園調布学園中等部・高等部の坂本登先生のご実践を紹介します。

田園調布学園は、西村庄平先生により1926年に調布女学校として建てられた、創立100年を迎えようとしている伝統女子校です。

2005年竣工の重厚感をまとった校舎は、伝統校としての歴史を感じさせます。一方で、エントランスを入ってすぐ目の前に広がる吹き抜けのフリースペースや図書館には解放感があふれ、学校生活を伸び伸びと送ることできる、そんなゆとりも感じられます。

田園調布学園では、「ディプロマシー・カリキュラムポリシー・アドミッションポリシー」という3つのポリシーを策定されており、その方針に基づいて各教科および行事のルーブリックも作られています。

伝統校でありながら、探究学習・教科横断授業・理系教育にも熱心に取り組む、私学の先端を行く学校という顔も持ち合わせています。

 

今回は、そんな田園調布学園の坂本登先生のご実践を紹介していきたいと思います。

坂本先生は、2012年に同校に着任され、社会科の教員として、世界史、倫理などの科目を担当されてきました。

ソフトテニス部の顧問としても指導に当たられており、日々熱心に生徒の指導に過ごされている先生です。

坂本先生は向学心がとても旺盛で、この研究会の立ち上げにあたり参画を打診したところ、「二つ返事」でご参加を決断してくださいました。

坂本先生は、単純に知識を詰め込んでいくということではなく、学校として大切にする「豊かな人生を歩める人を育てていく」ために、自ら考える力、知識や情報をインプットするだけでなく、それらを活用していく力、何よりもそれらの力を自らすすんで身につけようとする姿勢を養うということをモットーに日々指導にあたられています。

 

■実践に取り組まれる前の問題意識

「自分なりに、指導理念を持って授業を行ってきたつもりではありましたが、それでも、どうしても生徒たちの『社会は暗記教科だ』という考え方を変えるには至りませんでした。」

そうこれまでのご指導をふり返られています。

「例えば歴史であれば、歴史的な事象のつながりを理解したり、それをアナロジーとして現代社会の問題を捉えてみたりなど、生徒たちが社会で生きていくために必要な力を身につけさせられる要素がたくさんあります。しかし、試験前に『一夜漬け』で暗記をして、試験の終了とともに、歴史の学習もそこでストップ。という状況に陥りがちでした。」

 

これは、多くの社会科の先生方が抱えている悩みなのではないでしょうか。

暗記教科、という捉え方が根強い分、暗記するという作業が好きではない生徒たちからすると、社会科は『面倒な教科』という認識になってしまうのでしょう。

 ただ、坂本先生がお話されるように、社会科としてのものの見方・考え方を習得していくということは、主体的に社会に関わっていく力を身につけていくためには必要不可欠な要素です。

社会科は単なる暗記教科、この認識を超えていくためには、どのような手立てが有効なのでしょうか?

 坂本先生のご実践を通して、考えていきたいと思います。


■実践の内容

坂本先生のご実践の軸になるのは、生徒たち自身に論述問題を作成させる、という取り組みです。

 「これまでも、試験前になると生徒同士が学びあうというような姿は見てきました。ただ、それは単一回答式のいわゆる一問一答の『クイズ』大会のようなものでした。」

この様子も、多くの学校で見られる現象ではないでしょうか。

 「そこで、単なる記憶・再生ということではない視点を生徒たちに持ってもらうということをねらって、自作の論述問題を作成するという取り組みにチャレンジさせました。」と、取り組みの意図をご説明くださいます。

 ただ、読者のみなさまの中には、「そんな難易度の高いこと本当にできるの?」「学力的に厳しい生徒たちに課してやり切れるの?」そんな懸念を抱かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこでまず、どのような工夫を加えられたのかを伺ってみました。

 「生徒たちには、論述問題の『型』を示しました。つまり、ある程度の『枠組み』は明確に示したということです。参考にしたのは、山川出版社の「正解し論述問題の解き方」という参考書です。そこでは、6つの『型』が示されています。このような形で『枠組み』を示すことによって、もちろん問題の質の高低はありますが、多くの生徒がこの課題に取り組むことができました。」

 つまり、一つ目のポイントは、「枠組みを示した」ということです。

この課題に主体的に取り組ませようとする時、生徒の主体性を重んじるがあまり何ら枠組みを示さずに自由(悪く言えば放任、丸投げ)にしていたら、この実践はうまくいかなかったかもしれません。

その匙加減は難しいところではありますが、ある程度の「枠組み」を示すことは、生徒の主体性をそいでしまうものではなく、むしろそれを引き出すものであるということになるでしょう。

 「もう一つの工夫としては、良い問題はほかの生徒にも共有したり、場合によっては良問をみんなで解き合い、作問した生徒に回答におけるポイント、なぜこの問題を作ったのか、ということを解説させたりと、良い取り組みを示して生徒たちの理解を深めていったことです。」

 二つ目のポイントは、「良い例を示すことで『枠組み』を強化した」ということです。

前述の6つの型を示されただけでは、十分にイメージを持てない、具体的にどのように取り組めばよいのかを理解できない、という生徒が出てきてしまう可能性があったと思います。

