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診察室

 眠れない日々を何とかしたくて、僕は診察室の戸を叩いた。中に入ると、彼は患者用の黒い丸椅子に座って回っていた。「どこに座ればいい」と聞くと、彼は黙って、彼がいつも座っている白いマッサージチェアみたいに大げさな椅子を顎で指した。「眠れないんです。」僕が言うと、彼は回るのをやめてこう言った。「もうやめないか。あんなにやって効果がないんだ。」「君は眠れないんだよ。」彼の胸ポケットに入っている銀色のボールペンとピンクのプラスチックのボールペンが、病院の白い蛍光灯の下できらきらしている。「試しに交換してみるといいよ。ちょうど良いから。」「君が先生になって、僕が患者になろう。どうしようもないってことがきっとわかるさ。」
 僕は銀色とピンクのきらきらをずっと見ていたかったけれど、彼に言われるままに先生になることにした。きらきらを見ていても眠れるようになる可能性は無いけれど、彼の言うとおりにすれば眠れるかもしれないからだ。「今日はどうしたんですか。」「眠れないんです。」「眠りたいんですか。」「それは・・・・・・わからないです。」
 でもみんな眠っているし。」「地球の裏側ではみんな起きていますよ。」「・・・・・・そうか。そうですね。」彼はそう言うと立ち上がって、「ありがとうございました。」と僕がいつもしているように深々とお辞儀をした。それから丁寧にドアを閉めて、ここには二度と戻って来ていない。あれから一年、僕はここから出られなくなってしまったし、まだ眠ることができない。

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