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プノンペンに逃げてきた -カンボジア・タイ紀行 1-

成田空港からホーチミン での乗り換えを経て約7時間、乗っている飛行機がカンボジア・プノンペンの大地を眼下にはっきりと捉えた頃には、すっかり夕方になっていた。
窓際の席、読んでいた村上春樹から顔を上げ飛行機特有の小さい窓を覗き込んで、違和感に気がついた。
「あれ?川が氾濫してない?」
プノンペンは遠くチベットを源流とするメコン川と、カンボジアの北東にあるトンレサップ湖から流れ出したトンレサップ川がちょうど合流する位置にある。そういう意味で土地に占める水辺の割合が多いのは当然ではあるが、それにしてもどこかおかしい。明らかに畔で区切られた田畑があるエリアが、水に完全に浸っているのだ。それもある一区画だけではない、至る所で起きている。
「これがカンボジアの雨季か、、、」
およそ1年前、8月に訪れたマレーシアやシンガポールでは雨季と言えどこんな景色を見ることはなかった。カンボジアが水に恵まれた土地だからか、それとも治水技術の差なのか、真相は実際のところよくわからない。

明らかに氾濫してる、、、よね、、、?

プノンペンはカンボジアの南西に位置する首都。約230万人という人口はカンボジア全体の約15%、日本で言えば京都府よりちょっとだけ少ないくらいだそうだ。バンコクの約半分、ホーチミンの四分の一以下であることを考えると、東南アジアの首都としては小さい方だと思う。
それを反映してか、首都の国際空港にしてはプノンペン国際空港はややこじんまりしているように感じた。
荷物をピックアップしてゲートを出るとむわっとした熱気に包まれる。この熱気、皮膚にまとわりつくような湿気、鼻を突くガソリンの匂い、ひっきりなしに聞こえる大きな話し声とクラクション… 東南アジアに来たことを全身が感じとり、頬が緩んでしまう。

私が東南アジアで空港から市街に出る鉄板の方法は2つ。エアポートレイル(市内直結の電車)とGrabだ。エアポートレイルが走っている場合は迷わずそれを選ぶ。基本的にはきれいだし、切符もそこまで高くないし、市内のハブ駅までまっすぐに連れていってくれる安心感もある。
しかし、都市のいろんな事情からエアポートレイルが走っていない都市も多い。(ホーチミンなんかはあんなに人が住んでいて発展しているのに、区画整備が進まず未だに一本の電車も走っていない)そんな時に非常に助かるのがGrabだ。メータータクシーに乗ったらぼったくられやしないか、変なところに連れていかれやしないかといつもビビっている私にとって、救世主のようなサービスだ。手軽さに加えて、いろんな車両を選べることもポイントが高い。快適に移動したい場合は自動車、外の空気を感じたい場合はトゥクトゥク、スリルを楽しみたい場合はバイク。この使い分けが密かな楽しみだったりする。

今回選んだのはトゥクトゥク。英語が一言もしゃべれないドライバーがめちゃ電話を掛けてきたことにはツッコミたくなったが、(電話しても意思疎通できないだろうと。)なんとか合流して乗り込むことができた。トゥクトゥクは雨風を避けつつも、外の空気感や音を楽しめるため、街との距離がぐっと縮まる感じがして結構好きだ。ちょうどラッシュの時間だったのだろうか、制服を来たままバイクに跨った学生がするすると器用にサラリーマンが乗った自動車の間をすり抜けていく。その後ろを不格好なエンジン音をさせたトゥクトゥクがついていくのをぼーっと眺めているうちに、空はしだいに暮れ、街は夜の顔になっていった。

サイドミラーってこっち向いてていいんだっけ?

