沖縄県知事選で語られなかったもの――「ミサイル要塞化」をめぐる先島との温度差とは・・・
9月11日に投開票が行われた沖縄県知事選挙で、現職の玉城デニー氏が再選を果たした。自民・公明両党の推す佐喜真淳氏に6万票以上の差をつけての勝利。最大の争点ともいわれた名護市辺野古での米軍新基地建設について、反対を貫く玉城氏の政治姿勢が県民の信任を得た形だ。一方、知事選の投開票と同じ日、石垣市議会議員選挙の投開票が行われた。沖縄島から400キロ近く離れた石垣島の選挙と県知事選。それぞれで語られたことは、何がどう違ったのか。
■「辺野古」を訴える
8月25日、県知事選告示日。
名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前を訪れた玉城デニー氏は、基地建設の埋め立てに反対する人たちを前に語りかけた。
「今回の県知事選挙は、明確に辺野古の埋め立てが争点となっています」
4年前の知事選でも戦った佐喜真氏は、前回は辺野古新基地への賛否を明確にしなかったが、今回は「容認」を明言。もう一人の候補、下地幹郎氏は、工事が難航するとみられる大浦湾海域の軟弱地盤部分の埋め立てには反対だが、すでに埋め立てた部分は米軍の大型輸送機オスプレイの格納庫に使うという。
玉城氏は訴えた。「われわれは2013年の『建白書』で、オスプレイの配備撤回、普天間の閉鎖・返還、そして県内移設断念を、(県内の)41市町村長、議長の署名をつけて政府に要求しました」
那覇市長だった翁長雄志・前知事の呼びかけで県内全市町村と県議会の代表が同意し、政府に提出した「建白書」には、当時、宜野湾市長だった佐喜真氏も名を連ねている。「時間が経てば考えが変わっても説明せずに選挙で訴えることができるのか。考えが変わったと説明するべきでは」と「辺野古容認」の佐喜真氏の姿勢を批判した。
玉城氏は選挙期間中の演説すべてで「辺野古」に言及したわけではない。選挙戦終盤、那覇市や中部・沖縄市では、コロナ対策を軸に県の施策と県民の努力によって感染者が減少し、医療状況が改善されていることに触れ、経済を回していくための観光政策などを強調した。とはいえ、県政の最重要課題である辺野古問題について、現職の玉城氏が改めて「反対」を明言し、相手候補との違いが鮮明になったことで、自身が述べたように、「辺野古」を問う選挙だったのは確かだろう。
■「国境地域」の選挙で
沖縄島から南西に400キロ近く。石垣市(石垣島)の市議会議員選挙の告示は、知事選の告示から10日後の9月4日。この日、先島地方は台風11号の暴風雨に見舞われ、街頭演説などが行われるようになったのは翌日からだった。
5日夕、市議選候補者の砥板芳行氏は、中心市街地や国道沿いでの街頭演説で語りかけた。
「今回の市議選、市民のみなさんが意思表示しなければならない重要なことが起きています。ウクライナ情勢とともに世界が心配している台湾情勢です」
その1カ月ほど前、アメリカ下院議長ナンシー・ペロシ氏が台湾を訪問して中国を牽制。これに反発した中国は大規模な軍事演習を開始し、弾道ミサイルを発射。5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下し、近いところでは日本最西端の与那国島の北北西約80キロに着弾した。与那国町では漁協が周辺海域への出漁を自粛する事態になった。
砥板氏は力を込めた。「石垣島から台湾まで300キロも離れていません。沖縄本島よりも近いんです。多くの市民が心配しています。そんな中、わが国の政権与党からは非常に勇ましい発言ばかりが聞こえてきます。まるで撃って出るかのような勇ましい言葉が並んでいます」
「国境地域」に住む人々は、大国の振る舞いに否が応でも翻弄される。万一、武力衝突でも起きれば被害は計り知れないが、住民を守るための対策は何も整ってはいない。砥板氏は、市が策定した「国民保護計画」に言及し、「『台湾有事』が起きた時の市民の避難計画は机上の空論。全国一律のテンプレートを書き換えたに過ぎません」。
そのうえでこう訴えた。「台湾に近い石垣市だからこそ、絶対に『台湾有事』は起こしてはいけない、この地域の緊張を高めてはいけない、そういう思いを持った議員が多く当選しなくてはなりません」