そうではなく、身近なお友だちの取り組みを通して、生徒たちは論述問題の作成に取り組むとともに、歴史を学ぶ際に持つべき「視点」を獲得していったのではないでしょうか。

① 事項解説型    ○○の事項について説明しなさい

② 原因・結果考察型 ○○はなぜ○○で起こったのか説明しなさい

③ 変遷・展開考察型 19世紀から20世紀半ばまでの○○について説明しなさい

④ 意義・特色考察型 ○○の特徴について説明しなさい

⑤ 比較考察型    国際連盟と国際連合を比較してその違いを説明しなさい

⑥ 統合論述型    世界史に鉄道が果たした役割について説明しなさい

 これが示された6つの型ですが、これこそが歴史的な事象を捉える際の見方・考え方になっているからです。

 坂本先生は、

「結果論ではありますが、生徒たちは6つの型を歴史での学習事項を捉える際のひとつの『枠組み』として、歴史で学ぶ事柄を整理できるようになっていったのではないかと思います。単純に、人物名や年号、出来事の名称を暗記することが歴史を学ぶ視点ではない、ということを具体的に理解していってくれたのではないでしょうか。」と、ふり返っていらっしゃいました。

 ■得られた成果と課題

 この取り組みにチャレンジしたのは、習熟度別クラスの中間クラスにあたる生徒たちでした。彼女たちの定期考査のクラス平均点は、同じ考査を受験している上位クラスに肉薄するくらいに向上するという結果が得られています。

また、生徒に対して行っているアンケート調査では「結果さえ良ければよい(結果思考)」「暗記さえしていればよい(暗記志向)」といった自立的な学習につながりづらいということが分かっている学習観のポイントが低下するという結果も得られています。

学年が上がった後も追跡すると、なんらかの形で坂本先生のご実践を経験した生徒たちのほうが歴史の考査得点が高い傾向にあるということも分かっています。

もうひとつ、これは定量的な成果ではありませんが、定期考査における論述問題の無回答が減少したということも、坂本先生は成果として挙げていらっしゃいます。

 ただ、まったく課題がないわけではありません。

「この取り組みは、『論述問題を作問する』という課題を教員から与えている、という意味においては、ある種教員側から課題を課している、という域にとどまっています。自分で問いを立てて自らその問いに取り組むというところまで到達したい、というのが私の目指すところなんです。」と、坂本先生は課題にも言及くださいました。

 それこそが、学校として大切にする「豊かな人生を歩めるようになる」ために、「自ら問いを立てる」ということにつながっていくのだと思います。

 

■実践を通した先生ご自身の気づき

途中、読者諸氏が抱くであろう、「学力的に厳しい生徒たちに課してやり切れるの?」という懸念に触れました。

この点において坂本先生は、「意外だったのは、歴史がすごく嫌いというわけではないけれど決してテストの得点としてはそれほど高くはないような生徒でも、良い意味で面白がって取り組んでくれたことです。」とお話しされています。

難しそうだから、ということで生徒たちにチャレンジさせることを躊躇するのではなく、チャレンジさせて、できなければ必要に応じて必要な介入を行っていくという教員側の姿勢が大切ということを示唆してくれます。

 「生徒たちの作問の質が向上していくのはとてもうれしいのですが、逆に言うと定期考査を作問する私としては『先生が作る問題がこのレベル??』と思われないように、定期考査ごとに頭を悩ませています(笑)」とも、坂本先生は付け加えてくださいました。

ただ、この生徒と教員の切磋琢磨こそ、学校での学びの醍醐味なのではないでしょうか。

  

■今後の展望

途中、課題として言及したように、まだ自ら問いを立ててその問いに自ら挑んでいくという姿勢を涵養すること、答えのない問いに対して知的粘り強さを持って取り組み続けるということには至っていないと坂本先生はご自身のご実践を評価されています。その課題感をふまえて、継続して今年度も実践に取り組まれています。

 「ちょっとうれしい出来事がありました。定期考査前の自習時間に歴史の勉強をしていた生徒がお互いに問題を出し合っていたのですが、何問かにひとつ論述的な回答を求める問題を出し合っていたんです。少しは変わってきたのかな、とうれしくなりました。」と手応えを感じていらっしゃる坂本先生。

「今後、そのような捉え方や学び方が、歴史(社会科)の学習だけではなく、他教科にも転移していくようなところにまで、持っていけるといいなと思っています。」と、今後の展望も補足してくださいました。

 「学習観」は、考え方であり信念であり、容易に変容を促していくことは難しい領域になります。だからこそ、坂本先生は「論述問題作成」という具体的な活動を伴う学習課題を通して学び方の変容を促し、得点向上だけに留まらず、「学習観」の転換を図られています。

自己調整的な学習につながりやすい学習観が(意味理解思考、思考過程重視思考、方略思考、失敗活用思考など)強いことは、狭義の学力にも影響するということが、これまでの研究で明らかになっています。つまり、狭義の学力を向上させていくためにも、どのような学習観を持つようになるかということは重要なポイントです。

そして、坂本先生のご実践からは、それを実現するためにも「具体的な方略」に介入していくことにおいて効果が期待できる、という示唆が得られました。

 次回、東京電機大学中学校・高等学校の松永航平先生(国語科)のご実践をとおして、さらに学習観の変容について、考えていきたいと思います!

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