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【詩】ロールシャッハに梢は萌え


ロールシャッハにうれは萌え 空に序楽の羽ばたきを

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指させば かならず
示したかった的から
数センチ逸れてしまう 指の先
青春の特権さ

紺色の寝台車は
蔦の葉末のそよぐ
白い駅に 泊まるから
ブレザーと
ネクタイと
ワイシャツは いい相性で
生れた街から
そういえば
遠くへ離れたことのない
十六歳のからだには
一方通行の抜け道は
あってもいい
ワイヤレスイヤホンが
フレデリック・マーキュリーの
扉を立て付けるのは
片方ずつ
の、
彼と彼

鳥の巣?
ちがうよ、鳥だ。
羽根を広げようか閉じようか、思案中の

樹木が忘れた名前を 
思い出す兆候は
北風の匂いに青い鉄がまざる
橋から見渡せば
うれは猩紅熱に浮つきの発色
けれど喃語はいつだって最強さ
手ひどい願望は
折り畳まれ 紙ヒコーキへ
昨夜の大雨で目覚めた
今朝の最大瞬間風速
街に一色だけ残されていた
色とともに
かっさらう
(歯みがき粉のいい匂いがしそうな指だ、ぜ)

見ているあいだに
古巣は
ぎこちない身じろぎを
枝と枝とを擦りあわせ
新鮮な空気を喰ったらしい
アコーディオンの埃くささ 軋む
「あ、」

立ち位置向かって いつも右は
古巣が鳥になる瞬間を確かに見
立ち位置向かって いつも左は
鳥が古巣でもある定理をうけいれる
なんだか
なにか
しなくちゃいけない気分が
車輪を回し
けれど
指遣いはぼんやりとつくねんの中間
フレデリック・マーキュリーの
哀傷を
それぞれ左右の戸口に嵌め直す
見つめ合うのは怖いかい?
の中にいるのが
きみではなくて 
「ぼく」独りになるもの

一春そこに立っていたら
蕭々と遠くまでけぶる雨
あの鳥がふたたび古巣へと
石化するさま 見届けるだろう
生れた街を遠く離れ
十と数年
若葉のそよぐ大樹に
記憶にあるような、無いような
非常に古い巣 
見えかくれするのを確かめる

川をわたって
右の街から左の街へ
おもむき帰らざる人も
左の街から右の街へ
行きて帰らざる人も
ロールシャッハに梢は萌え
ルビンの壺に繁茂する
別の図形になろうと試みの落剝は
いつか名前を喪う季節
あの春
指先に きみを留めることは
できなかったのかと
煙雨



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