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行き当たりばっ旅 -カンボジア・タイ紀行 2-

旅慣れしている人の界隈では、プノンペンはあまり観光スポットがない街という認識が広がっているようだ。
私は旅行前に結構下調べをする方だが、観光地をランキング形式で紹介してくれるページでは、プノンペンの観光地ランキングを紹介する前に決まってこの類の枕詞を付けていた。
『プノンペンは観光地が少ないと思われがちですが』
実際には誰がそう思っているのかは不明だが(少なくとも私はプノンペンのことをほとんど知らなかったので観光地が多いか少ないか以前の問題だった)確かにカンボジアといえばアンコールワットという認識が広がっている中で、プノンペンの立ち位置は難しい。
時間のない旅行者はプノンペンには立ち寄らず、日本からシェムリアップ(アンコールワット観光の拠点となる都市)に直接向かうことが多いと聞いたことがある。
ウェブページのライターはそのあたりの事情を考慮した上で、なんとかプノンペンにも立ち寄らせようと例の枕詞をつけているのかもしれない。
とはいえ、プノンペンはカンボジアの首都。しかも第一都市だ。アメリカに旅行した人がワシントンDCに立ち寄らずにロサンゼルスとサンフランシスコで満足して帰るのとは訳が違う。
素通りしてしまうのはあまりに可愛そうだ。
思い切ってプノンペンでしっかりと2泊3日の旅程を確保し、いざ街に繰り出した。

「プノンペン」とはメコン川にトンレサップ川が合流している地点の、川の西側に広がる地域を指す地名だが、海外旅行客が訪れる観光地は川のすぐ西側の都市エリアに比較的こじんまりとまとまっている。
街の北側にはプノンペンの名前の由来となっているワットプノン寺院が小高い丘の上に建っており、そこから川沿いに大通りを南下していくと右手側に王宮や国立博物館が見えてくる。さらに南下していくと独立記念塔などを通り越して、外国人街や高級レストランが立ち並ぶボンケンコンエリアにたどり着く。さすがに徒歩で移動するのは難しいが、この辺りなら車で15分走ればどこにでも行けてしまうくらいの距離感だ。

朝、宿を出た時にはすでに10:30を回っていた。相変わらずのスロースターターぶりに呆れてしまう。
空は快晴、気温はすでに30度を超えていた。宿の目の前を悠々と流れるトンレサップ川と大通りの間は遊歩道になっており、市民の憩いの場となっている。前日夜に遠目で見た時には気がつかなかったが、遊歩道にはヤシの木が一定間隔で植えられており、青空と相まってさながらロサンゼルスのようなおしゃれな雰囲気を醸し出している。

薄目で見るとロサンゼルス

ヤシの木の影を経由して日を避けながら南に15分ほど歩いていくと左手に大きな公園が見えてくる。その名もロイヤルパレスパーク。人の倍の数のハトがひしめき合っているその公園を横切ると、塀に囲まれた見るからに豪華な建物、王宮がある。
ここはプノンペンのメイン観光地。観光地にはつきものの、強引に自身のツアーに引き込もうとする自称ガイドがうじゃうじゃいて、口を揃えてこんなことを言ってくる。
「へい、日本人!王宮は休みだよ!俺が別の観光地に連れて行ってあげるよ」
来たか自称ガイド軍団。とはいえ、こちらとしてはこの手の文句には慣れている。非常によくある手なのだ。休みだと言って観光客を信じ込ませ、無理やりガイドをやる約束をこじつけ、金を巻き上げる常套手段。この手のガイドは相手をしてはいけない。
「いやいや、休みじゃないって知ってるよ」
そう応じながら王宮入り口までズンズン進んでいくのだが、あまりに多くのガイドが同じことを繰り返し言ってくる。全く組織ぐるみで騙そうなんてひどい奴らだ。そう憤りながら王宮入り口に立ち、驚いた。本当に休み、正確にはもう入場受付は終わったというのだ。
「11:00過ぎにもう入場受付が終了するってどういうこと?そんなに人気なの?」と詰め寄る私。
「空いているのは8:00-11:00と14:00-17:00だけだ」と係員。
なるほど、「王宮は休みだよ」というのは「王宮は今の時間は空いていないよ」という意味だったのか。ほらな?という顔で見てくるガイドたちの視線に恥ずかしくなった。君たちたまには本当のことを教えてくれるのね。

いたたまれなくなった私はとりあえずさらに南に向かって、無計画にズンズンと歩いていったのだが、灼熱のカンボジアではこの無計画さは命取りになる。
他の東南アジア諸国の例に漏れず、カンボジアも日中はとにかく暑い。日差しは容赦無く肌を焦がし、その威力は暴力的と言っても言い過ぎではないだろう。
日中はほどほどに活動しつつ適度に休み、少し涼しくなる朝晩に行動するのが東南アジアのスタンダード。何度か東南アジア諸国には訪れてはいるが、旅行1日目はついついこの辺りの事情を忘れ、最も暑い時間帯を屋外で過ごすような予定にしてしまう。
暴力的な暑さと日差しは私の体力をありえないスピードで削っていき、独立記念塔にたどり着いた時にはKO寸前だった。午前中は自称ガイドと戦ったことと少し歩いたこと以外は何もしていないが、さっさとGrabを捕まえてレストランに向かうことにした。

