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すぐそこにある《ヴィジョン》 (SS;3300文字)

「みなさん、こんにちは。昨日の繰り返しになりましたが、5年4組のユウタです。いや、児童会会長選挙の演説会で対立候補の岸田さんがディベート中におかしく……いや、体調が悪くなったようで、今日改めて続きをやるんだそうです」

みなさん、きのうはもうしわけありませんでした。6年の岸田です。ユウタ君の挑発にうっかり乗ってしまい、見苦しいところを見せてしまいました。僕の家の職業をあんなに攻撃してくるとは思わなかった。今日は大丈夫です。どんな卑劣な手で来られようとも、冷静に対処します。

「お、『卑劣』とは? 『非礼行為は慎まなければならない』というディベートのルールに早くも反していますね。まあ、慣れていないから、仕方がないかな。ところで、岸田さんはどうして児童会長になりたいの?」

僕はキミと違って、やみくもに会長になりたいわけじゃない。みんなから推されて立候補することになったのさ。

「みんな? 推薦者であり、岸田家のお寺の檀家でもある高市さんと山口さんの2人が『みんな』 ── ですか?」

また、蒸し返すつもりか? 推薦人には2人しか名前を書けないが、他にもたくさんの子から、『児童会長になって欲しい』と頼まれたんだ。それで ──。

「たくさん ── というのは、1万人ですか? 2万人? 定量性を欠いた表現はやめた方がいいと思いますよ。日常的に誇張する人間は、日常的に嘘もつく」

なんだと! ……いやいや、今日はその手に乗らないぞ。じゃ、キミはなぜ児童会長になりたいんだ。

「ボクの《ヴィジョン》を実現したいからです」

ヴィ ── ジョン?

「もちろん、岸田さんにも《ヴィジョン》があるんですよね? どんな《あるべき姿》を実現したいんですか?」

え? ……そう言われても……。

「ひょっとしたら、岸田さんが児童会長に立候補したのは……いや、もちろん『たくさん』に推されて ── 高市さんと山口さんの2人だけじゃなくって ── でしょうけど、来年早々にある有名中学の入学試験で、内申書に花を添えたいから ── なんてことはないでしょうね? ……あれ、あれれれ……どうしたのかな? 正直な人だなあ、すぐ顔に出るんですね。……それ、面接試験までに直しておいた方がいいですよ。
いや、昨日、『成績は学年トップ、野球部でもエースで4番打ってる』って言ってたんで……ははあ、勉強とスポーツ、あと足りないのは……っと」

違う! 違うぞ!

「ま、いいです。動機はなんであれ、当選後に会長としてしっかり仕事をしていただければ……で、岸田さんの《ヴィジョン》は?」

え? それは……その、まずはキミから言いたまえ!

「わかりました。全校の皆さん、聞いてください! ボクが児童会長に当選したあかつきには、通知表を全廃します! ……お、これはすごい反響だ……先生からも! ……いや、先生からはブーイングのようですね」

「……ただ、現実問題として『廃止』はできません。しかし、児童会で通知表のあり方を議論して、根本的に見直したいと思います!」

見直すって、一体、どうするんだ?

「ボクには腹案がありますが、あくまでも児童会で議論して決めたいと思います」

議論して? ── それじゃ、キミの《ヴィジョン》とは言えないだろう?

「いえ、『これまで決められていたことだから、これからも続けていく』ではなく、『誰かがおかしいんじゃないの、と思ったことを議論して、必要ならば見直しを行う』というのが、僕の《ヴィジョン》です!」

ズルい逃げ方だな。いずれにしても、オトナが ── 先生が決めたことを、児童会で変えられるわけ、ないじゃないか!

「じゃあ、児童会の役目って、一体何ですか?」

そりゃ、『風紀委員会』とか『放送委員会』とか ── を通じて、先生の決めたことを児童みんなに伝えていくことだろ?

