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「他人(ヒト)を信用しちゃあ、いかんのです!」

ジジババが集まる高校のクラス会でよく話題に出るのが、1年のクラスの最初に自分がどのあたりのポジションなのか、ドキドキしながら臨んでいたら、あっと驚く……なんていうようなエピソード。
1番端的なのが成績かもしれない。中学ではそこそこだったのに、同じレベルが集まった高校の最初の試験で末席となり、ガーン、とショックを受けた、なんて話で盛り上がる。
中学ではモテていたのに、あるいは、硬派でブイブイいわせていたのに、高校では……なんてのもありますね。

クラス担任の教師、そのパーソナリティーも、ある意味、『洗礼』のひとつです。
中学の担任のように髪の長さだとか制服だとか、細かいことばかりあれこれ文句つけるヤツだったら嫌だなあ ── なんて、警戒しながら最初のクラスに臨んだりしましたよね。

── 高校1年のクラス担任は英語の教師でした。

年齢は50歳ぐらい、長身でそのためかやや猫背、半分禿げ上がった額の後ろにグレイのチリ毛、肉厚のロイド眼鏡、という風貌。
授業中に発する英語は、完全にカタカナ文字だけで表記できる、見事なまでのジャパニーズ・イングリッシュでした。
ややドモリがちだった彼は、例えば、
「どどど動詞の、ゲゲゲ、ゲットには、意味が17通りある」
などと口走り、入学したばかりの僕らを驚かせたものです。
ある時は、彼の英訳が辞書の訳とは異なっていることを指摘すると、
「それは、辞書がちごうとる!」
と強弁した。

さてもちろん、多くの高校生にとり、1年1学期最初の試験は重要です。

ロイド眼鏡の試験中、単語が30個羅列してあり、
《この中で、スペルの間違っているものを挙げなさい》
という出題がありました。
解答欄には《下線が10本》引かれており、そこに書き込む構成でした。
問題の単語を見ていくと、「discus」のように、僕らの知っている単語「discuss(議論する)」とは微妙にスペルが異なるものがいくつか混じっていた。
「‥‥ははあ、これだな」

──《怪しい》スペルの単語を数えていくと、ちょうど10個ある。
僕らは、解答欄を埋めると、次の設問に移った。

試験後、最初の授業で答案が返された。
その設問は0点だった。僕の隣の女子生徒も、そして周りのほとんどがそうでした。
一方、
「5つしかわからんかった」
と嘆いていた生徒の試験用紙には、5つの単語に《バツ》がつき、あと5つの空欄には、なぜか《マル》がついていた。

「問題にある30個の単語スペルは、すべて、うとります」
ロイド眼鏡は何事もなかったような顔で言った。
「嘘だと思うなら、辞書で調べてみなさい。例えば、『d-i-s-c-u-s』のジスカス(と発音した)には、円盤、という意味がある」
僕らはいくつかの《怪しい単語》を辞書でひいてみた。 ── 確かにどれも、存在は、していた。
存在はしていたが、習ってなどいない。

教室には激しいブーイングが沸き起こった。
「詐欺だ!」
「先生が生徒をだましていいのか!」
「辞書にあるったって、習っていない単語ばかりじゃないか!」

ロイド先生は、嵐が去るのをしばし待った後、実にうれしそうな顔で言った。
「出題者を、信用しちゃあ、いかんです」
そして、さらに付け加えた ── 少し、厳しい表情で。

他人ヒトを信用しちゃあ、いかんのです!」

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ロイド眼鏡のもうひとつのエピソードは:

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