影がほとんどない

クーラーの効いた空間がほとんどないというのも、カンボジアの日中をさらに過酷なものにしていると思っている。
訪れたレストラン(というか食堂と呼んだ方が正しい)は道路に面したオープンエアスタイル。カンボジア含む東南アジアでは定番のスタイルで、当然クーラーがない。
コンビニやスーパーマーケットはさすがにクーラーが効いているが、そもそも店舗数があまり多くないのだろう、涼みたいと思った時に都合よく店舗が見つかることはそうそう無い(そのためコンビニを見つけた時には、まるでオアシスを見つけたキャラバン隊のように無意識のうちに吸い寄せられ、用もないのに長居をする羽目になる)。
極めつけは国立博物館。国立博物館はさすがにクーラーがガンガンに効いていて涼しいはずだと思い昼食後に訪れてみたが、期待は見事に打ち砕かれた。
広い中庭をぐるっと建物が囲う構造のため、どの廊下からも明るい中庭が眺められる素敵な空間ではあるが、建物の窓という窓は全て開け放たれているため気温は外と全く変わらない。
歴史的な展示物を高温多湿の空間に置いていて大丈夫なんだろうか。元々そういう環境で作られたものだから大丈夫、みたいな論理は成り立つのだろうか、などとくだらないことを考えながら、至るところに設置されている頼りない扇風機の助けを借り、ダラダラと展示を観て夕方を待った。

ちゃんと夕方に王宮もリベンジしてきた

国立博物館や王宮があるエリアの北西にはプノンペンで最も大きいマーケット、セントラルマーケットがある。
少し説明が難しいがセントラルマーケットの建物は上から見るとバツ印のような形のようになっている。中央のドーム状とバツ印を構成している大きな通路では宝石(多分偽物)や衣類、カバンなどが売られているが、建物の外にも市場は広がっていて、野菜・肉・魚・調味料などが売られている。
セントラルマーケットのように現地の人々が利用している市場を歩くと、その土地のありのままの生活が垣間見えて面白い。
ある店ではカゴに入った魚の干物や干し海老がどっさりと並べられていた。この地域では干物をよく食べるのだろうか。
精肉のエリアに行くと、おばちゃんたちがナタのような大きな刃物を片手に器用に肉を捌いていた。生きたままの鳥が檻にぎゅうぎゅうに詰められていて売られているのを見た。後ろのおばちゃんもナタを持っているところを見ると、注文が入ったらその場で捌いたりするのかもしれない。
虫を売っているエリアもあった。カンボジアでは昆虫食は割とポピュラーだと聞いたことがある。バッタやコオロギはまだ抵抗は少ないが、タガメはどうしてもGに見えてしまい気持ちが悪い。
こうやって食品が生きていた/生きている姿が見える形で取引されている場にいると、人間は命を食らって生きているんだという当たり前のことが手触り感を持って感じられる。ときどき生々しい臭いや見た目にうっとなることもあるが、生と死を感じられる市場が好きだ。

衛生面は心配

セントラルマーケットを出た頃にはすでに18:00近くなっていた。思っていたよりも市場に長居していたのだと気がついた。日はまだ沈みきっていないが、市場の裏路地を夜の気配が覆い始めていた。
夕食は昨晩ナイトマーケットに向かう際に見かけた、ローカルな雰囲気の漂うレストランで済ませることにした。
大通りから一本入ったところにあるそのレストランは、すでに現地民で賑わい始めていた。
入り口で人数を告げ、運よく空いていた最も道路に近い席に腰を下ろすと同時にまずはカンボジアビールを頼んだ。
キンキンに冷えたビールを流し込みながら、今日の日中の日差しもこの最高の一杯を演出するための名脇役だったのかもしれないと都合の良いことを考える。そのくらい私の東南アジア旅において夜のビールは特別だ。
注文した料理は、縮れ麺を豚肉や卵で炒めた焼きそば(名前は忘れてしまった)と空芯菜炒め。空芯菜炒めはどこでも食べられるため、プノンペンで食べる意味は特にないが、東南アジアにくるとどうしても空芯菜を食べたくなる。(そういえば前に確かベトナムで会ったツアーガイドが「東南アジアなら空芯菜はそこら中に生えている」と言っていたのは本当なんだろうか)

空芯菜が嫌いな人っているのだろうか

店に設置された大きなテレビではサッカーの中継がやっていた。おそらく国内リーグの試合だろう。カンボジアではサッカーが大人気と聞いていたが、店の盛り上がりを見ているとそれも肯ける。
私に料理をサーブしてくれていた若い店員は特に目を輝かせながら中継を見ていて、ビールを片手になんとなく試合のゆくえを眺めている私を目が合うと「お前もサッカーが好きなのか?」とアイコンタクトをしてきた。「まぁ、そこそこ好きだよ。君ほどじゃないけどね」という私のアイコンタクトもきっと伝わっているはずだ。
もう一点、どちらかのチームが点を決めたら追加のビールを頼もう。そんな無意味なルールを自分に課して試合を観る。
プノンペンでカンボジア人と一緒にサッカーを観ていることの現実感がなくて、なんだかふわふわした気持ちになる。
カンボジア人と一緒に試合のゆくえに一喜一憂しているうちに夜はゆっくりと更けていった。

2023.10.22 23:15

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