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【小説】一星欠けた 第5話

中肉中背よりすこし低めの男は、誰も羨ましがらなかったが相当な巨根であった。小柄な男なのに、その部分は限度を知らない人間の「冗談のつもり~」で振るうパーンチ!のように、圧倒的な破壊力であった。
悪い事は重なるもので、その巨根は病的なくらいに遅漏でもあった。

しかしタンゴの痛みは、その鈍器のねじり込まれる肛門筋からだけでなく、石の当たった頭部や、ドライバーを刺して穿った胴体の孔、半月板の割れた膝や内出血だの骨折だののそこかしこからも起こり、さらには意識も朦朧とし吐き気すら催していたので「早くイってくれねーかなー」という交接中に疲れちゃった人間が相手に抱きがちな愚痴など思い浮かびようもなかった。タンゴの反応の鈍さは男にも伝わった。

ねえ、起きてる?寝てるの?聞いてるの?なんで耳から血ぃ出してんの?

男は耳の穴に刺さっている尿道プラグを指で摘まんで揺する。

おれのこと嫌いなの?おれがボタボタ汗をキミの顔に垂らしているのがウザいの?ねえ嫌いなのったら嫌いなの?おれはオマエが大嫌い、嫌いで嫌いで一度もオカズにしなかった野郎だけど、手足ギュウギュウに縛り上げたらこんなに勃起するんだな、だってキモチイイんだもん、大っ嫌いなテメエを縛るのキモチイイんだもん、大っ嫌いなテメエ如きに大事なちんぽこブッこんでるのって背徳感が堪んなくってキモチイイんだもん、だから俺は俺の背徳感とまぐわってんだな、お前とは一切ヤってねえから安心しな、お前さっきから一人で泣き喚いているけど、俺にちっとも関係ねーのに俺さっきからずっとガッチガチだぜ?って聞いてんのかよ!
なんで耳から血ぃ出してんだよ!
あれ、ひょっとして鼓膜破れてるんだ、あー気の毒だね。
オマエの事ぶっ殺してやろうってずーっと思っててさ、思い過ぎたお陰で俺タイムマシンに乗って来たんだぜ。信じられる?一見デカいアメ車風のタイムマシンが現れて、中から出て来た変な博士が〝これはタイムマシンじゃ〟って言ったの。信じられねえよな。でも実際未来から来てんだし、そこは受け入れてよ。チンコも受け入れてよ、これは冗談。でもアナルまだ硬いよ。

ま、掘りながらとっくりと語ろうや、オマエの糞みてえなひでえ所。
って鼓膜破れてるんじゃ駄目か。


山紫水明学園中等部一年C組、里神楽シュロは咳込んだ。
泥水を吐く。
意識が戻ってきた。
空が夜のように暗かったが、しばらくぼんやりしていると、冷たい青空が戻ってきた。
頭が今日のいじめのメニューをおさらいしようとしていた。おさらいなどしたくなかったが、次の日に来るいじめの耐性を上げる為、このイメージトレーニングはずっと役立ってきた。
まず始めに北斗七星の瘡蓋を剥がして、それからリコーダー、拳骨、オナニー、リコーダー、オナニー、蹴り……最後が曖昧だった。それを思い出さないと明日のいじめに持ち堪えられないのだ。焦った。焦っているのに寒さで身体は震えた。

ばっくしょいっ!

クシャミが飛んだ。下腹部が痛んだ。
七番目の星として開けられた孔は、少し力を入れただけでも痛んだ。
リコーダー、オナニー、蹴り、蹴り、蹴り、痛いくせにまだそんなことを思い浮かべている自分が可哀想になった。ゲロが出そうだった。しかしそれはゲロではなく泣き声だった。泣いていることに気づくと涙はいよいよ止まらなくなった。
下腹部の穴へ、ゆっくりと指を伸ばした。指先には水で薄まった血と、砂がついていた。
血が水で薄められているのも、傷口に砂が塗れているのも許せなかった。
穢された。
血は血だけ、傷は傷だけでなくてはならなかった。どちらも薄めてはならないものだった。
腹が立っていた。ある言葉を思いついた。
生きている人間に対して初めて思いついた言葉だった。その所為で心臓が高鳴った。
震えながら小さく呟いてみた。

アイツ、ぶっ殺してやる。


中肉中背より少し小柄の限度を知らない冗談のようにデカい男根の男は、後ろ手に手をついて上がった息を整えていた。視線の先には、無理やりこじ開けられて閉じなくなった肛門があった。血まみれであり精液まみれであった。十条タンゴは、穴の周りだけでなく顔も身体も精液まみれであった。しつこい冗談のように遅漏な男は、十条タンゴに嵌めて3回もいっちゃったのだ。遅漏なのに。

男は疲労していた。だが思考の一部は清澄だった。頭の澄んだ部分で、そろそろタイムマシンの迎えに来る時間だと考えていた。立ち上がろうとし、今一度、十条タンゴの姿を目に焼き付けた。くったり伸びたちっぽけな、只のガキだった。裸の胸から腹の下にまでドライバーで穿った孔を、順に眼で数えた。

いち、にい、さん、し、……

数がおかしかった。
星の数は七つ、ぜんぶで北斗七星になる筈なのに八つあった。もう一度指差しをして数え直したが、やはり星は八つあった。指は最後に、尿道に突き刺さったままの尿道プラグを指していた。胴体に七つの孔、それに尿道プラグの刺さった孔が一つ。

少し悩んだ。一つ星を削り落とせばいいのだ。しかし胴体に開けてしまった孔を削るのは、難しそうだった。陰茎に目をやる。即座に首を振った。だって七番目のお星さまは、絶対チンポだもん。チンポが絶対キラキラスターだもん。

代わりの何かを切り落とすしかなかった。身体を起こすのが億劫だった。その場で腕を伸ばし、鞄を引き寄せる。中からジャックナイフを取り出すと左側の睾丸をつかみ、陰嚢が柔らかくなるまで揉みしだいた。何か違う気がしたがおおむね正解だったし、タイムマシンも来る時間だから睾丸を皮ごと引っ張った。陰嚢はプラグの刺さった茎から充分に離れた。これだけ離しておけば、チンポに傷はつかないね。それは優しい言葉のつもりだった。

バイバイお星さま。

ジャックナイフが閃く。
十条タンゴ十三歳の睾丸は、それなりの量の血とともに天井高くまで飛んだ。





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