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すぐそこにある《政教分離》 (SS;2600文字)

「みなさん、こんにちは。今、教頭先生から紹介いただいた5年4組のユウタです。今日は皆さんの前で、児童会会長に立候補したボクの自己紹介を含めた立会演説を行うことになっています ──」

「── でもね、自分の紹介もアピールポイントも、1週間前に配られた資料に印刷されています。それを改めてここで読み上げるような時間の無駄はしたくないんです。同じく会長ポストに立候補されてる6年生の岸田さんもそう思っておられるはずです ──」

「── そこで、提案ですが、せっかく全校生徒に集まっていただいたこの機会を、ボクと岸田さんの《ディベートの場》にしてはいかがでしょうか? ──」

「── え? 教頭先生? 《前例》がないからダメ? ……いやいや、閉塞状況にある今の日本に求められているのは、《前例》のない荒野を未来に向けて切り拓いていくことじゃないでしょうか? それに、日本人は意見をぶつけ合うディベートが苦手と言われています。これは、たいへん貴重な教育の場になるのではないか、と思いますが、校長先生、いかがでしょうか? ──」

「── ありがとうございます。校長先生のご賛同をいただきましたので始めたいと思います。まず、岸田さんにお尋ねします。児童会長選挙に立候補届を出された際の推薦者はどなたでしたっけ?」

そこに控えている、6年の高市さんと山口くんですが、……何か?

「岸田さんの家はお寺ですね?」

そうだけど、……それが、何か?

「高市さんも山口さんも、おウチはそのお寺の檀家ですよね?」

え? うーんと、……そう……かも、しれません。……意識したことはなかったけど、……それが、何か?

「まさか、とは思うんですけど、檀家に圧力をかけて推薦を強要した、なんてことはないですよね?」

はあ? なんでそんなことしなくちゃならないの? 進んで推薦してくれた2人に、失礼でしょう!

「いや、ただ確認したまでです。岸田さんの立候補が宗教がらみのものなのかどうか、有権者の皆さんも知りたかっていると思うので……」

バカなことを言うな! 僕を誰だと思ってるんだ! 成績は学年トップ、野球部でもエースで4番打ってるんだぞ! 授業中居眠りばかりの劣等生立候補者とは違う! 僕を推薦したいっているコは他にもいっぱいいるんだ!

「おっとっと、興奮しないでください。冷静さを欠く言動は児童会長としての《適性》を疑われますよ。それに、今の発言は、ご自分でおっしゃったように、推薦者の高市さんと山口さんに失礼じゃないですか? ……ほら、推薦者のおふたり、なんだか不安そうに見てますよ」

彼らが不安そうに見てるのは、ユウタくん、変な難癖をつけてくるキミの方だ! 僕の家がお寺だったら、児童会長に立候補しちゃいけないって言うのかい?

「そうじゃないです。ボクはただ、《政教分離》ができているのかどうなのか、はっきりしておいた方がいいかと思って……」

そんなの、できてるに決まってるだろう!

「岸田さんの推薦者、高市さんのお婆さんは、昨年お亡くなりになりました」

なんだい、唐突に? この選挙と関係あるのか?

「お葬式は仏式で行われ、導師を務められたのは岸田さんのお爺さんとお父さんだった、と聞いています」

ふうん。そういえば、そうだったかも……。でも、それが?

「お葬式の後、高市家から岸田家にお金が渡りました ── そのお金は税申告がなされていません」

変な言い方するなよ、誤解を与えるだろ! それはお布施であり、宗教活動だから課税されないっていうだけだろ? あくまでお寺としての話で、僕個人とは何の関係もない。

「……そうでしょうか?」

いやな言い方するな……。何が言いたいんだ?

「岸田さんは月ぎめでお小遣いをもらっていますね?」

ああ。それがどうした?

「そのお小遣いには、お布施のお金が《還流》されているのではないですか?」

バカ言うな! お爺さんはともかく、僕の父は僧職とは別に役所に勤めてる。その給料から小遣いをもらってるんだ!

「……それはどうでしょうか? 岸田さんは4年生の時からご両親の言いつけで本堂の掃除を担当していますよね? お小遣いの少なくとも一部はその《対価》と考えるのが妥当です。つまり、今回の選挙で岸田さんを推薦した高市さんの家から出たお金の一部は、岸田さん個人の財布に入っているのではないでしょうか?」

言いがかりだ! 先生! こいつ、とんでもない言いがかりを付けています! なんとかしてください!

「おっとっと……。第三者に応援を求めるのは、ディベートのルールに反します。それに、対立候補を『こいつ』呼ばわりは良くないなあ。ディベートでは、相手に対する《敬意》を忘れないようにしないと。ルールを守れない人間は、児童会長としての《適性》に問題あり、と思われてしまいますよ」

……はあ、はあ、はあ、……ったく!

「いや、ボクが心配しているのは、そして確認したいのは、もし岸田さんが児童会長になったら、おウチの宗教、── 浄土真宗、でしたっけ? ── がどれほど児童会に、さらには教育現場に入り込んでくるのか、という点だけなんです」

宗教が小学校と関係あるはずないだろう!

「いえいえ、諸外国では宗教と教育の関係は重要な議論の的になっています。フランスでは公立学校でヒジャーブ、つまりスカーフの着用が禁止されました。アフガニスタンでは逆に、イスラム原理主義に従い、女子児童の登校が禁止されました」

そんなの、外国の話じゃないか! よその国のことなんて、関係ないだろう!

「外国のことは関係ない? 日本のこと以外は学ぶ必要がない? それは岸田さんの信じておられる《教義》か何かですか?」

違う! ふざけるな! ……はあはあ…はあ…。

「どうか、声を荒げないでください。皆さん、怖がっています。この学校には他の仏教各派はもちろん、クリスチャンの生徒もいます。4年生のマヒンドラ君はイスラム教徒です。みんな不安なんですよ。岸田さんが児童会長になって、挨拶が全て『南無阿弥陀仏!』になったりしたらどうしようって……」

#&%@¥%#*$#!!!

あ! 暴力はいけません! 岸田さん、やめてください! ……ふう、教頭先生、ありがとうございました。まったく、どうしたんでしょうか、急に取り乱して……医務室に連れて行く? それがいいですね。どうか、お大事に……」

<初出:2022年9月4日>

<この続きは……>

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