「私は安全保障に一定の理解を持っている政治家です。その私でさえ、国政与党の国会議員の皆さんの発言、石垣市長や与党市議の発言を聞いていると背筋が凍る思いです。この地域の平和と安定を一番に求めるのが石垣市議会の役割です」
「市議会では、世界中の懸念を振り切って台湾訪問を強行したペロシ議長にも抗議するべきではないか、という声がありました。そのような声をしっかり発信できることが重要です」
砥板氏は、保守系の市議としてかつては現職の中山義隆市長を支える立場だったが、昨年、市議会で市長の政治姿勢を「独善的」と批判し、与党を離脱。2月の石垣市長選で、市議を辞職して一騎打ちを挑んだが敗れた。議会への復活をかけての出馬だ。
中山市長は、市長選告示の直前、自ら調査船に乗り込み、洋上から尖閣諸島を視察。中国を刺激するとして市議会から批判を受けた。2018年には陸上自衛隊の駐屯地建設を正式に受け入れている。「保守系野党」を名乗る砥板氏は島内への自衛隊配備に反対ではないが、建設地の選定などが市民に十分な説明がなされていないとして、市長選では住民投票の実施を訴えていた。
石垣市民にとって、自衛隊配備や近隣国との関係は常に気にかかる問題だ。「台湾情勢を心配している市民は多いです」と砥板氏は話す。
石垣島の中心、於茂登岳の山裾の平得大俣では現在、自衛隊駐屯地の建設工事が進んでいる。来春には開設され、対艦ミサイル、対空ミサイルの部隊、警備部隊が配備されることになる。野党系の候補者はこの問題を訴える。
6日、市内の国道沿いで、2期目を目指す内原英聡氏は演説した。
「初めて市議選に出た時から一貫して訴えてきたこと。それは、この島を二度と戦場にはしない、非戦の誓いです。最近では台湾をめぐって中国が軍事演習を行い、波照間島や与那国島の近海でミサイルが落下したという。それを煽る米国に対しても腹が立っています。八重山の海は平和の海でなければなりません。石垣市議会として、しっかりそれを発信していきます」
所属する「会派ゆがふ」は、石垣への陸上自衛隊配備には反対の立場だ。翌日の街頭演説では駐屯地建設問題を訴える。
「配備に賛成か反対かを問う以前に、公共事業としてもあまりにもデタラメである。計画は白紙撤回にするしかないと申し上げてきました。工事が進んでいる予定地は違法開発の疑いがある。それを指摘しても石垣市も沖縄県も及び腰。きちんと調べようとしません」と、県の姿勢にも疑問を示した。
同じ「会派ゆがふ」の花谷史郎氏も街頭演説でミサイル着弾など台湾情勢に触れた。
「私たち現場に住む島民が、この『構造』をしっかり理解した上で冷静な判断をすべき時だと考えています」
「構造」とは何か。「これはアメリカと中国の『覇権争い』によるものです。外国同士の争いに私たちの小さな島が巻き込まれることのないよう、平和を訴え続けていく必要があります」
その上で米中対立の激化が「戦争や紛争につながるのです」と述べ、「私たち現場に住む者として、台湾をめぐる平和外交を、アメリカ、中国、そして日本政府に求めていく。私たちの石垣島が常に平和を発信していく。アジアの中心で平和のネットワークをつくっていく。そういった存在にならなければ、この平和がいま壊されようとしています」と強調した。
■知事選では・・・
先島諸島に不安と苦悩を与えたペロシ米下院議長の訪台強行と中国のミサイル発射、そして自衛隊配備――。これらは知事選ではどう語られたのか。3人の候補者が演説などでこの問題に深く論及する場面は見られなかったが、自衛隊配備問題は、地元マスメディア主催の候補者討論会で取り上げられた。
8月18日、琉球新報社などが主催した公開討論会では、石垣での陸自駐屯地建設について賛否と考えを尋ねる質問が3氏に投げかけられた。
佐喜真、下地両氏は「台湾有事」の懸念を挙げて「賛成」と回答。玉城氏は災害救援や急患輸送、不発弾処理など自衛隊の役割を認めたうえで、「計画ありき、配備ありきで地域住民への十分な説明を行わず、住民の合意すら省みず、地域に分断を持ち込むような計画については反対せざるを得なくなる」と述べた。また、「台湾有事」については「政府には、冷静な外交で信頼関係を構築し、有事を呼び込むようなことがあってはならないと重ねて要請している。自衛隊についても住民との対話の機会を必ず設けるべきであると思います」と答えた。
