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『谷』村の読み方研究序説

学生時代、バンドをやっている友人に、頼まれていた詞を渡す時、
「今、女子大生に一番人気のあるグループはなんだろう?」
と尋ねたことがある。
私と違って、女性ファンがいつも周りにいる彼が、
「女のコの種類にもよるけど、……今はアリスかな」
と答えたのを憶えています。
『帰らざる日々』『遠くで汽笛を聞きながら』の頃です。
サザンはまだメジャーになっていなかった。
ジジイになった今も、カラオケではたまに『今はもうだれも』を唄います。

谷村新司チンペイさんの訃報に触れ、悼む/懐かしむ気持ちはほかのnoterさまにお任せして、まったく異なる切り口で:

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その頃、アリスの曲を聴き、リーダーの名前を見て、
(この人はおそらく、関西の人だろうな)
と思ったことを憶えています。

今、Wikipediaで再確認しましたが、やはり
・出身は大阪市、生誕は河内長野市
でした。

学生時代、山梨県の富士急行線沿線に住む知人女性がおり、時折訪ねました。
アリスの全盛時代です。
中央線の大月から乗って終点の河口湖まで行くほぼ中間で、
『谷村町』
という駅でした。
『やむらまち』
と発音します。

谷村新司さんの苗字はもちろん、『たにむら』です。

*****

小学生の頃、物語以外で私が好きな書物は、『辞書』『地図帳』でした。
地図帳を開いて日本中、世界中を想像の中で旅したり、国語辞典ではわからない言葉をひくばかりでなく、時にはドキドキしながら各種『オトナ言葉』も調べていましたが ── それはともかく。

漢和辞典で自分の苗字『谷』をひいてみると、
【音】は[コク]【訓】としては[たに][や][やつ]と3つ載っていた。
[や]と[やつ]のルーツは同じであり、実質的には2通りの大和言葉があることになる。
ほとんどの漢字では【訓】はひとつ、── 例えば、同じように自然を描写する漢字でも、『山』は[やま]、『野』は[の]とひとつしか載っていない。

18歳で上京して渋谷しぶや界隈の名画座に行ったり、居酒屋で飲んだりする機会が多かったけれど、ある時、大阪(府下池田市)にも『渋谷』という地名があり、こちらは『しぶたに』と読むことを知った。

それを契機に調べてみると、東日本では『谷』を『や』『やつ』という地名が多く、西日本では『たに』と読む、ということがわかってきた。苗字は地名に由来することが多いため、必然的に東日本では『や/やつ』を含み、西日本では『たに』を含む苗字が多い

有名な地名で苗字にもなっているのは、例えば鎌倉の『扇ヶ谷おうぎがやつなんてのがありますよね。

ということから、ほぼ中間地点ともいえる名古屋に住む私の父方ルーツは西日本なんだろうなあ、と尋ねると、曽祖父は滋賀県の方から流れて来た、という情報を得ました。
また、会社勤めを始めた頃、本社は大阪だが工場は滋賀県の甲賀地方にある会社からセラミックを焼成する炉を導入することになり、現場の人たちと名刺交換する機会があった。
私の名刺を手にした工場長が、
「ウチの工場で働く現地採用のメンバーは苗字が『たに』ばっかりですよ」
と言ったので驚いたことがある。

── それ以来、自分のルーツは甲賀谷を根城にしていた忍者の一族、と勝手に考えている。

 なお、西日本の『たに』にあたる東日本の苗字は『谷津やつになる。
そして、この『谷』という漢字に充てられた『やつ』とは、アイヌ語を起源とし、低湿地を意味する言葉らしい。
東京には地名として、実に多く残っている;渋谷、千駄ヶ谷、阿佐ヶ谷、雑司ヶ谷、……。西と北から河川が流れ込み、谷あいの湿地が多い土地だったのだろう。

 つまり、や/やつ』は縄文文化の名残りの地名であり、たに』は弥生文化に席捲された領域の地名、と言っていいのかもしれない。

大野晋『日本語の起源』(岩波新書)の中で、稲作は西から伝わったけれども、一気に東日本まで広まったわけではなく、尾張地方の湿地帯まで伝播した後、三河地方を前に一旦停滞し、しばらくその時代が続いた ── それが東西の言葉や文化の違いに影響した、との示唆がある。

その意味で、『谷』という漢字を含む地名をどう読むかで、古代の東西文化に線を引くことができるかもしれない

── しかし、これがなかなか難しい。

例えば、尾張と三河の中間地点近傍(三河の西端)に刈谷かりやという地名(トヨタ自動車発祥の地)があり、
「お、ここから東日本?」
と思うのだけれど、古書には『借屋』『苅屋』など、『屋』の字を充てているらしい。
地名にはこの種の漢字変更(加藤清正が『隈本』を『熊本』に変えたような)があるので油断できない。

なかなか面白い研究テーマだと思うのだけれど、もう既に誰かやっているのかな?

なお、アイヌ語で日本語になっているのは『ラッコ』『トナカイ』『昆布こんぶ』など動物・植物の種類名称にはいろいろあるけれど、一般的な名詞で漢字の【訓】に残っているのは限られており、例えば『』── けれど、【訓】では[ゆ]だけのようなので、東西分析には使えない。

*****

ということで、谷村さんの訃報を契機に、温めてきた『谷』の研究について、まさに『序説』程度ですが書いてみました。

それじゃ、表題写真はなんだ、と石が投げられそうなので、大好きな曲もここに1曲だけ(できるだけ古い絵で):


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