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プルースト

      古びた洋風一軒家にはオープンハウスを知らせるのぼりが玄関前に立っている。

   新緑の芝生が最も生える時期、牧野葉子は数冊のインテリア雑誌を片手に、本多隆はカメラを握りしめ広々とした庭に向かって座っている。


本多『芝刈りの後に強くなる緑の香りは、なぜ心地いいんだろうね。姉さん。昔から刈りたての芝生の匂いが大好きだった』
葉子『これから隆がどういう人生を送っていこうが、どんなキャリアを築いていこうが、答えが見つからずにもがいていた「あのころ」の自分は忘れたくないと思うものよ』
本多『当時 友達がいなかった俺にとって、あの時間は出口の見えないトンネルを彷徨っている感覚だったよ』


   本多が指でカメラをトントンたたいている。


葉子『光の見えないトンネルにいた自分がいまの自分を支えてくれているし、これから困難にでくわしても、そんな自分がいればきっと大丈夫と。そんな気がするわ』


   本多がソワソワと、足をよく組み替えるのが早くなる。


本多『ただ一日一日が過ぎていく。そんな流される人生が本当につまらなかった。自分の本当の人生を生きている気がしなかった』
葉子『隆、呼吸を深く、ゆっくり行う』
本多『普通の人生が何なのかさえ分からなくなったし、そこに幸せが待っていると思っていた期待は完全に奪われた。周りの人がどうとかではなく、自分の本当の人生を生きたい』
葉子『18歳の時に感じられてなかった気持ちはいまの方が持てている気がしない?』
本多『人生の目的って何なんだろう。ここの父が愛した庭。思い出がたくさんある』


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