「冷静な外交」「信頼関係の構築」「住民との対話」はもちろんその通りだ。しかし、結局のところ玉城氏は自衛隊配備そのものへの賛否は明確にはしていない。
告示前日の8月24日、沖縄タイムス社などによる公開討論会では、10の施策について各候補が「〇×△」で賛否を答える質問が出され、その中に「自衛隊の南西シフトは進めるべきだ」があった。これに対し、佐喜真、下地両氏は「〇」、玉城氏は「△」だった。
「南西シフト」とは、自衛隊の防衛力の重点を冷戦期の北方から南西方面に移動し、中国の軍事力台頭に備える計画で、先島などで進む陸自のミサイル部隊配備がその中核である。しかし、この後も各候補の総決起大会や投開票日前日の打ち上げ式などで、この問題が本格的に論じられることはなかった。
9月11日の投開票日の夜、「当確」の速報を受けた記者団の「ぶら下がり取材」で、中国のミサイル発射と先島住民の不安について問われた玉城氏は答えた。
「日本の外交政策が有事を前提としたものであってはならない。有事にならないことを前提として平和的に外交努力を重ねていくことが最も重要なこと。しかし有事を想定して住民の分断を煽り、ミサイル基地の整備が計画ありきで進んで行くことは沖縄県としても到底認められない。日本政府に対しても県知事として、平和外交に徹するべしと要求していきたいと思います」
この発言は基本的に、県議会での県側答弁でも述べられてきたことだ。選挙前の6月定例会では、先島地域への自衛隊配備に関する質問に、嘉数登・知事公室長が次のように述べている。
「県としては、自衛隊の配備について、地元の理解と協力が得られるよう、政府は丁寧に説明を行うとともに、住民生活の安全・安心に十分配慮すべきであると考えております」(6月21日)
「国において、地元の理解と協力が得られるよう、一層丁寧な説明を行う必要があるというふうに考えております」(7月8日)
積極的に賛成はせず、「地元の理解と協力」を強調するものの反対とも言わない。
■先島からの視線
知事選投開票日と同じ11日、石垣市議選の投開票が行われた。砥板氏と「会派ゆがふ」の花谷、内原両氏はいずれも上位当選を果たした。だが、市政野党側は1議席減らし、自衛隊配備に反対する市民にとっては厳しい結果となった。
自衛隊配備に対する玉城県政の曖昧ともいえる姿勢について、石垣ではどう見られているのか。
花谷氏は「会派として沖縄県に陸自配備問題の重要性を投げかけてきたが、ほとんどリアクションはなかった。十分に危機感が共有されておらず、訴えが弱かったかな、という反省もある」。その上で「ただ『台湾有事』がメディアでも言われ始め、県もようやく動き始めた印象。玉城知事の公約でも一応は触れられた。今後、アジア外交の推進などの面で玉城県政と連携していけるという希望は持っている」と語る。
県に対する働きかけについて、内原氏は「水滴で岩に穴をあけるような感じ。県議会で南西諸島の自衛隊配備が認識されるようになるまで4年かかった。県にとっては米軍基地問題の方がやりやすいのだろうか」。
石垣島の駐屯地建設を今から止めるのは困難だろう。その上、南西諸島配備のミサイル部隊の兵站を担うとされる鹿児島県・馬毛島の自衛隊基地建設でも、地元・西之表市が島の市有地売却を決めたことで、工事が進んでいくとみられている。
しかし、基地が出来るのであれば、そこから考えなければならないことがある。島の人々の生命と安全な生活を守るため、ひいては日本国民全体の安全を守るために必要なのは、アメリカと中国の武力衝突をなんとしても避けることだ。万一、米中の武力衝突が起きれば、日本が「中立」を維持することは容易ではない。それゆえ、戦争を絶対に起こさないこと以外に島の人々を守る方策は考えにくい。島々で自衛隊が戦闘を始めるとき、多くの島民の命が危険にさらされる。そのことを誰もが認識し、「有事」を防ぐための議論を国民全体で行っていくことが何よりも欠かせない。その議論がまったく行われていないことを、私たちは自覚する必要がある。
川端 俊一(かわばた しゅんいち)=ジャーナリスト
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