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『鬼滅』が問うコンテンツ力――土地ゆかりの魅力、再点検を

 青森県の八戸市を中心とする県南部で広く読まれている地元紙「デーリー東北」。同紙の人気コラムで複数の寄稿者が執筆する『私見創見』を2020年から2カ月に1度のペースで書かせていただいています。
 第5回は、2020年12月7日付から。大人気となった『鬼滅の刃』と、各地の文化・観光の接点について。
(※掲載時の内容から一部、変更・修正している場合があります)

優良コンテンツの威力はすさまじい。社会を動かし、世の中を変え、時代をつくる。漫画家・吾峠呼世晴ごとうげこよはる氏の作品『鬼滅の刃』が新型コロナウイルス感染症にあえぐ2020年の日本にもたらしたインパクトは大きかった。

超ヒット作品だけに内容の説明は省く。漫画単行本を出版する集英社によると、発行部数(電子版含む)は2020年12月4日に発売された最終23巻の初版で1億2千万部を突破。首都圏では同日朝、小さな書店でさえ開店前に新刊を求める人が列をなした。

同日付の大手5紙朝刊には全面広告が各紙4面ずつ登場。それら全紙を集めようと若者らが駅売店やコンビニに集まった。この“社会現象化”は、ネット時代になって「紙の本」の衰勢に長く苦しんできた出版・書店界や新聞業界に驚きを与えた。

ブームはアニメのテレビ放送が終了した2019年12月に火がついた。約2500万部(それでも大ヒットだが)だった発行部数は、掲載誌『週刊少年ジャンプ』で連載が完了した今年5月に6000万部に急増。そして2020年10月16日の映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公開を前にブームが加速し、出版界最速で1億部に達した。

コロナ禍で自宅にいる「巣ごもり需要」もヒットに貢献した。ネット動画配信で過去のアニメ放送を視聴でき、漫画原作をまとめ読みする時間もあったからだ。何より優れたコンテンツとして読者・視聴者を笑わせ泣かし、閉塞した人々の心を元気にしたゆえのメガヒットだ。ビジネス界も沸き、数えきれない関連グッズや食品が登場した。

旅行業界も素早く動いた。作品に登場する場所をファンが訪れることを近年は「聖地巡礼」と呼ぶが、『鬼滅』にあやかった聖地探しが今、全国で盛んだ。

特に九州では、主人公の竈門炭治郎かまどたんじろうの名にちなみ、福岡県太宰府市の「宝満宮竈門神社」や大分県別府市の「八幡竈門神社」に鬼滅コスプレファンが集まる。

JR九州は劇場版の公開に合わせ、博多―長崎間を結ぶ特急「かもめ」や博多―大分間の特急「ソニック」で主要登場キャラクターを描いたラッピングトレインを9月28日から運行し始めた。

福島県会津若松市の芦ノ牧温泉にある旅館は、主人公らに敵対する鬼が集まる館「無限城」に似ていると話題になりファンが訪れる。コロナ自粛で壊滅しかけた旅行業界は政府の「Go To トラベル」キャンペーンの後押しも受け、『鬼滅』需要を取り込んで旅行をなんとか盛り上げたいとの意志が働く。

国土交通省や政府観光局は、地域で旅行需要を喚起するには「観光コンテンツ」の掘り起こしが重要と旗を振る。各地に残る伝承や歴史的な人物・文化からストーリーをつむぐことが多いが、歴史は時間の蓄積を経なければならない。

だが、ヒットした文芸・漫画・アニメ作品の聖地は、新しくてもそれ自体が観光コンテンツとして力を持ち、人を集める。『鬼滅』のように強力なコンテンツとの連携は、新しい地域の魅力を発信する武器になる。

振り返って、われらが青森県はどうか。「青森県を舞台とした作品一覧」をネット検索すると、実は多くの有力作品の舞台となっている。青森の「さいはて性」や多様性、文化や言葉のユニークさがコンテンツの魅力になり得るからだが、その優位性を観光に生かせているだろうか。

例えば、1970年代前半に夕方時間帯に青森県内でも放送された人気アニメ『いなかっぺ大将』。柔道の修行で東京に出向いた主人公・風大左衛門の出身は青森県だった(青森出身者にとってはなまりがそれっぽくないので気づかなかったが)。

アニメの冒頭と終わりの曲を歌うは中学生だった吉田よしみ=現在の天童よしみ=さんだ。大衆の記憶に残り、大御所歌手にもゆかりの有力コンテンツを、われわれは無為に放置してこなかったか(笑)。

『鬼滅』のように、急に超強力コンテンツが登場する時代だからこそ、土地にゆかりのある作品についてはその魅力を再点検する取り組みが必要になるだろう。

(初出:デーリー東北紙『私見創見』2020年12月7日付、社会状況については掲載時点でのものです)

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