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さいさんの地方創生 note【能登半島地震が表出させた現在地①・リスク管理とは?】

はい。というわけで、防災士として震災ボランティアにもいった最近です。note もしばらく空いてしまいましたが、ちょうどこの4月からはメンタルコーチングや心理学等に関する話題は、別アカウントにわけて進めていくことにしましたので、あわせてご理解頂けると・と思います。
 
いわゆるブランドをはっきりさせていこうということで、こちら従来のアカウントは地方創生に関する話題、見解と解説、各種処方箋に関する記事とたまに雑感をあげていくようになります。

また、著作権なども考慮(これませに無断の転用、流用の報告とかがありまして)し、マガジンや有料記事への切り替えも順次進めていく予定です。あわせてご利用頂けると・と思います。今後ともご愛顧ください!

☆能登から見えてきた「何か」

では早速の新年度第一回。
今回の能登地震から見えてきたものをみなさんと共有していきたいと思います。長くなりますので、ゆるゆるとお付き合いください。

今回のタイミングで被災エリアに入ったい理由は、大型連休前後にボランティアが一気に減少することが予測されていたからです。これは、東日本大震災で実際に経験したことでもありますが、観光カテゴリーでもよく言われる日本人「みんな一緒」カレンダーが原因です。
 
今の日本社会でフレックスは存在していても、事実上機能していない仕組みの一つです。官僚サイドから「日本の祝日は経済界のニーズ」と言う人がいるように、業界同士のしがらみもあって自分の会社だけ自由な働き方をやると周囲が圧力をかけて・といった状況がずっと続いています。

だから、祝日で公的にみんなで休める日を増やしてほしいというからそうしてる。それが「公」の考え方の一つでもあるのでしょう。
 
なので、海外事例を紐解いて自治体毎に連休を動かせるようにしようとか、5月の大型連休を削って6月に3連休を2つ作れば観光業での通年雇用が実現しやすいみたいな話があったとしても、頑くなに「みんな一緒」で盆暮れ正月を守り続けている側面がある。そんなことが、こうした有事における行動の減速にもつながる。そこもまた意識しておきたいわけです。

☆公助の機能不全

今回は、かの有名な輪島朝市の現場直結。そんな場所でお世話になりました。大学生達中心で立ち上げたチームでスタートし、炊き出しを小さいながらもここまで持続させて来ていました。来週30日にこの活動はいったん終了となってしまいますが、約2か月間を毎日走りぬいてきたメンバーには、ただ感謝するばかりです。

毎日100合のお米を炊いて、大鍋のスープやみそ汁とあわせて提供する。朝は6時~開始して、中休みを挟んで11時頃からお昼時間の提供を開始するスタイル。

こうした食べ物があって、暖かいものを飲めてという「場」では、訪れる人から本当の感情や言葉の欠片達が手に入ります。
 
僕はそれこそが貴重な今を知らせる一次情報だと思っています。
 
全てが終わったあとから現地に入り、ドヤ感出して視察する学者の先生や公務員の描くレポートには記されることがない、本当の「民」の情報です。

あらためて輪島朝市のエリアが壊滅した状況を辿ると

津波発生・津波警報発令

津波警報の為に警察・消防も近づけず

火災発生・延焼拡大

水道管断裂で消火活動できず

無為無策となり、炎と一晩中破裂音が鳴り響く状況に

*上記リンク動画は4月中旬現地のものです。参照の際はご注意ください。

結果論としてで申し訳ない所もありますが、リスク管理上の想定範囲が甘かったと言われても仕方ない・のではないでしょうか。

そして、あるはずの地域防災計画が輪島市民に全く知られないまま機能不全を起こしていて、今も、誰もがどうすればいいかわからないままに自分の判断で動いている。あるいは避難所で耐えてじっと支持を待っている。

そんな状況をひしひしと感じました。

☆「リスク管理」は行政の苦手ジャンル

この「リスク管理(マネジメント)」という部分で、日本の行政は様々なジャンルで同じように失敗を繰り返してきています。これまでのこうした様々な事例を紐解けばその理由も容易に浮かび上がってきますので、今回はその傾向と対策をまず振り返ってみたいと思います。

そもそもリスク管理とは、

具体的に今後発生し得る全リスクを洗い出し、その影響を可視化し、優先度をつけて防止策を計画、実行すること

にあります。ですので、これらリスクとは不確定事象を指し、各自治体の状況や設定でその定義や優先度は異なります。そのうえでこれらリスク・マネジメントにおける理想は、

【リスクを発生させない(回避)】

ことです。リスク回避には、様々な異変をより早く察知し、いかに適応するかといった仕組みや体制の整備が求められます。加えて、法改正や外部環境の変化、歴史上の事例などを情報収集し、今後生じる可能性のある新たな想定リスクを組み込み、その影響度を見直すアクションも不可欠です。

しかし、こうしたリスク・マネジメントにおける「リスクの想定」で行政には様々なバイアスがあるということは、よく指摘されています。東日本大震災後の原発事故を組織論から分析を行った東工大・出口氏の論文にも

「想定される事態」の範囲を決定する論理が、組織のコスト管理の論理によって極めて影響を受けやすい

といった一文が明記されています。つまり、本来行うべき「最悪の未来」を想定するべき部分で、最初から「最悪はここまで」と神の一声による線が引かれている・ともいえます。例えば、

・15mの津波が来て被害を被った。だから20mの津波に備える。

という当たり前な危機想定をすると、その対策に行政は莫大な費用を掛けなければいけません。なので、

・15mの津波が来た。だから15mまで備えていれば行政責任はない。

という財政ありきな対処療法にすり替わってしまうわけです。

昨今、なにかあると「想定外」という言葉が飛び交っています。確かに天変地異は不可抗力であり、法的責任を回避したい意味合いもあるでしょう。しかし、想定できたものを「想定しなかった」ことで起こった事象を「想定外」として扱うことには違和感を感じざるえません。それは、リスク管理の本質から明らかに誤った考え方なのではないでしょうか。

*続きます!


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