プノンペンで宿泊するのは「Onederz Hotel」というドミトリーで一泊8ドルのゲストハウス。(メコン川の)リバーサイドエリアにある欧米系の観光客に人気のゲストハウスだ。
ロビー兼共用スペースは決して豪華ではないが、清潔感があり居心地の良さを感じさせた。スタッフは皆若く学生のように見えるあどけなさを残していたが、流暢な英語で気持ちの良い接客をしてくれた。ゲストハウスに抵抗がない方にはおすすめしたい。

初日は無理に頑張って観光しないのがポリシー。土地勘もないのに暗い中歩き回っても、ビビリの私は楽しさよりも緊張感・警戒心が勝ってしまって無駄に疲れて終わることが多いからだ。
というわけで宿から徒歩3分のところにあるプノンペンナイトマーケットで腹ごしらえだけすることにした。

東南アジアのいろんなナイトマーケットの例に漏れず、プノンペンナイトマーケットには食べ物屋台の他に雑貨や衣類も大量に出店していた。大人一人がギリギリすれ違えるだけの道幅を残して、所狭しと建てられたテント、テント、テント、、、こういうマーケットを冷やかして歩くのが結構好きなので、別に買いたいものがあるわけでなくとも端から端まで歩いてみる。(それにしてもこのマーケットは完全に地元民向けの商品しかおいていないので、買いたいと思えるものは本当に一つもない)
ぐるぐる歩き回っていたら足も疲れてきたしお腹もちょうどいい具合に空いてきた。満を持して奥の屋台スペースに向かってみて驚いた。
「あれ?椅子とかテーブルとか置いてなくない?」
これまで訪れたことがあるナイトマーケットとは明らかに様子が違った。広場をぐるっと囲むように飲食店が並んでいるのも同じ、買い物客が露店の前に並んで注文しているのも同じ。購入した商品を食べるためのテーブルや椅子がないのだ。その代わり一面にゴザが敷いてあり、プノンペン民たちはゴザに座り込んで食事を楽しんでいる。
「なーんだ、日本の御座敷スタイルじゃん」と思った方、侮るなかれ。テーブルがないと、これがとーっても食べにくい。私はメニューを見てもよくわからなかったので、薄味のラーメン的なものを注文したのだが(というか隣の焼きそばみたいなものを注文したつもりだったのに取り違えられただけだが)麺をすすり上げるときに、揺れる麺が放つスープが膝にかかりまくる。短パンなのでちゃんと熱い。器を持ち上げることも考えたが、周りの人も持ち上げてないし、ちょっと人目が気になる。
「器を持ち上げるとマナー違反っていう国もあるし、、、カンボジアってどっちなんだろう、、、。そもそもカンボジア人はどうやって食べてんの?」
そう思いながらキョロキョロしていたら斜め前に座っていたおばちゃん2人組に愉快そうにクスクス笑われた。
旅行中のメンタルというのは不思議だ。こうやって笑われても何も気にならない。むしろ現地の人とちょっと心が通ったようで嬉しくなる。楽しいねぇ、旅行というのは。

笑ってきたおばちゃんたち

帰りにアンコールビールを売店で買い、ゲストハウスの屋上で夜風に当たりながらぐびぐび流し込む。東南アジアのビールは往々にしてちょっと薄く、炭酸が強い。日本で言う日●屋のような安いチェーンの生ビールのような感じと言ったら東南アジア民または日●屋loverに怒られるだろうか。アンコールビールも例に漏れないが、東南アジアの喧騒と熱気の中で飲むにはこんなビールがいい。
屋台の呼び込みと酔っ払いの笑い声が響き、まだなかなか眠らなそうな街を見下ろしながら思う。
「明日はどんな日になるんだろう、何が起きるんだろう。明日が来るのが楽しみだ」
仕事に追われた日常で、最後にこんなワクワクを感じたのはいつだったかな。日本でのルーティンになりがちな生活では忘れてそうなこの気持ちをガツンと正面から感じさせてくれるのが旅行の醍醐味だ。
いい気分のままドミトリーの2段ベッドに潜り込み、泥のように眠った。

ドミトリー屋上からの景色。ずっと見ていられる

2023.10.15 16:00

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