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【ショートショート】天にまします

男が講義を終えてダイニングへ降りると、すでに昼食は出来ていた。
分厚いステーキは、男が妻にリクエストした好物だった。
A5ランクの培養肉だ。

「午後も講義なの?」
「ああ。書斎から遠隔授業だ」

5歳の息子が口を尖らせる。
「遊ぶ約束は?」
「講義が終わったら、遊んでやるぞ」

「また、あの遊び?」
妻が美しい眉をかすかに寄せた。
「悪い生き物をやっつけるだけだ」
息子も口をそろえる。
「生かしちゃいけないんだよ、ママ」

「そうだ、あれはパパ達人間とは違う生き物だからね。
奴らに高度な知能はない。
たとえば、こんな旨そうな培養肉を作る技術とかね。
牛や豚と呼んでいた家畜が殺されなくなったのは、
人間の叡智のおかげだよ。
でも、あの生き物だけは殺していいんだ。
愚かで獰猛だからだ。
第一、数が多すぎだ。
間引かなくては、いつか人間に危害をなす。その前に…」

「食事の前にやめてちょうだい」
「ちゃんと許可を得た狩だ」
「ぼく、おなか空いた」
「ああ、ステーキが冷めてしまうな」
「あなた、食事の前にはお祈りをして」
父と息子は目をあわせ苦笑する。3人は手を組んだ。

「天にましますわれらの父よ…」

 #

老人が畑仕事から戻ると、粗末な麦の粥が待っていた。
同じ食事が5日続いた。

「おじいちゃん、なんで畑仕事の間は、裸なの?」
孫が訊ねた。

「それは人間が罪深いからだよ」
老人は服を着ながら、彼の父から教わったことを教える。

「我々人間は生き物の中で一番罪深い。
生きる為、実に多くの生き物の命を奪ってきた。
牛や豚、鶏、羊、兎、魚、蛙……、それに麦だって、生き物だ」

孫には、蛙と麦以外の生き物を食べた記憶がなかった。

「だからせめて働く間は、
神にありのままの姿を見せなくてはならないのだ」

「神様ってえらいの?」
「だから我々を罰することが出来る」

「神様がこの世界をつくったの?」
「神がそう言っておられるから、そうなのだよ」

孫は粥を見つめる。何かが、とても卑怯な気がした。
「さ、食事だ」
老人とその家族は祈った。

「天にましますわれらの父よ…」

 #

男が書斎のテーブルを上げると、レーザー砲の操縦席が現れた。
はしゃぐ息子を膝の間に座らせ、ハンドルを握った。
スクリーンには数千メートル下の地上が映る。

「裸でうろつく奴らを仕留めてやる。見てろ」


地上では農家の孫が、窓辺で祈りの言葉を呟いた。

天にましますわれらの父よ
願わくは御名をあがめさせ給え
空から降る怒りの炎でわれらの罪を清め給え








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