「ふーむ、なるほど。……いや、批判はしません。それは岸田さんの正直なコメントとして敬意を表したいと思います」

……なんだ、いやだな。妙な雰囲気だな。

「要は、先生の指示を全校生徒に伝える、『使いっぱしり』役をする、というわけですよね?」

またまた、いやな言い方だな。そればかりじゃない、風通しのいい、イジメなどがない学校にしたいと思っている。

「お、胸を張りましたね。じゃ、具体策を教えてください」

は?

「イジメのない学校 ── イジメ『など』ということなので他にもあるのでしょうが、ま、そこは突っ込まないことにします ── それを実現するための『具体策』はどうなんでしょうか?」

は?

「具体策を教えてください」

え? ……ぐ……。

「具体策がわからないと、それでイジメが防止できるのか、ボクにも、ここに集まった皆さんにも判断できません」

は? ……いやその……じゃ、じゃあ……キミはどうなんだ? ……キミの『腹案』とやらを具体的に言わなきゃあ、《ヴィジョン》を語っていないのと同じじゃないか!

「そうかもしれませんね。じゃ、言いましょう。全員の通知表を『オール5』にします! お! おおお! すごいどよめきだ!」

そんなのダメだ! それじゃ、僕が ── あ、いや ── 頑張っていい成績を取った者が報われないだろ!

「お! 岸田さん、予想通りの食いつきですね。……さすが、おっしゃる通りです。『頑張っている』のが表現されているのが『通知表』の大事なところですよね? 通知表の問題は、『結果』しか評価していない点です。全員『オール5』っていうのは冗談ですが、今の『結果評価』方式をやめ、通知表は『プロセス評価』にしたいと思います」

なんだ、そりゃ?

「例えば、塾に行かずに自分で勉強して成績を上げた人、音楽室で練習して独学でピアノを弾けるようになった人、できなかった逆上がりや跳び箱ができるようになった人、裏山で珍しい虫を探し出した人 ── そんな人に、『プロセス評価』通知表ではいい成績がつくんです」

そんなのダメだ! テストでいつも95点以上取っていても、塾で教わってたら『5』が付かないなら、なんのための通知表かわからないだろ!

「おやおや、岸田さん、全校生徒より、自分の心配ですか? そもそも、テストでいつも95点以上取っていたら、それで勉強ができる、ってこと、自分にも、親にも先生にも、誰にでもわかるんだから、それで十分じゃないですか。ダメ押しで『結果評価』通知表なんかもらう必要ないでしょ?」

いや、そんなもんじゃない! 第一、ちゅ……いやその……。

「中学受験には、小学校の成績、あまり関係ないみたいですよ。いや、ホント言えば、それこそ『プロセス評価』通知表を提出してしっかり見てもらうのがいいと思いますよ」

ええっ! ……。

「岸田さん、今まで積み上げてきた価値観が崩れて《絶句!》ですか。これじゃディベートにならないな。じゃ、全校生徒の皆さんから質問をお受けします。ハイ、そこの方」

「……なるほど、『プロセス評価』だと先生の好き嫌いが出るんじゃないか、という心配ですね? ごもっともです。そこで、同時に『360度評価』も取り入れます。これは、ボクたちも先生を評価するんです。その結果は、無記名ですが、校長先生だけでなく、保護者にも公開します。贔屓ひいきする先生は一目瞭然ですよね。それだけじゃなくって、ボクたちも相互に評価します。……あ、質問ですか?」

「……はいはい、そんなことしたら、悪口ばかり書いて、イジメにつながるんじゃないか、という心配ですね? もちろん、これから児童会でどんな形式にするか議論していかなきゃならないけど、むしろイジメがあったら、逆にすぐ明らかになるんじゃないか、とボクは思うんです。学期ごとに無記名で360度評価するわけなので、何かコトが起こった後、先生たちが『イジメは無かった』とか、『イジメには気付かなかった』なんていう言い訳は通用しないわけで……」

「……あ! 教頭先生! まだ話は終わってません! 『岸田君とのディベートになっていないじゃないか』って? でもほら、手を挙げている人、あんなにたくさんいるのに! あ! 校長先生まで! あああっ、まだ言い足りないのに! 通知表の『所見欄』についても……ああああっ、マイク返してっ……」

<この続きは……>

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