微生物×食の次のステージとは?(The microbial food revolution)

Graham, A.E., Ledesma-Amaro, R. The microbial food revolution. Nat Commun 14, 2231 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-37891-1

昆虫食の是非がSNSで議論される様子を見かけるようになって久しい。昆虫食が解決策になり得るかに関わらず、世界的には食糧問題への危機感は高まっており、畜産や農業よりも持続性の高い方法の模索が求められていることは間違いない。

微生物を利用するというのも、その方法の1つだ。そもそも、発酵という形で微生物を活用することは、醤油や味噌、納豆、日本酒など日本でも古くから行われており、昆虫よりも遥かに身近といえる。

本総説では、そういった発酵としての微生物の利用から、微生物そのものを食材として代替肉にする取り組みまでを紹介している。

旧来の発酵食品における微生物の価値

発酵という現象は、「食材が微生物存在下で酵素によって変化すること」と言える。人類の発酵の利用は、紀元前7000年前まで遡り、古代の複数の文化圏で独立に発生したようだ。燻製や塩蔵と並んで、保存性を高めるための手段として利用され始めたが、発酵の効果は保存性の向上に留まらず、以下のようなメリットがある。

  1. 腸内細菌叢の質向上

  2. 食品の栄養価値向上

  3. GI値の減少

  4. 有害物質の除去(アフラトキシン、フリーラジカルなど)

  5. 微生物による有用物質の産生

上記は、微生物の活動によってもたらされるメリットだが、微生物そのものも有用な栄養源である。高タンパクであることに加え、多くの微生物は必須アミノ酸も含んでおり、アミノ酸源としても有用だ。また、多くの微生物は食物繊維も豊富に含んでいることが知られている。

遺伝子工学がもたらす発酵の機能性向上

そもそも、発酵とは微生物の作用のうち、人間にとって好ましいものを指すが、作用を更に好ましくすることも出来る(好ましくないものは、単に腐敗で片づけられる)。

古くから、上手く発酵する菌株が選択されて、次の発酵で使用され、更にその中でも上手く発酵する菌株が使われるといった、表現型を観察することによる順遺伝学的な育種が行われてきたが、近年では微生物の遺伝子や代謝物の解析技術の向上により、より効率的に好ましい菌株を逆遺伝学的に見つけることが可能になっている。

更に、遺伝子工学的な手法を用いることで、好ましい菌株を能動的に作りだすということも出来るようになっており、乳製品中のビタミンBの量を多くしたり、ビールの風味を良くする菌などがある。

新しい微生物の活用法:食材としての微生物

微生物から抽出されたタンパク質や、乾燥などの処理が行われた微生物そのものを、single-cell protein(SCP)といい、新たな食品原料としての可能性が期待されている。

SCP自体は新しい概念ではなく、第一次世界大戦の前からあったものの、イギリスのマーマイト(マーマイト社)、クォーン(クォーン社)という製品を世に残して一度は下火になった。しかし、近年ではスタートアップも続々設立されると共に、クォーンも代替肉として注目を集め、2.36億ポンド(≒410億円)ほどの売上規模を誇る。

代替肉原料としての微生物

クォーンに代表されるように、微生物は、肉に近い食感を生み出すポテンシャルに加え、タンパク質や栄養価の類似性から、代替肉原料としての期待を集めている。クォーンに代表される、微生物から代替肉を製造する際には、糸状菌の菌糸を利用するようだ。

肉っぽい風味を与える成分も、微生物に作らせることができ、例えば大豆レグヘモグロビンなど大豆やポテトに含まれるタンパク質、ヘモグロビン、ゼラチン、コラーゲン、脂質などを微生物によって産生させる取り組みがなされている。

代替肉以外ので微生物活用

微生物による代替が、最も広く行われているのは、チーズを製造する際に凝固剤として用いられるレンネットだろう。これは通常、仔牛などの胃に含まれる酵素であり、古くは仔牛を屠殺することでしか得られなかったが、現在ではクロコウジカビに生産させることで、仔牛から採取せずに済んでいる。

代替食品という観点では、微生物を使ってミルクや卵を作る試みがなされている。基本的な考え方としては、ミルクであればカゼイン、ホエイなどの成分を微生物によって作らせることで、非動物性のミルクを作るというものだ。

食品成分、添加物の産生

代替肉や代替ミルク製造よりもポピュラーな微生物の活用法としては、食品成分や添加物の産生だろう。種々のビタミン、オメガ3脂肪酸、ポリフェノールなどの栄養成分に始まり、味や香り、色を良くする成分(味の素でおなじみのグルタミン酸やステビアなどの甘味料、ミント香料のメントールなど)も微生物によって生産される。

微生物活用の障害と展望

これまで微生物の食品原料としての良い面を見てきたが、本格的な普及に当たっては、いくつもの障害が考えられる。

食品としての大きな問題はRNAが多い、つまりプリン体が多く含まれているという点だ。また、種によっては分厚い細胞壁を持っている。これは食物繊維の含有量が多くなるということにもなるが、菌体に含まれる栄養成分が消化吸収されない原因にもなり得る。とはいえ、プリン体に関しては除去処理をすることで、細胞壁に関しては熱を加えたり、機械/酵素的な処理によって解決は可能だ。

また、食の安全性という観点では、微生物種の選抜や改良を適切に行うことで、微生物が毒性成分を賛成してしまったり、別の微生物種による汚染を防ぐということも求められる。

上記に加え、そもそも消費者から受け入れられるのかといった問題や、製造コストといった問題も上げられる。一方で、これまで見てきたように、遺伝子工学や合成生物学が発展した現代において、出来ることは確実に広がってきている。これは現代の健康志向で持続可能な食へのニーズともマッチするものであり、微生物×食の発展に期待したい。

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